そこのけそこのけ、お馬鹿が通る 4
破壊者: うおぉぉぉ!!
ナレーター(以降、「>」と表す。): 雄叫びを上げる、右手首ギプスの男。先週で放送した部分のリプレイですが、「ギプス男」を「破壊者」に変えています。小さなお友達は気付いたかな?
>ゴツゴウ・ユニバースで破壊者の存在に最初に気付いた人たちは、やはり階下の中華そば屋さんに居る人たちだった。現地の時刻は、パンツイッチョマンが予言したとおり、ランチタイムの混雑が解消し始めたあたりだったのだが、人目に付きにくいレインボー通り商店街の枝道のお店だったし、人気店でもなかったので、この店のお客さんはほとんどいなかった。この店はランチラッシュが遅くやって来て早くに消失するのだ。中小企業が、世間に言われるより前に不景気を早く感じ、景気の上向きは世間が華やいでからもなかなか感じられないように、端で生活するものはラッキータイムが短いものなのだ。
>というわけでお客さんは二人だけだった。うち一人は、店先に人が落ちてきた事に気付き、中華そばから顔を上げた。お店の親父――というかむしろ老人も、洗い物が粗方済んでしまい、ちょっと手持ち無沙汰になっていたので、破壊者に気付き、かつそれが、常連とまではいかなくても顔なじみの客であることに気付いた。
>『カヤック』あるいは『チョー人薬』の副作用とされている知能の後退により、破壊者は野生動物に近い状態になっていた。そんな存在と目が合ったのはよろしくない事態だった。
>皆さんも「相手を刺激しない為にも、野生動物とは目を合わせないようにしましょう」という警告をどこかで聞いたことがあるだろう。実際、動物によっては――具体的には、猿もそうです――目を合わせると「喧嘩を売られている」と思っているようで、激しく威嚇してきます。
>……なんだか、地方のコンビニの駐車場でたむろしているお兄さんたちを連想した方もおられるようですね。そんな場所よりか、あの激安店の方が居るイメージが多いですか? いずれにせよ、ああいった方が「睨んだだろ!」と言いがかりをつけてくるのは、猿もやっている、ある意味根源的な反応なんですね。難癖というより、本能です。……いや、「あいつらは猿並み」とは言っていませんよ。世界一賢いボノボなんかは、見ていたらああいう連中よりずっと賢いので……ま、まあ、そのあたりのどっちが上か下かは今関係ありませんね。
>というわけで、破壊者と目が合ってしまった人たちは危険な状態にありました。……ん? 「獣の目を見つめて、目を反らさずに、ゆっくりと後ずさりしながら逃げろ」と教わった方もいますね。そういえば、私もそういう説を聞いたことがあります。熊に出くわした時、とかでしたっけ? どっちの対応が正しいんでしょうね? 動物種によって変わってくるのでしょうか?
>残念ながら、当スタジオには動物と意思疎通できる指輪はありませんので、動物確認できず、わかりません。……が、よく考えたら、今は動物の対処方法を論じているのではなくて、破壊者の行動でしたね。はい、これは先にお伝えしたとおり、「目を合わせたらアウト」です。
>というわけで、音がしたからそっちを見ただけなのに、店のガラス扉越しにヤバい奴と目が合っちゃったお客と店主は、やっぱり不運なことに破壊者からの突進を受ける! ……と思いきや、破壊者は数歩進んだ軒下で立ち止まる。上半身をのけぞらせるように顔を背けると、そのまま向きを変えて、レインボー通り商店街のメインストリートの方へと駆けていく。
>これは、人としての知能のあった……えーと名前は確か供永の経験あるいは好き嫌いの影響のようです。一応「おいしそうなラーメンの匂い」なんですが、毎日嗅がされている人からすると、「おえっ」となるみたいですね。
>ともかく、去っていく野人。そのランニングスタイルは通常の人とは異なり、背を丸めた前傾姿勢で両手を時折地面に着きながら進んでいます。そう! ゴリラみたいですね。なので、動きの速さの割に移動速度はそれほどではないようです。
>おっと、ここで最勝寺先生からのメモです。実際には、ブースの向こう側でスタッフさんが画用紙に書き写したのを読んでいます。えーと、なになに……「ゴリラの歩き方とオランウータンの歩き方は違う」――言い方が丁寧ではないですね。言い換えましょう。「――違います。今回は後者、です」と。
>へえ、そうなんですか。……と言われましても、そこまで精密に脳内構築している方はほとんどいませんよね? はい、無視しましょう。
>しかし、匂いで撃退ってできるんですね! 「吸血鬼はニンニクが苦手」というお話は有名ですが、あれを聞いた時、「いや、匂いが嫌なら、息を止めろよ。つーか、てめえら、元々息してねえだろ」と思っていました。でも、今日初めて、破壊者の反応を見て、納得できました。もしかすると吸血鬼も「我慢してニンニク臭い相手を襲うこともできるけど、敢えてしたくない」という感覚なのかもしれませんね。空き巣狙いの泥棒が、外から見て「防犯対策しているな」とわかった家は面倒臭いから避ける、という感覚と同じようなものです。
>だから、吸血鬼対策としてのニンニクは、「誰でもいいから血を吸いてえなぁ」という状態の吸血鬼から身を守るには有効ですが、一度目を付けられて「お前は絶対に殺る!」とロックオンされたら、ニンニクガードも突破されるのでしょう。もちろん、どうせやられるなら嫌がらせをしてやる、という目的なら意義がありますよ。
>破壊者にとっての「目が合った」は、嫌悪臭を超えるほどの衝動ではなかったようです。くわえて、理性が弱まっていても、嫌悪刺激の判断は鈍らないこともわかりました。同じ脳内の反応でもきっと場所が違うのでしょう。
>このシーンは、破壊者がメインストリートへ出て行ったところで一旦終わります。次のシーンへ移りましょう。
>はい、ここはレインボー通り商店街アーケードの入口。正確には、通りなので入口は複数あるのですが、「レインボー通り商店街」という看板が頭上に掲げられているのはここだけです。ですから、いわば正面入口に当たります。
>前回説明しませんでしたが、この商店街にはマスコットキャラクターがいます。地域活性化の一環でとりあえずマスコットキャラクターを作れば良い、と日本中の特に役所関係が思い込んで、様々なキャラが乱立した時代がありました。ゆるキャラブームと呼ばれた頃です。しかし、あのいわゆる着ぐるみを作るのにかなりお金が掛かります。当然維持費もそれなりに掛かってきます。「年に一回から数回しか使わないのにコスパ悪くね」となり、「広報内容毎にキャラを変えると、印象が根付かないし、管理も大変だよね」とも言われ、ゆるキャラの統廃合が進みました。そう、ゆるキャラのリストラです。
>と、時代について語りましたが、レインボー通り商店街のマスコットキャラクターは、これらの流れから少し外れています。だったら語る必要ねえだろ、と思われるでしょうが、効率化の旗の下、消滅させられたキャラクターがたくさんいたことを知っていただいて、あるいは思い出していただいて、それらの供養をしようという考えでした。あと、結果的に無駄になった多くの税金についても忘れてはいけません。役所の人たちは何か打ち出さないといけない、と焦るあまりの暴走でした。市民の皆さんはあまり任せっきりにしてはいけない、と学びましたね。非難するつもりではなく、理解しましょうという提案でした。
>で、レインボー通り商店街のマスコットキャラクターですが、ゆるキャラブームが来る前から設定されており、ブームが来た時は「追加のキャラクターがいた方が盛り上がるのでは?」という声もありましたが、何となく集まってくる税金と違い、商店街の皆さんが集めた会費の運用だったので、「さらなる出費はできない。補修費で精一杯」となっていたのです。リストラが発生せず、良かったですね。
>なかなか説明しない、レインボー通り商店街のマスコットキャラクターが何なのか、を語る前に地名についてお話ししておかなくてはなりません。レインボー通り商店街があるあたりは、「間鴨」という地名です。ですから、レインボー通りという名称が決まる前は、間鴨通りと呼ばれていたのです。……まあ、ほとんどそう呼ぶ人はいませんでしたが。
>だって、そうでしょう? 身近な場所はいちいち正式名で呼ばない事が多いですから。「裏の山」「北の池」とかですね。レインボー通りは、特定の商店の名を使って「肉屋のタケダさんの前の通り」なんて言われ方をしていたのです。もちろん、言う人によって目印となるお店の名前は変わっていました。
>しかし、地名が間鴨なのは住所を記す時に使います。そして、その時ブームになっていた対象にあやかって誕生したキャラクターこそ、『カルガモ母さん』なのでした!
♪ チャッチャラ~~!
>買い物かごを持ったカモのキャラクター。イラストでは、後ろに子供たちが続きますが、着ぐるみとして存在しているのはカルガモ母さんだけです。子供たちはイベント毎にその場で徴収されます。具体的には、カモを模したキャップを被ってくれる子供を募るのです。ですから、実質地元の子供たちとなりますね。
>今であれば、「日常的な買い物と子育てを女性に押し付ける象徴なんて、女性差別よ!」と批判をもらうに違いない、というか実際そう言われているカルガモ母さんは、当時そういう意見もないわけはなかったのですが、声が小さかったので無視されました。そして今は「そうは言われても昔からこうですので」と、やはり無視されています。
>間に合わせな案だった子ガモのコスプレ――帽子を被るだけですが――も、その子供たちが大人になって、レインボー通り商店街の会員として活動に参加すると、「カルガモ母さんを活動家から守るんだ」という忠誠心と結束力の強化として表面化しました。現に、当代のカルガモ母さんの中の人もかつてカルガモ坊やとして、カモ帽子を被り……え? カルガモ母さんが男なのはおかしい? というか、「中の人ってなに?」と言っているお子さんがおられますね。……えーと、これからの時代、男だ女だとこだわらなくなっていくはすです。なので、「中の人」など気にしないで進みましょう。
>こうして、定着した「カルガモ母さん」はあのカモ界のスーパーアイドルたるワンダー・ダックとも何回も共演する……え? 何ですか? 「ダックのスーパーアイドルならアレだろう」ですって? ……いや、あっちはダックはダックでもアヒルです。こっちはカモ。家鴨と鴨だから違うんです。前にも言いましたが、ややこしいのでそこには触れないでください。
>色々脱線しましたが、カルガモ母さんについて、一つ重要な事実をお伝えしておかなくてはなりません。子ガモを連れての引っ越しが有名で可愛らしいカルガモは、日本全国で見られる鳥です。しかし、枚鴨市ではカルガモの生息地はほとんどないのです。「地元の鳥だからマスコットになった」と枚鴨市民ですら勘違いしている人が多いですが、縁もゆかりもないのにブームだから乗っかっちゃっただけなんですねぇ。でも、枚鴨市民、特にレインボー通り商店街出身の人には、そこのところ馬鹿にすると猛烈に抗議されるので注意してください。「関係ないのに定着しちゃったね。すごいねぇ」という感じなら、ネタとして「実はそうなんだよ」と応じてくれるかもしれません。ほとんど同じ情報だとしても、言い方って大切なのだ。
>そんな見かけによらず複雑な事情を抱えるカルガモ母さんが、その日、空を飛んでいた。
後輩刑事: へー、そろそろクリスマスかぁ。
>そう言って、片手をひさしのようにして見上げる先にいるのが、宙を舞うカルガモ母さん。……いや、ちょっと詩的に表現しすぎました。実際には、「空を飛ぶ」とか「宙を舞う」という優雅さはありません。ロープに縛り付けられて、引っ張り上げられているだけですから。
>カルガモ母さんの外観は、お尻部分が出て立っている人という縦長の着ぐるみスタイルではなく、原案イラストに近い横長の形をしています。頭には赤い帽子を被り、首周りにも赤い肩掛け。それらの赤地の縁には白いもこもこが――はい、ご想像のとおり、サンタコスプレですね。カルガモ母さんはハロウィーンコスプレをしなかったのに、サンタコスプレをするあたり、やはりプレコスプレでは、コスプレで有名なハロウィーン祭りよりクリスマスの方が優勢のようです。しかし、問題は――
後輩刑事: って、早くないですか! まだ十一月ですよ!
>十一月でも終盤であれば、世間でもクリスマス風が吹いて来るが、十一月の上旬では確かに早い。これは、景気実感が中小企業ではズレるというのと逆の理屈でしょう。世間一般より早くクリスマス需要にあやかりたくて、終わっても未だ引きずりたい。……まあ、終わった方はわかりません。欧米では、クリスマスと元日をまとめて祝う風習があるから、一緒でもいいやとしやすいでしょうが、日本は「新春初売り」になりますからね。きっとレインボー通り商店街でも新春需要へも飛びついていくはずです。
>というわけで、レインボー通り商店街の正面入り口は、カルガモ母さんの浮遊を安定させる作業のため、通行規制がされていた。規制と言っても、足場を組まれている両端に三角コーンとポールを敷いて、その外側を通ってくださいと警備員が声を掛けているだけです。図形で言うと「||」としているだけで、「ロと」囲っているわけじゃないので、興奮した子供が駆け抜けようとすれば抜けられるかもしれません。というか、カルガモ母さんが落ちてきたら危ないですよ、という規制なのでしょうが、警備員は危険な領域に立っています。大丈夫なのでしょうか。
ノーパン刑事(以降、「NPD」と表す): そうか。もうそんな季節か。
>相変わらずマイペースなノーパン刑事も、後輩刑事の前を歩いている。これからお昼ご飯を食べに行くつもりなのだろう。きっと、行く先は中華料理店『天華』に違いない。……マイペースと言ったが、実態は、他人の話を聞いていないだけだと思います。
後輩刑事: いや、アニキ。だから、早いんですって。
>再度指摘する後輩刑事だが、もうこういう対応は慣れているので、本気度は低い。大阪で日常的に繰り広げられていると伝えられる一般人会話のボケとツッコミも、きっとこういう雰囲気なのだろう。
♯ ガシャン、キャー、ガオォーー!
>商店街の奥から聞こえる何かが壊れる音と悲鳴と雄叫び。えーと、ひっくるめて言うと騒音ですね。ハッとした後輩刑事は、ノーパン刑事の袖を引っ張ると、前方に注意を促す。
後輩刑事: なんだか騒がしいですよ!
>向こうで何が起きているか見ようと頭を右に左に動かし、背伸びをし、ジャンプをするがなかなか見通せない。まっすぐ伸びているように思える商店街でも、実際には交差点などで少し曲がっていたり、まっすぐでも起伏があったりするせいで、奥まで見通せないものなのだ。もちろん、見えない一番の理由は人通りのせいである。
NPD: ……男が暴れているようだな。右手……ギプスか?
>やはり驚異的な視力を持つノーパン刑事。とはいえ、ノーパン刑事でも視線が通っていない物は見えないはずです。これは、人や物の隙間から断片的に見えた情報を繋ぎ合わせて判断しているのでしょう。意外に難しい認識もできるようです。
後輩刑事: さすが、アニキ。ここからも視えるんですね! ……あ、そんな事を言っている場合じゃなかった。早く行きましょう。
NPD: うーむ。今は休憩時間だが――
後輩刑事: だから、そういう事を言っている場合じゃないですから!
>言い切ると後輩刑事は駆け出した。仕事熱心ですね。それに引き換え、ノーパン刑事は軽く駆ける程度。でも、脚力が優れているからか、後輩刑事からはジリジリと離されるくらいで済んでいます。現場に近づくにつれ、逆に遠ざかろうとすれ違う人が増えてきます。しかし、多くの人は何事かと足を止めています。むしろ、スマートフォンを片手に現場に向かう人たちもいます。これは危険ですね。
破壊者: うがぁぁああ!!
>破壊者は叫びながら、通りの脇に停めていた自転車をボコボコにしていた。これは……微妙な状況ですね。自転車はシャッターの下りた建物の前に停められていたのですが、そのシャッターには「荷物の運び入れの邪魔になりますから、駐輪厳禁!」と貼り紙がされていました。つまり、本来停めてはいけない場所に停められていた自転車だったようです。複数台並んで止められているので、まとめてドミノ状態で倒され、殴られ踏まれ、変形しています。これはおそらく「割れ窓」理論による駐車でしょう。
>「割れ窓」理論は、人の心理的な傾向を示す――って、もうあんまり時間がなかったですね。気になる方は「Webで検索!」してください。
>ともかく、多くの都会人が困った経験を持つ違法駐輪。それが壊れされていて「ざまあみろ」と思う方もいるかもしれませんが、けっして褒められない行為ですからね。真似しないようにしましょう!
>被害に遭っているのは、自転車だけではなかった。破壊者と目が合ったのか、文句を言ったのか、それとも単純に肩が触れ合ったのか、いずれにせよ破壊者の癪に障ったようで、おじさんが一人、自転車とは反対の通りの端で呻いて転がっていた。殴られたのか投げ飛ばされたのかしたのだろう。そして今、後でWebに上げようと思ったのか、若い男が破壊者へスマートフォンを向けたが、ライトが点いたのが気に食わなかったようで、倒していた自転車を掴むと、軽々とそれを投げた。飛んでいった自転車は、若い男がスマートフォンを掲げていた手に命中! スマートフォンは吹き飛び、若い男も倒れる。
>飛行軌道が不安定な自転車を命中させるとは、破壊者の攻撃は、力だけでなく精度も高そうだ。
>若い男が回避行動をとらなかったのは、スマートフォンの操作に集中していたせいかもしれません。実際に自転車が飛んでくる光景と、スマートフォンの小さな画面の映像では、怖さが違いますからね。向きから、直に見えているはずなのですが、画面に集中すると周りが見えなくなるというのは本当のようです。「ながら歩き」が危険と言われますが、もちろん、こういう時も直接目で見て危険を回避してくださいね。
後輩刑事: 警察だ! おとなしくしろ!
>ちゃんと警察手帳を掲げて宣言する後輩刑事。しかし、もちろんそんな呼びかけておとなしくなる相手ではない。代わりに、周囲の市民がどよめき、スマートフォンを持っている者はそれを後輩刑事へと向ける。だから、そういうことしていないで、逃げた方が良さそうですけれどねえ。
>破壊者はおとなしくなるどころか、狙いを後輩刑事へと変えたようだ。理性的ではなくなっても、過去に警察が嫌いになったり苦手に思ったりする経験をしていたのだろう。そこからくる感情が、排除すべき相手だとみなしたようだ。
NPD: タカ、気をつけろ! そいつは只者じゃないぞ。
>遅れてやってきたノーパン刑事の声が届いた時には、破壊者は後輩刑事に数歩の距離に詰め寄っていた。後輩刑事には、もちろんノーパン刑事に応じる余裕はない。警察手帳を胸ポケットにしまうと、すばやくファイティングポーズを取る。
# ブン! ブン!
>破壊者の両手の振り下ろし攻撃が空を切る。後輩刑事は、その手を取ろうと身構えたが、あまりの勢いの激しさに距離を取った。前に出ながらさらに攻撃を続ける破壊者。その攻撃の切れ目を見切った後輩刑事は素早く踏み込むと、相手の胸元に入った。そのまま、相手の襟元を掴み、片腕の付け根あたりも掴み取りながら、身体を反転させる。
>次の瞬間、破壊者の体が宙を舞った。後輩刑事の背負い投げが見事に決まったのだ。
# バタン!
市民: 『おおぉーー!!』
>破壊者が大地に転がされた音と、周囲の歓声が響いた次の瞬間、今度は後輩刑事の体が吹き飛ばされる!
# ガシャン!
>後輩刑事は、別の場所に停められていた自転車へと投げ飛ばされた。背負い投げは決まっていたのだが、相手の頭を地面へと叩きつけないよう、手を離さずにコントロールしていたのが逆に利用されたようだ。倒れたままの姿勢で、破壊者は後輩刑事を軽々と投げ飛ばしてしまったのだ。
NPD: タカ!
>ノーパン刑事がさすがに真剣な声を出したが、後輩刑事の元へと行かずに、破壊者へと向き直る。破壊者は、意外にも身軽に跳ね起きる。ネックスプリングと言われる体操技だ。
NPD: ちっ!
>倒れている優位を活かせない事に舌打ちをしたようだが、ノーパン刑事の動きには躊躇いはない。すぐさま、ポケットから装填していた小球を弾き飛ばす。
>指弾。ノーパン刑事の異能といえる攻撃だ。パチンコ玉サイズの小球だが、その速度と精度から、常人であれば戦意を喪失する威力を有する。
破壊者: がぁー!
>それを胸元に連続して受けた破壊者は、しかし、吠えただけで大してダメージは受けていないようだ。だが、指弾は連続攻撃が得意だ。ノーパン刑事はすぐに目標を破壊者の頭部へと切り替えた。
>しかし、破壊者はそれを頭を左右に振って躱す! それどころか、続く球を何発か、両手を振り払って叩き落す。
>こ、これは指弾が見切られています! つ、強い!!
>ついに、握りしめていた球を撃ち尽くしたノーパン刑事の攻撃が止まる。リロードするには、ポケットに両手を突っ込み、球を握り直さなくてはいけない。これには数秒かかるだけだが、破壊者はそれを悠々と待ってくれない。また、四足突進を開始した!
NPD: ちっ!
>おっと、ノーパン刑事も判断が早い。無理にリロードをせず、身を翻すと走り出した。それを追う破壊者。破壊者は本気のようで、スピードはかなり速いぞ。ノーパン刑事はそれに追い着かれる前に、近くのお店に逃げ込んだ。
>入ったお店は喫茶店。あの全国展開している有名なチェーン店ですね。そこへ破壊者も飛び込んで――
# キャー! ガシャンガシャン! ドカッ! パリーン!
>ま、まあそうなりますよね。お店の中は大混乱だ。昭和のアニメやコミックであれば、土煙が起きている状況ですね。破壊者は店の奥に入ったようで、しばらくするとバラバラと避難する客が出てきます。これ、日本に多くある形式の飲食店なら「食い逃げ」案件ですが、ここは先払い式なのでその点に関しては問題になりません。不幸中の幸いっていうのですかね。……いや、この場合は言わないですね。
後輩刑事: い、イテテテ……
>おお、そうだった。後輩刑事はどうなったのでしょう。よろよろと立ち上がると騒動の起きているお店へフラフラ近づきます。とても戦える状態ではなさそうです。
>普通はそうですよね。一度大きな打撃を受けると、そこから立ち直れません。下手すると回復には数日、いやもっとひどければ後遺症になるかもしれません。ゲームと違って、「HPが1でも残っていたら、攻撃能力が変わらない」なんてことは現実にはないのです。こういう事故を起こさない為にも、自転車を停める時はちゃんと守られたスペースに停めてくださいね。……ま、まあ、今回、後輩刑事がぶつかった先も違法駐輪でしたが、お店が駐輪スペースとして提供している場所でもこういう事故は起きるから、偶然といえばそうです。ですが、停めてはいけない場所に置いていた自転車のせいで大怪我をした場合、損賠賠償を請求されて払う義務がでてくる可能性が高くなるから、やっぱりルールは守った方が良いでしょう。
後輩刑事: あ、アニキ……
>心配そうに店内を眺める後輩刑事。さすがに、入っていったところで戦力にはならないのを自覚しているようで、立ち止まったままだ。
NPD: お、立てるか。
後輩刑事: え!?
>後輩刑事が振り向くと、横にノーパン刑事が立っていた。
後輩刑事: あれ? アニキ、今、中に……
NPD: おお。で、そこから出てきた。
>ノーパン刑事が指差したのは喫茶店の二階。確かに、いつもは閉じられている窓の一つが開いていた。いつの間にか、そこから脱出していたようです。普通の人なら、二階の窓から飛び降りようとしませんが、ノーパン刑事には苦でもなかったようです。
NPD: しかし、お前でも無理となると、アイツに掴みかかるのは無謀だな。
後輩刑事: はい。腕や関節を極めたとしても、馬鹿力で振り回されて、効果がなさそうですね。
>なるほど。これは、プロレスでいうところの、腕ひしぎ逆十字固めに対して、その技を掛けている相手ごと持ち上げる返し技、ということでしょう。……え? プロレスなんか見ないからわからない? ……じゃあ、なんとなくの理解でいいです。
NPD: 俺の攻撃も、大して効いちゃいねえ。ラリって、痛みに鈍くなっているのか……。だったら、急所を攻めればいいんだが、避けやがる。力だけでなく速い。厄介な相手だな。
後輩刑事: 応援を待ちますか?
>実際、既に市民から警察への通報はされている。警察署も近くにあるので、十分もかからずに誰かが到着するはずだ。
NPD: いやあ、被害が広がるだけだな。
>なるほど。屈強な警察官なら何人かで挑みかかれば、押さえ込むことはできるかもしれませんが、そこまで戦力が必要とわかるのに何人かは怪我をするでしょう。
NPD: だが、手がないわけではない。
>ノーパン刑事の言葉に、後輩刑事は「おっ」と期待の眼差しを向ける。
NPD: 見切られないほど、速く撃ち込めばいいだけだ。ここはイッチョ、本気を出して――
>ベルトのバックに手を掛けるノーパン刑事の手を、後輩刑事が止める。
後輩刑事: ちょっと、ここは公共の場ですよ。それはダメです!
NPD: しかし、「パンツを脱いで、ナニを出す」とも言うだろう。
後輩刑事: それはたぶん「肉を切らして骨を断つ」ですよね。全然違います! ……俺にアニキを逮捕させるような真似は止めてください。
>最後に囁くように付け足した言葉が聞いたようだ。ノーパン刑事はベルトから手を離した。
NPD: ふーむ。だったら、避けられないほどの至近距離で打ち込むか? ……いや、リスクが高いな。
>こうしている間にも喫茶店内のドタバタは続いている。お店にとっては大損害だ。そして、おそらく破壊者の元の人には、その補償をできるほどの財産はないだろう。というか、このまま暴走状態が続けば、肉体への負担が大きくて、死んでしまう可能性すらありそうですね。それだったら、もうお店は丸々大損です。
NPD: うーん。
>ノーパン刑事は腕を組むと、ふと時計に目を落とした。それから、彼らが入って来たレインボー通り商店街の正面入り口の方を見る。
NPD: ……タカ。お前、確か、ロープを結ぶのが上手かったな?
後輩刑事: はい。ボーイスカウト出身ですから。……それが?
>ノーパン刑事は後輩刑事に耳打ちすると、そのまま何やら指示を出す。一分ほどそうして話をすると、後輩刑事は頷いて行動を開始した。正面入り口の方へと駆けていく。ちょっと足を引きずっているようですが、大きな怪我はなかったようです。良かったですね。
>ノーパン刑事は胸ポケットからミントタブレットを出すと、それを数粒口へと放り込み、腕を組むと待つ。その間、見守っていた周囲の人々は、「どうやら警察なのに、何もしないよね」と不審に思い始め、ある者はひそひそと話を始め、ある者は顔を覗き込む位置に回り視線で仕事をするように訴えかけ、ある者はその姿をスマートフォンで撮影しようと――おっと、スマートフォンが弾け飛んだ。……取り落としたのかな? 不自然だったので、ちょっと巻き戻して確認して見ましょう。
>……あ、これ、ノーパン刑事の指弾ですね。腕を組んでいるので指が動いているのは、こちらからでも確認できませんが、制止させると小球が飛んでいるのがここ確認できますね。ノーパン刑事はそちらの方を向いてもいないので、これはスマートフォンの持ち主は何が起きたかわかっていないでしょう。
>お、ノーパン刑事が動き出しました。喫茶店へと入ると、両手をパンパンと叩く。
NPD: おーい、暴れ熊。俺はこっちだぞ!
>中から吠え声が応じてあがり、ノーパン刑事が飛び出してきました。そのまま、正面入り口の方へと駆け抜けています。これはかなり速い。ノーパン刑事は本気で走るとすごいですね。数秒後、破壊者も飛び出してきました。左右をキョロキョロした後、ノーパン刑事を追いかけます。
NPD: 道を開けろ! 危ないぞ!
>ついつい見やすさのため、二重三重に半円陣形をとっていた人たちが慌てて道を開ける。そこを駆け抜けるノーパン刑事と破壊者。
>あ、これがタイトル回収ですね。「そこのけそこのけ、お馬鹿が通る」……この馬鹿ってどっちを指しているのでしょうか? ……なるほど、どっちもという説もありますね。
>二人の向かう先は……あ、これは、もしかして、カルガモ母さんの出番ではないですか? ノーパン刑事が囮になって、破壊者を誘い出し、頭上からカルガモ母さんが落ちて来る、という罠。……って大丈夫ですか? 他の作品、特にコメディ要素が強いコミックなんかだったら、カルガモ母さんが落ちてきて、破壊者の頭の周りをピヨピヨと小ガモが舞う展開でオチますが、ゴツゴウ・ユニバースの引力関係は手加減してくれませんからね。この作戦じゃ、破壊者は止まるかもしれませんが死にかねませんよ。
>……えーと、今週の放映は突然、切れて終了するかもしれないことを、あらかじめお伝えしておきますね。
破壊者: ぐがぁああ!
>実は、しょっちゅう吠えているのですが、大半は無視しています。しかし、たまにこうして表現しておかないと、その場に居ない気にさせられるので所々お伝えしています。本気モードのノーパン刑事は破壊者より速く、その距離がどんどん開いていきます。お、ここで、破壊者が姿勢を変えた。二足歩行に変わると、通常に近い形で走り出した。これは、人類の進化の絵を見ているような気分ですね。……はい、こちらの方が速いです。だってもうそういう体のつくりになっていますからね。
>しかし、破壊者が距離を縮める前に、ノーパン刑事がゴール! レインボー通り商店街のアーケードの外へと出ました。この周囲には、先程いた警備員の姿はありませ――いや、通りの端にいました。後輩刑事が先に避難させていたようですね。他の市民たちも、通りの端にぴったり張り付くようにして道を開けています。
>通りを出た所で、ノーパン刑事は振り返ると、ダラリと両手を下げた。両の拳は握られている。これは、指弾の構えだ。だが、この距離では効果がなかったはずだ。さらに近づくまで待つのか?
>おっと、突然、破壊者が顔をのけぞらしてスピードダウンした。そこに容赦なく、目にも留まらないスピードの小球が飛び、破壊者の喉に命中した! これは一般人であれば、息が詰まって危険な状態になるが――やはり、破壊者も無事では済まない。咳き込みながら、体をくの字に折り曲げる。そこへ駆け寄るノーパン刑事。破壊者を掴んで引き倒した。抵抗する余力がないようだ。
NPD: タカ! 今だ!
後輩刑事: はい!
>答えながらも、後輩刑事は既に行動を開始していた。控えていた道の脇から、ロープを持ってくると、それを倒れている破壊者の足へと手早く結わえる。
後輩刑事: お願いします!
>後輩刑事が見上げて声を掛けたのは、カルガモ母さんの作業をしていた足場にいる作業員の人たち。彼らは、その指示に応じて、カルガモ母さんのロックを外した!
# ガラガラガラ!
>滑車が回り、落ちて来るカルガモ母さん。それに引っ張られて引き上げられる破壊者。しかし、重量の関係から、カルガモ母さんは破壊者より高い位置で止まった。破壊者は地面から一メートルくらいの高さで宙づりになっている。
NPD: ふん。いくらバカ力でも、掴みかかる相手がいなければ、どうしようもねえな。
>遅ればせながら、咳き込んでいた状態から回復した破壊者が両腕を振って暴れたが、体がクルクル回るだけで、戒めを解くことはできなかった。
>周囲から湧く歓声と拍手。後輩刑事も尊敬の眼差しでノーパン刑事を見上げる。
後輩刑事: しかし、アニキ。どうやって、コイツの突進を止めたんですか?
>あ、それ、私も思っていました。展開が早いシーンだったのでそのまま流しましたが、後で振り返るつもりだったのです。
NPD: ああ、それはお天道様がやっぱり悪事を見逃さねえ、つーこった。
後輩刑事: は、はぁ。
>さっぱりわからない顔をしていますが、こういう対応はいつものことなので、後輩刑事は流しそうですね。こっちもさっぱりわからなかったので、あのシーン巻き戻してみましょう。
>はい。顔をしかめて、足を止めた破壊者。……ん? 何も異常はないような……いや、違います! これは光です! 破壊者の目元に明るい光が! カメラさん、角度を変えてくれますか? ……なるほど、商店街を出た向こうにあるビルの窓に太陽の光が当たり、それの反射光がちょうど破壊者の目の部分に。偶然か? いや、流れから考えるのに計算された行動、計算された罠でしょう。
>そう言えば、最勝寺先生がかつて「ノーパンマンの異能について『弾道』なんだよねぇ。『指弾』は副次的な力」と言っていました。こういう意味だったんですね! いや、あの時は「何を言っているんだろう」と思いましたが、すぐ聞くのが癪で、あと、あの人はよく訳の分からない話をするからスルーしていました。はい、後輩刑事のノーパン刑事に対する態度と同じですね。いやぁ、ノーパン刑事、恐るべしです。
>はい、戻ります。周囲からの歓声に、ノーパン刑事は肩をすくめると、後輩刑事に声を掛ける。
NPD: じゃ、後は任せて、俺たちは昼飯にでも行くか。
>こうして、レインボー通り商店街を襲った『暴れ馬事件』は幕を閉じた。後にウェブに出回った画像には「カルガモ母さんの暴れ馬退治」という名が付くことになる。
>ふう。時間が押しましたけれど、今回のエピソードはこれでおしまいですね。……え、まだ少し足すかもしれない? 最勝寺先生、いつもスッキリしませんね。まあ、とりあえず、また来週~~。




