参上! かたじけない侍 5
>ついに五週目に入ってしまった今回の騒動。始まる前は「戦闘シーンがちょこちょこっと入って、それも大して長くないから二回ほどで終わっちゃうかもなあ。次回のお話、どうしよう……」と言っていた|最勝寺先生でしたが、「五週目に突入しましたよ」と話しかけると、窓から摩天楼が聳える空を見上げて、「思えば、遠くまで来たものだ」と呟いていました。
>いや、それほど遠くはないです! むしろ、こちらは「あ、また言っている。どうせ……」から「うん、知っていた」という変化は予想できていました。それに、なんとなくそれっぽい発言をして、責任を回避しようとするのも止めてください。
>と、問題のある方の指揮の下、今週の放送も続けます。
>大きなダメージを負ったパンツイッチョマンに、無慈悲なロボットが襲いかかる! という所で週跨ぎでした。
>パンツイッチョマンが指示した花鳥風月は間に合うのか!? いや、望み薄だよねぇ。という話もしましたが、そもそも花鳥風月がどういう連絡ルートで出動となるのか、を説明しましょう。
>複数のルートがあるのですが、最も使われるルートが警察、あるいはメディアからの連絡です。緊急連絡先として、多くの方が警察署や消防署への電話番号を知っていますが、花鳥風月への連絡先は一般人に公開されていません。だって、ほとんどアイドルですからね。ただでさえ、警察署や消防署への不要な電話が問題になっているのに、花鳥風月と直接話せるかもしれない、という電話番号はひっきりなしに不要な電話がかかってしまうのは明らかです。
>とはいえ、情報伝達の手段が多数ある今の世の中、花鳥風月の電話番号だけ漏洩が起きないかといえば、やはりそんなことはありません。だから、やっぱり迷惑電話は発生しています。これについては、受け手側でソフトウェア処理されています。具体的には、決まった電話番号からの送信以外は全てすぐ切れてしまう、という対応です。番号非通知ももちろんアウトです。
>入手する為にそれなりの金銭を払ったファンがいたとしても、「すぐ切れてしまうから、この電話番号はやっぱり正しい!」とだけでは満足しません。本物の番号でも繋がらないと意味がないですからね。ですから、今ではもう、花鳥風月の電話番号に大した金銭的価値はありません。
>相手にしない事が迷惑電話への対策、としている花鳥風月陣営ですが、いくらすぐに切れるようにしたとしても、回線が繋がっている時間、他の通知が妨げられる事態が発生しています。
>そこで、別の連絡手段も存在し、今ではこちらが主流となっています。政府主導で開発が進められた、あの連絡アプリ『CoCoMI-L0』です。これのアドオンとして花鳥風月への緊急連絡が――え? 「『ココミロ』って何?」ですか? ……あれ? そちらではココミロは普及していない? それじゃあ、どうやって日常的に――いや、そちらの生活の不便さについて話している場合じゃなかったですね。
>では、ココミロについて説明をします。元々はセキュリティを重視した公共情報を通知するアプリとして開発された『CoCoMI』の機能限定版として世に出た『CoCoMI-L0』ですが、メッセージツールとして使いやすいということで普及……え? そんな話はどうでもいい? 脱線していますか? ……でも、「もっと聞きたい」という声も……ああ、そういうお仕事をされている方のようですね。だったら、確かに一般的ではない領域に踏み込んでいたのかもしれません。
>今回のお話の現時点で関係のある部分は、「花鳥風月への連絡、どうすりゃいいんだよ」という点です。前述のとおり、警察側からのルートはあるのですが、緊急事態発生の通知が現在されているところで、警察組織としての増援は早いかもしれません。しかし、その増援でもこのロボットに歯が立たないとわかってからようやく、花鳥風月への救援要請が出ます。それまで、ボロボロのパンツイッチョマンが持つはずがありません。
>そして、花鳥風月が来たところで勝てる保証もありません。日本一のヒーローといっても、ゴツゴウ・ユニバースですから、素手で鋼鉄をぶち抜くほどのデタラメな強さはありません。デタラメぶりでいえば、勝てる可能性が高いのはフリップフロップ・チェリーです。しかし、彼女の『出るか出ないかわからないビーム』そのものの成功確率が低いので、勝てる見込みも当然低くなります。
>もう、いくらヒーローといえども個人レベルでどうこうできる問題ではない! ということで、自衛隊しか対応できないかもしれません。しかし、市街地の緊急出動は、とてもじゃないが緊急と言えないほど、時間がかかるでしょう。
>……「日本人の国民性としてマニュアル化されていない事態には弱いから?」ええ、一部の視聴者の方の意見には同意しますが、実はマニュアル化されています。もちろん、「異世界から攻撃的存在が発生した事態」については想定されていませんでした。……「異能者がいる世界だから、むしろ異世界侵略くらい考慮されているだろう」ですか? うーん、そういう見方もありますね。だけど、ゴツゴウ・ユニバースにとって異能者の実在は当たり前の事として認識されており、「異能者がいるから、異世界侵略もあるだろう」とはならないのです。外から見える内容と、内側で感じる内容は違うんですね。
>「それならどうしてマニュアル化されているのだ?」という問いについてですが、それはテロ対策のマニュアルとして、市街地への緊急出動の手順が整っているわけです。……が、それが運用された事はないので、ここでまた日本人の手堅い気質が影響し、マニュアルを確かめつつ手順を進めていくので、迅速な行動になりえないのでした。
>今回の襲撃がミサイルやらレーザーによるド派手な攻撃だったら、「悠長にやってられない!」と即時応答したかもしれませんが、今のところせいぜい「自動車一台が壊れただけ」なので、所有者に悪いですが、自衛隊が慌てるレベルに達していませんでした。
>その後の予想される被害も、いこい君とお父さんと、そしてそれを守ろうとしたパンツイッチョマンが轢死するだけでしょう。これって、幼児と保護者が死亡する部分は同情を集めますが、半裸の男が死んだという点は、むしろネットなんかじゃ「なにそれ、受ける(笑)」となる事件ですよね? 現場を知る我々は、未来ロボの恐ろしさとパンツイッチョマンの勇気が痛々しいくらいわかるのですが、それがネット記事になると笑いの対象になるって……怖いですね。
>と、パンツイッチョマンが轢き殺されるシーンを避けるべく、色々語ってみましたが、時間を止めたところで、結果を先送りにしているだけで、問題の解決には繋がりません。……ん? いや、問題解決に動いている人がいましたね。しかも、期待ができる人です。それは――
お銀> 叔父さん? 銀子です。
>パンツイッチョマンがイッチョマン・スラップを未来ロボへ叩きつけながら、跳ね飛ばされた直後、銀子先生はスマホで征十郎叔父さんへ連絡を入れていた。いろんな職場で、就業中の人は個人用スマホを携帯すべきではない、というルールが実施されていると思いますが――例えば、私もスタジオ内には持ち込み禁止です――銀子先生たち保育士はむしろ携帯を勧められていました。なにか事故があった時にすぐ連絡を取れるようにです。……もちろん、今回の事態は想定外です。子供が怪我をしたり連れ去られたりした時に、救急車を呼んだり警察を呼んだり、または証拠写真を撮ったりする場合を想定していたのです。子供たちが元気に過ごしている状態を撮ってウェブへアップロードするというサービスもたまにしています。もちろん、誰でも閲覧できる先ではなく、セキュリティの掛かった場所へのアップロードです。
征十郎: どうした?
>おそらくですが、一般的に業務中に姪から電話が掛かってくる事態はそう起きませんよね? それは養老征十郎叔父さんにとっても同じでした。その時、征十郎叔父さんは部下から報告を受けている最中。普通であれば「仕事中だから」と時間を改めるよう告げるものですが、征十郎叔父さんは違いました。部下の方へ片手を上げて遮り、銀子先生からの連絡を優先させます。銀子先生がこんな時に連絡を入れるのはよっぽどの事態だと判断したからです。
お銀: 今すぐ、花鳥風月を呼んでください。
征十郎: ふむ。
>聞きながら、征十郎叔父さんはメモにその指示を記す。
お銀: このままじゃ、パンツイッチョマンさんが……死んじゃう!
>銀子先生は既に涙を流していた。パンツイッチョマンが大きなダメージを受けた事もショックだったでしょうが、言われたとおりに花鳥風月を呼んだところできっと間に合わない事を悟っていたからでしょう。しかし、養老家の人間は、ショックで呆然となりそうな状況でも、感情とは別に行動を続けるのです。
征十郎: ……お前は無事なのか?
>征十郎叔父さんは言いながら、メモを部下に渡す。渡された部下は、その内容に驚きの表情を浮かべたが、征十郎叔父さんと目が合うと、慌ててその場を退散する。征十郎叔父さんが睨んでいたわけではありません。確かに目が合った人はヒヤリとさせられる視線ですが、征十郎叔父さんの蛇睨みはこんなものじゃありません。
お銀: はい。パンツイッチョマンさんがみんなを庇って、逃がしてくれたおかげです。
>厳密には、おそらくいこい君たちはまだ攻撃到達可能域に入っているのだろうが、銀子先生から見た限りでは十分避難できている距離があった。そもそも、あのロボットが疾走するなら、どこかへ隠れない限り安全圏に入ったと言えないだろう。
征十郎: よし。では、そこはどこだ? GPSからわからなくもないが、直接聞いた方が早い――
>という具合に、養老家が花鳥風月の召喚に動き出していたのです。資金力もあるにはあるのですが、金よりもコネが強い養老家は、この活動にうってつけです。花鳥風月とは直接繋がってはいないのですが、養老家のコネなら、現状、最も早く花鳥風月を現場に呼び出せると言っても過言ではありません。
>シーンの切れ目に、征十郎叔父さんがさらりと怖い事を口にしていましたが、養老家について踏み込むと色々怖いので無視しておきましょう。
>しかし、現実には、養老家の力を以てしても間に合わないでしょう。パンツイッチョマンがロボットにやられるのは、分どころか秒の単位の未来ですからね。まさにパンツイッチョマンの命は風前の灯火。
>そこにふらりと割り込む、汚らしい身なりの男。そう、忝い侍です。パンツイッチョマンとロボットを結ぶ線上のちょうど中間あたりに、死線を跨いでいる自覚など見えず、まるで通りがかったようにまっすぐ前――パンツイッチョマンとロボットを結ぶ線とは直角方向――を向いていた。背筋は伸び、左手は刀を差している帯に添えられており、右手は未だ着物の中の胸のあたりにしまわれている。
忝: 僭越ながら、浦島丙衛門、一飯の恩義故に助太刀に入る。
ロボ: 異物の割込み確認……作戦行動に支障なし。
>少なくとも、忝い侍は、ロボットが状況確認をする少しの時間は稼いだようだ。
P1: お気持ちは嬉しいが、竹光で斬れる相手ではない。……私なら、まだ一撃。
>左の脇腹から手を離し、ハの字の構えをとるパンツイッチョマン。これは、相打ちの覚悟だ!
>しかし、忝い侍は立った位置を動かない。視線をどちらへも向けず、まだ前を向いている。ただ、右手は袖を通して出し、刀の柄へと置く。
忝: 実のところ、この月の民より授かりし刀はただの竹光ではござらぬ。真の名は、妖刀光竹。御恩に報いるための一刀ならば、天下無双の――
>そこで、忝い侍は左手の親指で刀の鍔を押す。そうして少し覗いた刀身から、眩い光が漏れる。
忝: ――業物に成る!
>忝い侍は抜刀しながら、体を回転させ、ロボットへと向き直る。その右手には、輝く光の刃を持つ刀があった。
若い警察官: ら、ライトサーベル!?
>本当は少し違った呼称をしていましたが、あの映画作品の象徴的なアイテムなので、少し違った表現へ変えました。まあ、あっちでも昔はこう呼んでいたんですけどね。
ロボ: ビビビ! 想定外事象発生。作戦行動に支障が生じる可能性あり。排除を優先!
忝: 鉄の猪、某、手加減ができぬ故、覚悟!
>あ、「鉄の猪」ってカッコよい表現ですね。以降は、これを使わせてもらいましょう。
忝: いざ!!
>おっと、忝い侍が先に仕掛けた! 右手をまっすぐに伸ばし、光の刀の先が地面を掠めるようにしながら、鉄の猪へと駆け出す。
ロボ: 排除、実行。
>そして、鉄の猪の方もこれまでどおりの急加速! たちまち、両者が激突――と、その前に、忝い侍が左へ跳んだ!
♯ ブゥゥン
>おそらく、光の刀が振られた音。その太刀筋は早すぎて見えませんでした。
>鉄の猪の行動線上から外れた忝い侍は、眼前に光の刀を水平に掲げる。光で焼かれないためか、両目は閉じていた。鉄の猪はそのまま直進し……いや、パンツイッチョマンにぶつかるかと思いましたが、急速に減速しています。一メートルほど残して、ついに動きを止めます。
忝: 御恩返了。
>忝い侍がそう宣言すると、光の刀の先からチリチリと音を立てて、光の粒子が空へ上り溶けていく。それに呼応するように鉄の猪は体の端から、黒ずみ、灰のようにボロボロと崩れ落ち始める。
ロボ: 解析……不能
>見る間に光の刀は竹光へと戻っていき、鉄の猪は灰になり、その灰も風に吹かれるように塵となり消えていった。光が消え去ると、忝い侍は両目を開け、慣れた手振りで刀を鞘に納める。
忝: 風塵無残也。
>一瞬。一瞬の出来事でした。忝い侍の圧倒的勝利。
>周囲の人々と、おそらく視聴者の方々が、呆気にとられている間に、忝い侍はパンツイッチョマンに振り返ると、そちらへ歩み寄る。
P1: ありがとう、助かった。君は命の恩人だ。
>あ、ここに平常心に近い人がいましたね。自身が普通ではない存在ゆえに、普通ではない事象への抵抗力も高いんですね。
忝: うむ。これで貸し借りなしでござるな。
>忝い侍はボリボリと頭を掻くと、両腕を袖から引っ込めて、着物の中で腕を組む。パンツイッチョマンはフロントラットスプレッド風の構えだが、胸を張ると痛めた脇腹に障るらしい。姿勢が少し前屈みだ。
忝: 南蛮褌の御仁の立派な侍魂。この丙衛門、感服致しました。
P1: 侍魂か。……私は必死だっただけだ。
>意外にも、謙遜めいた発言をするパンツイッチョマン。そのまま、考えるように視線を下げて、続ける。
P1: ただ、これで死ぬのかと思った時……
忝: ほう。
>いきなり深刻な話題に入ったので、こちらは驚きましたが、忝い侍はまるで日常会話を続けているような涼しい顔で受ける。
忝: 死ぬのが怖かった、のかな?
>発言の方でも、重い内容を軽く言う忝い侍。それに、パンツイッチョマンは顔を上げる。
P1: 怖い? そうだな。怖いと思うべきだったのかもしれない。だが、私は、残された者の事を考えて……。
忝: ほほう。それは後悔ですな。
P1: 後悔?
忝: 然り。悔いを残す。俗の者ならば、「ああしておけば良かった」「こうしたかった」という想いを残すものだが、残された者へ想いを馳せるのもまた後悔であろう。
P1: そういうものなのか――
年長の警察官: ――いや、ちょっと待て!!
>何やら哲学的な展開をしていた会話に割り込んできたのは、未だに銃を構えている年長の警察官。トリガーに指を掛けていないが、銃口は忝い侍へ向いている。
若い警察官: あ、あの、もしかして『宇宙の聖戦士』さんですか?
>こちらは、銃を持っているけれど、銃口を地面に向けています。聞いた内容はもう露骨に他人様の作品に迷惑がかかる固有名詞だったので、検閲しました。
忝: じぇ、じぇ……現代? 今様ということであるか?
>忝い侍は自分の姿を見おろすと、頭を掻く。
忝: いやはや、ついに拙者も今様人、いや現代人とやらに認め――
年長の警察官: ――ともかく――
>盛大な勘違いを続ける忝い侍に、どうツッコめばいいのか正直私は悩んでいたところでしたが、強引に止めてくれました。
年長の警察官: その刀を速やかに渡しなさい。
P1: 市民の命を救った功労者にその態度は失礼だな。
>パンツイッチョマンが間に入ろうとしたところ、忝い侍が右腕を袖から出して軽く挙げた。待て、という仕草に、パンツイッチョマンは動きを止めると、指摘だけ続ける。
P1: それに、その拳銃にはもう弾が入っていないはずだ。
>これは、いつもながら所々で発揮されるパンツイッチョマンの鋭い観察力。窮地に追い込まれていてもその実力は変わらなかったようだ。
>年長の警察官は舌打ちすると、銃を下げ、ホルスターへ戻す。
年長の警察官: 知っている。だが、こうして威嚇でもしないと――いや実弾が入っていたとしても、その刀とでは釣り合わない。はっきり言って、銃刀法違反というレベルを超えているぞ。
P1: ふむ。……その点に関しては、同意できるな。
>パンツイッチョマンが腕を組んで頷いた後、ふと、首を傾げた。
P1: パトカーのサイレン……一台か。
>まだ他の人には聞こえていないようだったが、その段階で台数を聞き分けられる聴力。身体能力だけでなく、この変態、五感も優れています。
年長の警察官: だから、その刀を早くこちらへ寄こしなさい。
忝: と言われたところで、既に語ったとおり、刀は武士の魂故手放すことはせぬ。
>警察権力など意に介していないかのように、あっさりと答える忝い侍。しかし、顔を曇らせると、陰鬱に付け加える。
忝: ……それに手放すと、実に恐ろしいことが……。
>パンツイッチョマンさえ手も足も出なかった鉄の猪を、怯えることなく屠った、というか消滅させてしまった忝い侍が恐れる事態……。それに怖気づかされたのか、警察官の二人が一歩下がる。が、職質を掛けたり、補導をしたりする時に、恫喝されるのは慣れている。すぐに立ち直る。
若い警察官: 素直に従ってください。じきに応援が来るので、抵抗しても無駄ですよ。
>これは失言だった。相手がそれなりに知恵が回りやる気のある者なら、「応援が到着する前しか、強行突破する機会がない」と告げているようなものだったからだ。実際、パンツイッチョマンがハの字の構えになり、忝い侍に語り掛ける。
P1: 逃げるなら、私が時間を稼ごう。
>ギョッとしてまた一歩下がる警察官たち。しかし、忝い侍は溜め息を付きながら、首を左右に振る。
忝: せっかくの御厚意ではあるが、お断りいたす。元来、拙者は他人に借りを作るのは嫌いでしてな。一杯の水は、やむを得ずの歎願。
P1: そうであったか。……だが、一杯ではなく三杯だったぞ。それに、食べ物も……
>容赦ない訂正。貧しい者に貧しいぞ、と言っているのに近いですからね。悪気はなくてもアウトです。
忝: ……いずれにしても、やむにやまれずの窮地であった。
>おぉ! さすがは、それなりに放浪生活を続けているような人物です。パンツイッチョマンの指摘に気まずい空気を出したのは警察官だけで、忝い侍は平然と押し通す。
>おっと、こちらでもはっきりわかるようになってきましたね。パトカーの音が近づいてきました。パンツイッチョマンの方の残り時間も少ないぞ。
忝: 二人を叩きのめして逃げる手もあるが――
>忝い侍が左手も袖から出すと、帯に差した鞘を握る。それに応じるように、警察官は慌てて警棒を抜く。
忝: ――医躑躅殿に、奉行には手出しをせぬと誓った故、それもできぬ。
>若い巡査はホッと強張っていた肩を落としますが、もう一人の警察官は気を緩めない。が、忝い侍は、そちらを気にせず、ふいに虚空に彷徨わせる。
忝: やはり、蛍が出たか……。
>忝い侍がうんざりといった感じで言う視線の先に、確かに、光る粒子が漂っています。これは……蛍と言っていましたが、もちろん違いますよね。蛍の光はもっと弱々しいですからね。夜でもやっと見えるくらいなので、昼間に見えるのはおかしいです、それに虫の本体が見当たらず光だけ――ん? 光点の数が増えてきました。
年長の警察官: な、なんだ? 何が起きている?
>聞いた先は忝い侍。そして、問われた本人は重い溜め息を吐く。
忝: 拙者も何が起きておるのかはわからぬが……何処かへ跳ぶのは明白。
P1: 跳ぶ?……空間転移か?
>なるほど! 確かに、光点は忝い侍を取り巻くようにフワフワと漂っています。これはいわゆるワープ前の反応なのでしょうか?
忝: ほほう。今様では、そう呼ぶのでごさるか。
P1: いや、呼ばない。空間転移は実現していない技術だ。おそらくは、君の言うところの月の民の技術。
忝: やはり、光竹の妖術であったか。
年長の警察官: いや、ちょっと待て。逃すわけにはいかない。
>警棒を持っていない手に、新たに取り出したのは手錠だ。
忝: 手枷か。無駄とは思うが、気の済むようにやってみよ。
>忝い侍が右手を出すが、年長の警察官はその手に鉄の輪を嵌めるのを躊躇った。その理由は、行動をはじめとする再開した時の発言から窺い知れる。
年長の警察官: 公務執行妨害の容疑で逮捕する。
>手錠を掛けるには正当な理由がいるんですね。銃刀法違反の容疑が直接的だと思いますが、先ほど「銃刀法違反のレベルを超えている」と言っていたから、取りあえず公務執行妨害で処理したのでしょう。
>年長の警察官はもう片方の輪を自分の手首に掛けて、忝い侍と繋る。これに、慌てたのは若い警察官だ。
若い警察官: え! もしかして、これって延則さんもワープしちゃいません?
>年長の警察官は覚悟の上の行動だったようだ。改めて驚いた様子は示さなかった。
年長の警察官: その時は、報告を頼んだぞ。
若い警察官: え! ちょっと、それは……待ってください――
>あたふたする警察官とは対照的に、忝い侍は静かにパンツイッチョマンに語りかける。
忝: 南蛮褌の御仁、頼みがあるのだが……
P1: 何だ?
忝: もし、跳んだ先で拙者を見かけたなら、また水を一杯頼む。跳ぶと、とにかく喉が渇くのでござる。
P1: うむ。一杯ではなく三杯になりそうだが、遠慮は無用だ。
忝: で、あるな。
>忝い侍が微笑んだ。光の乱舞は激しくなり、外からでは、もう忝い侍の姿が霞んで見える。ほどなく、光の爆発が起き、数秒後、辺りが再び見えるようになると、案の定、忝い侍のもう姿はなかった。残された光の粒子が二三、打ち上げ花火の火花のように糸を引いて消えた。
若い警察官:あ。
>若い警察官が見る先には、繋がる先に誰もいない手錠を片手に付けた年長の警察官がいた。彼は、若い警察官に頷いた後、パンツイッチョマンを見る。しばし見つめあう二人。互いの行動を窺っているのかもしれないが、その間もサイレンの音は近付いてくる。
年長の警察官: そちらの市民の方は、そのままでよろしいのですか?
>パンツイッチョマンは数秒黙った後、小さく頭を下げると、背を向け走り――いや、もういつものように疾走できないようですね。一応、走ってはいますが、わりと普通の速さです。そのまま、藪の中へと消えていく。
年長の警察官: 諏訪。
>パンツイッチョマンの消えた先を見つめながら、同僚に話しかける。
年長の警察官: パンツイッチョマン、捕まえられねえ理由、よくわかるな。
>若い警察官もまだ揺れる藪を見つめて応じる。
若い警察官: ですよね。あそこまでされると、ワッパ掛けられないですよね。……でも、どうします? 応援が来ましたけれど、証拠ってあれくらいですよね?
>若い警察官が壊れた軽自動車を指差した。
年長の警察官: どうするって、正直に言うしかねえだろう。ま、パンツイッチョマンは勝手に逃げたことにしておくか。
>年長の警察官は、大破した軽自動車から、堤防の上からスロープを下りて来るパトカーへと目を向けると、帽子を被り直した。
>こうして、前回最勝寺先生が「あと少しだけだから」と言っていた事件は、やっぱりいつもとほぼ同じ分量まで膨らんで終わった。はい、皆さんもご一緒に言いましょう。「うん、知っていた」
>では、次回予告――え? まだワンシーンある? だけど、もう放送時間は過ぎていますが……はい、延長ですね。というわけで、もう少しだけ、お付き合いください。
>時間は少し遡って、忝い侍が鉄の猪を塵に換えた直後。離れた堤防の上で、その様子を見守っている人がいた。銀子先生だ。
お銀: あ、叔父さん。もう、花鳥風月さんは必要ありません。
征十郎: ん?
お銀: 良くわかりませんが、パンツイッチョマンさん? ……ううん、パンツイッチョマンさんのお知り合いのお侍さんが暴走車を片付けてしまいました。
征十郎: ……事件は終結したのか?
お銀: はい。そのようです。……お騒がせして申しわけありませんでした。
征十郎: ふむ。……緊急度の高い危険だったのは確かなのだな?
お銀: はい。
征十郎: なら、構わぬ。後で報告書を送ってくれ。
お銀: はい。わかりました。それでは失礼します。
>電話を切ると、銀子先生はその場でへたりこむ。スマートフォンを胸に抱くと、ほっと息を吐く。
お銀: 良かった。パンツイッチョマンさんが無事で。
>正確には、かなりの深手を負っているので、決して無事ではなかったが、殺されていたかどうかという基準からすると無事と評しても、間違っているとは言い難い。
>銀子先生の横に、ふわふわ保育士さんが立つと、パンツイッチョマンたちがいる方向を指差す。
女性保育士: ねえ、銀子先生。やっぱり、あれって後片付けした方がいいかなぁ?
>示した物は、広げたままのピクニックシートやお昼ご飯の残りだ。緊張感のない質問に、銀子先生は脱力したように肩を落としたが、顔には笑顔が戻る。
お銀: そうですね。もう大丈夫でしょうから、戻りましょう。
>しかし、銀子先生の期待とは裏腹に「パンツイッチョマンさん! 死ぬかと思いました!!」の抱きつきが発生する前に、パンツイッチョマンはその場を去ってしまうのであった。
>苔石銀行の東京支店――正確にはもう少し詳細な地名が付きますが、その地元の方の迷惑にならないよう伏せておきます。――では、養老征十郎支店長が、難しい顔をしていた。どちらかというといつも難しい顔をしているので、傍から見ていた人がいたとしても、その心の内は読みづらかっただろう。銀子先生と繋がっていたスマートフォンを机に置くと、固定電話に手を伸ばす。
征十郎: 今、いいか? ……先程の件、クローズだ。既に複数の連絡先に広がっていると思うが、直ちに停止を掛けてくれ。……情報が集まり次第、本件について通知する予定だが、その前に質問や苦情があるなら、直接私に回せ。……うむ。宜しく頼む。一通り通知が終了したら、戻って続きをしよう。
>通話を終えると、征十郎叔父さんは肘掛け椅子にもたれかかる。
征十郎: 銀行強盗、護送車襲撃の次は、テレポートする暴走車か……。確かに、ヒーローに動いてもらわないといけない事態のようだな。
>えーと、ポロっと物騒な事件についての情報が零れましたが、さすがにもう追跡すると時間オーバーがひどくなるので、無視しましょう。
>では、次回はどうなるのか? パンツイッチョマン、まともに活動できるのでしょうか? 突然、休載とかしないでくださいね。パンツイッチョマンの大怪我は最勝寺先生とは関係ありませんから!
<次回予告>
深手を負った 半裸の英雄
次なる舞台は いずこなりや
あれやこれやの 何かが起きる!
次回、パンツイッチョマン弐、…………
パンツ洗って、待っときな!!




