参上! かたじけない侍 1
タイトルにルビ打ちができない仕様なので、「かたじけない」の部分はひらがなにしています。
ナレーター(以降、「>」と表す。): 枚鴨市を流れる遊鳥川の堤防に、一人の男が立っていた。真っ昼間からボーッと、というか、どことなく偉そうに立つその男は、これから川でひと泳ぎするのではないか、という格好をしていた。ただし、はいているのは水着ではない。……はい。「え! 初っ端から?」と驚かれている視聴者のご想像のとおり、はいているのは黒パンツだ。素材は……よくわからないが、銀子先生が放映時間外に言っていた表現を借りるなら「トュルットュルで気持ち良さそう」という素材です。……あ、触り心地のことですよ、たぶん。……って、この発言も結局のところ、パンツの素材についてよくわかっていない勝手な想像に基づく感想でしたね。ま、まあ、ヒーローには謎が多いものなのだ。
>視聴者の方にはもうどういう姿勢なのか説明不要となったフロントラットスプレッド風のポーズをとり、黒パンツの男は自然公園と化している河川敷を見下ろしていた。そこでは、主に幼児が遊んでいた。親子連れだけでなく、保育園からと思われる集団もいた。健康増進のためと思われる、歩き、走り、自転車の移動をしている人たちもいる。平日の昼間なので、運動勢にはお年寄りが多い。
>というか、じゃあ、黒パンツの男のお仕事は大丈夫のかな? と思っちゃいますね。平日お休みのお仕事なのか、ある程度自分で時間を自由にできるお仕事なのか、それとも働かなくてもよいほどのお金待ちなのか? ……いや、お金持ちって逆に、忙しくしていますよね。結果、さらに資産が増える、というか、むしろ遡って、そういう人たちだからお金持ちになれる、という方が正しいのかな。観察する限り、黒パンツの男はヒーロー業でお金を稼いでいないと思いますが……あ、思いついちゃった! 実は、あの職業ヒーローの花鳥風月が、「人助けをして謝礼を貰うなんて汚い」という批判をされている一方で、別人として無償のヒーローを……いや、やっぱり雰囲気がかなり違いますね。あと体格も。向こうの半裸は見たことがありませんが、たぶん細マッチョでしょう。こっちはマッチョですからね。なお、パンツ筋肉マンは、太マッチョです。あ、最後のパンツ筋肉マン情報は不要ですか?
パンツ筋肉マン: フン!
>今のは別に、パンツ筋肉マンが通り掛かったわけではなく、過去映像からパンツ筋肉マンの決めポーズ、サイドチェストをした時の再掲でした。……パンツ筋肉マン情報よりもっと不要でしたか。やっぱり。
>さて、日常と言えば、枚鴨市の日常もかなり歪んできています。放映前に、当然現場の状況を確認するんですが、その時、サイクリング用の身体にフィットするスーツを身にまとった男の人が、自転車を漕ぎながら「おう!」と知り合いに出会ったかのように声を掛け、黒パンツの男もそちらに振り返り、偉そうなポーズのまま頷き返すという場面があったのです。もう、枚鴨市民にとっての日常になっちゃっているじゃん!
>しかも、堤防土手の上での往来と挨拶って、昭和の青春ドラマかよっ!
>でも考えてみたら、アニメでは平成以降もこの場所は使われていますね。昭和アニメではなかった、とまでは言い切りませんが、あまり印象にありません。もしかすると、「光」の表現力が向上したのが原因かもしれませんね。しかし、その技術向上がピカピカの別の問題を生み出すわけですが……。って、当番組には関係なかったですね!
>もしかしたら、自転車で挨拶した人は、パンツイッ――じゃなくて、黒パンツの男が装着していたバイザーが、自分が着けている物に似ていたから、「休憩中の同好の士かな」と思ったのかも知れませんね。
>「いやいや、半裸の男相手にその間違えはないだろう」と思われるかも知れませんが、認識能力に欠陥が認められるゴツゴウ・ユニバースの人達はそれがあり得るかもしれません。何にせよ、問題があるのは間違いありません。そんな問題だらけの番組を視聴されている皆さんは、きっと広い心の持ち主なのでしょう。いつもありがとうございます。
>と、ペタペタと土手を下りだしたパンツの男。どこか目指す場所があるようだ。なお、芝生に達すれば、ペタペタという足音はなくなる。少し寂しいですね。
>目指す向こう側には、股下からへそのあたりまでの高さの草が広がっている。一部は色を変え始めていた。一年生の草木は、冬には枯れる定めだ。朝夕は肌寒くなっている季節だが、パンツの男が鳥肌になっていないことから、昼間、日に当たっていると半裸でもまだ暖かいのでしょう。
>……いや、実際に試した事はないからよくわかりません。皆さんも「今日は陽気だから、半袖でも過ごせるね」と話すことはあると思うが、「~(前略)~半裸でも過ごせるね」とは話さないでしょう。言葉にすらしないのだから、当然実践した経験もないと思われる。
>だけど、帰宅すればほとんど裸で過ごす、という半裸族は現代社会の陰で密かに存在する。もう一枚上手の、というかもう一枚少ない、「帰宅したら、専ら全裸」という全裸族も実在する。いや、ホント、ノーベル文学賞候補と言われている大作家のエッセイで書かれていたんですもの。私は信用無くても、そっちは信用ありますよね。
>我ながら、変化の少ない場面において、とにかく喋りまくって間を繋ぐのは上手いと思います。ええ、自画自賛です。
>黒パンツが近づいたのは、一本の木。その根元に、一人の男が幹を背に座り込んでいた。長い髪の毛を後ろに引っ詰め、傷んだ着物をまとっていた。着物は一部が擦り切れているだけでなく、汚れている。遠慮なく言わせていただくと、臭そうな外見だ。音声多重(中略)活劇は、迫力ある飛び出す映像ですが、臭覚はお届けしていません。五感全てを刺激しないという仕様は、こういう場面ではプラスになりますね。……あ、熟練者の方の中には「臭いも再現できるぜ!」という方もおられるようです。……やりすぎはよくない、という例ですね。
>しかし、他の作品ではあまりフォーカスされない臭さが度々登場しますね。花見の時の黒牛さん、パンツ一緒マン、今回で三人目ですよ。社会が見て見ぬを振りをする側面へ鋭く切り込む最勝寺先生! うーん、そんなに志が高そうには見えないのですがねぇ。
>ともかく、着物の人と外見を一部描写しただけでもう、想像がついていると思いますが、もう一つコアとなるべきアイテムをお伝えしましょう。この着物の男は、刀を肩にもたれかけるようにして抱えていたのです。
>これって、タイトルの『忝い侍』でしょうね! ……しかし、大丈夫なのでしょうか? 貧しさに対する社会への指摘だけでなく、冒頭からパンツの男が登場しています。そして、次のシーンではタイトルの回収。グダグダ脱線が特徴の最勝寺先生とは思えない展開です。もしかして、今回は別人が書いているのでしょうか!? ……あ、私の喋り方はいつもどおりだから、「きっと最勝寺だろう」って読みですか。お客さん、鋭いですね!
黒パンツの男: もしかして、助けを呼んだのは君か?
>黒パンツの男の呼び掛けに、木にもたれ掛かって寝ているのではないかと思えた着物の男が顔を上げる。先ほど、髪を後ろに引っ詰めたと表現しましたが、束ね損ねた前髪が幾らかあり、それを簾のように透かして、弱々しい目が黒パンツの男を見上げる。
着物の男: み、水を……
>かすれた小さな声。深刻にのどが渇いているのは間違えなさそうだ。黒パンツの男はフロントラットスプレッドから、両腕を胸の前に組むポーズへ変えた。
黒パンツの男: ふむ。その要求には応えたいところだが、見かけのとおり、私は水筒もペットボトルも持っていない。買って来ようにも持ち合わせが――
>確かに携帯している所持品は皆無ですね。しかし、たまに見る逃走――じゃ悪者みたいですね。だから――立ち去り際に、唐草模様の風呂敷を持っているところから考えるに、所有物は近くに隠されている可能性が高そうだが……、お財布は携帯していないのかな? ……もしかして、この黒パンツの男も黒牛さん側の人で、その手の人の登場が多いのは、類は友を呼ぶ状態なのでしょうか……。
>あ、気になって止めてしまいましたが、黒パンツの男の発言は着物の男に遮られる。
着物の男: ――川がある。
>着物の男が指さす方向には確かに、遊鳥川があるが……。
黒パンツの男: しかし、川の水をそのまま飲んで大丈夫なのかね?
>着物の男は、言われた内容が理解できないように、首を傾げ、眉をひそめた。そして、数秒後、何かに思い当たったように、ハッと目を見開く。
着物の男: もしや、川の水も……銭が要るのか?
黒パンツの男: いや、無料だ。……まあ、気にしないなら構わぬが……何か器がないとな。両手に掬うのでは、そばに川があるとは言え、ここまで戻る時には舐めとれるほどしか残るまい。
>銀子先生なら黒パンツの男に対して「だったら、口移しでお願いします」と要望しそうだが、幸い着物の男は袖から、縁の欠けた木製の茶碗を取り出し、突き出す。
着物の男: これで……頼む。
黒パンツの男: うむ。心得た。
>黒パンツの男は、椀を受け取ると、走り出す。運動能力は極めて高い。風のように去ると、見えなくなった。着物の男は力尽きたように、がっくりと頭を垂れて丸くなる。が、その姿勢が苦しかったのだろう。ほどなく、先ほどの木にもたれる体勢に戻る。
>戻ると言えば、黒パンツの男の帰還は、飛び出していった勢いから予想していたよりも遅かった。……あ、それはそうですね。帰りも疾走していたら、椀に溜めた水が零れちゃいますからね。だからと言って、「のどが渇いているからたくさん運んであげよう」とタプタプの器から水を零さないよう、ゆっくり慎重に歩いて帰るのも、「は、早く水を……」という要望に答えていないため良くありません。
>この運ぶ水の量を適切にするのはなかなか難しく、数学界では「最短経路問題」と並ぶ「運び水問題」として――あ、私は詳しく知りません。最勝寺先生から次の放映時に触れるべき内容として幾つかキーワードが提示されているんですが、その『最勝寺メモ』に「運び水問題」と書いていたので、テキトーにこじつけただけです。課題を一つこなしたので、話を進めましょう。
>黒パンツの男から渡された椀を一気にあおる着物の男。こういう場面で、口の端から水が溢れて流れる、というのはもはやお約束ですが、実際にはどうなんですかねぇ? 私はそういう映像作品を見ていると、一応業界人なので「演出として映えるからな」という理解はありながらも、「あぁ、水がもったいない」と思っちゃいます。しかし、こうしてつぶさに着物の男の様子を見ていると、「のどの渇きが圧倒して、もったいない気持ちが吹き飛んでいるのかな」という考えも浮かびますね。
>と言っている間に、着物の男は飲み終わり、口元を拭ってから、その濡れた手を舐めとります。……やっぱり、水がもったいないみたいですね。
着物の男: 忝い。
>おっと! やっぱり出ました。これで『忝い侍』のタイトル、完全回収です!
>当の忝い侍は、ばつが悪いように、目を合わせず小さく頭を下げると――おっと、まさかの、というか忝い侍の喉カラカラ状態だったならやっぱりというべきなのか、お代わりの要求です! 空になった椀を黒パンツの男へ突き出す。パンツの男は、躊躇わずそれを受け取ると、また疾風のように駆けていく。この人、行動そのものは素早いですね。良い表現と捉えられがちな即断即決ですが、ミスをしやすいリスクをはらんでいます。行動のミスではなく、判断のミスです。具体的には、スラップは命中してもスラップする相手を間違う、という例が挙げられます。そもそも、スラップが必要だったのか、というレベルの過ちですね。なので、黒パンツの男……いや、この流れだったらパンツイッチョマンでいいのか。この黒パンツの男がパンツイッチョマンというわけではなく、パンツイッチョマンという存在に対する議論ですからね。
>えーと、なのでパンツイッチョマンに憧れている子供たちは、そのあたり気をつけてくださいね。……というか、そもそも憧れる相手を間違っていないか、もう一度考えてくださいね。
>はい。また、黒パンツの男が戻ってきました。同じく一気飲みする着物の男、というか、さっき「忝い」って言っていたから、こっちはもう忝い侍でいいですかね? やっぱり、また口の端から水が垂れているのですが、今回の場合は「水源が近いから、零してももったいなくない」という状況でしたね。皆さんが、砂漠でカラカラに干上がり掛けた時に水を入手できたら、お約束だからと水を零して飲まないようにしましょうね。……で、あ、またお代わりですね。
>こうして、川の水が運ばれる事、三度。三度の飲み、といえば石田三成の逸話とされる『三杯の茶』が有名ですね。詳しく語ると長くなるので、気になる人は「Webで検索!」してもらって、要点をお伝えしますと、三杯連続で要求されたのに対して、飲み手の状態を推し計り、同一の三杯ではなく、質と量を変えて対応した、というお話です。
>一方で、我らがパンツ――じゃなかったですね。早く名乗ってほしいですね。黒パンツの男の『三杯の川の水』に違いはなさそうだ。まあ、変えるとしても量だけで、温度は変えようないのだから仕方がない。変えることが可能な量も、とりあえず運びやすい量での最大という選択をしておけば、受け手が「ちょっと多すぎ」と思ったところで、飲まなければいいだけなので、運び手が先に判断してしまう必要は――というかむしろ、判断してしまうべきではない。
>余裕が出てきて、ゆっくり飲めるようになった忝い侍が、器から黒パンツの男へと顔を上げる。
着物の男(こちらも以降は「忝」と表す): この川の水、なかなか美味しいな。なんという川でありましょう?
黒パンツの男: 遊鳥川だ。
忝: ほう。さぞかし悠々と流れる長い大河で――
黒パンツの男: いや、遊ぶ鳥と書く。一級河川ではあるが大河というイメージには合わないかな。
忝: ほほう。いずれにせよ、他の川で飲む水と比べて、随分美味しく感じた。
>薄々そうではないかと感じていましたが、忝い侍は日常的に川の水を飲んでいるみたいですね。
黒パンツの男: それは、もしかしたら、淀みがちな岸近くとは違い、流れの速い中程の水であるから、新鮮なのかも知れないな。
>おっと、意外にも、カメラの見えない所で、石田三成相当とまでは言いませんが、黒パンツの男なりにおもてなし気遣いを見せていました! これは、普通の恰好の人だったら濡れるからと躊躇してしまいがちなところ、半裸な利点でジャブジャブと入れたという要素も影響しているでしょう。細かく観察していたら、黒パンツの男の足が濡れていたのに気付いたのかもしれませんが、某女性保育士じゃあるまいし、黒パンツの男の下半身には注目していません! 足跡も芝の上じゃわからないですからね。
忝: これは、ますますもって、忝い。
>忝い侍は椀を懐に入れると、片手を顔の前で立てて感謝を示した。
黒パンツの男: うむ。しかし、それほど渇いていたなら、水よりもアイソトニック飲料の方が吸収は良いのではないか?
>忝い侍が、眉を寄せた。
忝: は? あ、あい……愛するとは儚く……
黒パンツの男: いや、それほど難解な話ではない。そうだな、簡単に言うと、少し塩気のある水の方が体に染み渡りやすいのではないか? という意味だ。
忝: なるほど。それについては、心配御無用。ただの渇きではごさらぬからな。
>忝い侍はカラカラと笑った後、ハッと気付いたように表情を変え、木にもたれていた姿勢を胡座に組み替え、刀をその上に横たえると、両手を膝のあたりにつく。
忝: 名乗り遅れて申し訳ない。拙者は下総の生まれの武士、糠塚丙衛門と申す者。
>これに対して、黒パンツの男も偉そうに、あるいは人を小馬鹿にしているように見えるフロントラットスプレッドの構えを解き、両手を下ろし、会釈で応える。
黒パンツの男: いえいえ、こちらこそ、名乗りをせず……些か大仰になるが、良いかな?
>これは! ようやく来そうですね。さあ、子供たちも用意しましょう! ……あ、でも、その前に。本人も大げさだと自覚があるようですね。
>忝い侍の首肯を受けて、黒パンツの男の右手が天を指差す。
黒パンツの男: 飲み水なくして文明なし! 私は文明の給水人! パァァァンツーー
>高く上げられた右手が、稲妻のように左右に振られて下がる。
黒パンツの男: イッチョマン!
>腰を落として突き出される左手、右手は腰の高さで横に向けられている。
♯ バン! バン! ババン!
>左、右、正面の三連ズーム。
♪ チャラッチャラッチャーチャチャー(デケデケドンデケデケドンデン)、チャラッチャラッチャーチャチャー(デケデケドンデケデケドンデン)……
(略)
♪ パアンツー(チャッチャー)イッチョマーーン
>おお、もうテーマ曲まで流れてしまいましたね。肩の荷が下りた気分です。今回は本当にノルマ消化が早かったですねぇ。もう、このまま終わってもいいくらいです。……あ、それは言い過ぎですか? そうですね。
忝: ぱ、パン……パンといえば、あの南蛮のお揚げのような?
パンツイッチョマン(いつもどおり「P1」と表す): パンだけで言えばそのとおりだが、パンツはこの衣服の礎だ。
忝: ほほう。南蛮褌のことであったか。では、おぬしは南蛮人。それで変わった眼差しをしておったわけか。
P1: いや、これは眼鏡の一種だ。ほら。
>えーー!! それ、気軽に外しちゃうんだ。あ、カメラさん、撮っちゃダメですよ。ここは、忝い侍を映して……。期待した視聴者の方には申し訳ありませんが、当番組にはヒーローの秘密を守る義務が……っていうか、言わなきゃバレなかったかな? あ、はい。実はサングラスを外すかなと思ったら、位置を直しただけでした。うん。あ、もう掛け直した。いや、また触っただけです、はい。
忝: 顔の作りが我らと同じなのは合点がいったが、瞳の色は――
>あーー!! ノイズが。いやぁ、いつもは調整済みだから、視聴者の皆様は意識されていないですが、この異世界鑑賞万華鏡システムはなかなか繊細でして、ちょっと再接続までお待ちください。
忝: いやはや。申し訳ない。なにぶん、拙者は天保の生まれにて世情には疎く……
P1: ふむ。……では、貴殿は江戸時代よりのお方で?
>世間一般的には、はっきり言っちゃって申し訳ないですが、忝い侍のオカシイ発言を受けて、まともに進めるパンツイッチョマン。さすが非常識な存在だけあるね。とはいえ、語っていた方の忝い侍が驚きの表情でしばし硬直する。
忝: これは仰天かな。これまで拙者の言を端から真っ当に受け取る御仁はあらずれば、もしや……やや、失敬。驚きのあまり、言葉遣いが古風に戻ってしもうた。拙者はもう、今様の言葉を違和感なく喋られるようになったというのに。
>あ、はい。厳密にはなっていませんよ。
P1: 天保が西暦で何年に当たるのかは存じ上げないが、見かけによらず、かなりのご高齢にあらせられるようで。
>うん、こっちもわかっているようでわかっていないみたいですね。どうみても、忝い侍は皴々のお爺ちゃんではないですからね。見かけがバッチイのでわかりにくいですが、まあ三十代かなあという感じです。……はい。視聴者の方が既に想像しているとおり、私もタイムスリップだと思います。
忝: 年齢でござるか……それは、実のところ、拙者もよくわからんのじゃ。何せ、昔からそろばんは苦手で。
>いや、もう忙しいな。そろばん勘定の正確さは必要なくて、ざっとの年数でいっても、パンツイッチョマンの理論を受けたら、えーと二百年くらいでしょ? それだったらもう、一二歳どころか十数歳ですら誤差と言ってもいいレベルなので、「いやいや、かような年寄りではござらん」とか否定すべきです。
P1: つまり、先程の状況は、江戸時代のお侍が行き倒れていた、という事か。
忝: いやぁ。お恥ずかしながら。
>頭をボリボリと掻く忝い侍。すると、もはや日本の古典というべき推理小説の名探偵よろしく、ボロボロと白い粉が……お食事中の方は申し訳ありませんでした。ええ、フケですね。
>しかし、なんというシュールな空気でしょう。本人同士は日常会話なつもりですが、半裸の男と、江戸時代からタイムスリップしてきた侍がマッチアップしているだけでもう異常でお腹がいっぱいです。ノルマを的確に果たして、今日の最勝寺先生は違うな、と思っていましたが、カオスっぷりはいつもどおりですね。いや、いつもに勝るかもしれません。
P1: だが、武士といえども所詮は一個人。貴殿の危機を救えたのはむろん良かったが、文明への危害としては些かギャップがある。私が肌で感じた危機とは違うように思えるが……。
忝: ブンメイ、であるか? それは、もしや、「ざんぎり頭を叩いてみれば」という歌であろうか?
>向かい合う二人の異質な男に、微妙な沈黙が生まれる。
P1: 済まないが、何のことだかわからない。
忝: いや、拙者も、詳しくは知らぬのだ。今様に合わせたつもりでござったが。
>外す時は同時に外す。この二人、相性はいいのかもしれませんね。
P1: 文明という単語が江戸時代になかったのかもしれぬか。……では、世間を揺るがす大事件、と言えば伝わるかな?
忝: それは、大いに馴染みがある世相でござる。拙者は、今様人の言うところの幕末から現代に至った故に。
>おっと、これは日本人が大好きな歴史区分の一つ、幕末からのお侍でしたか。最勝寺先生、ああ見えて、ちゃんとファンの期待するような箇所を攻めて……いや、だったらそもそもパンツイッチョマンみたいな存在が出てこないか。まあ、最勝寺先生についてはどうでもいいですね。幕末と言えば、新選組ですが、それの関係者なのでしょうか?
P1: 尊皇派、攘夷派と別れて、日本の明日を議論したという時代であったな。
忝: いや。尊皇攘夷で一つの派閥でござる。並べて語るなら、尊皇派と幕府派、あるいは開国派と攘夷派と言うべきであるが……もしや、幕府派と開国派という部分を略して――
P1: 否! わかっていないだけだ。それぞれがどういう目的かもよく知らない。そして、良く知らない事実からわかってもらえると思うが、興味もない。
>え! あっさり断言しちゃっていいのでしょうか? 幕末の侍なら、それぞれの主張に基づいて命を懸けて斬り合っていた人たちです。そんな人たちに、「あなたたちの活動には興味がありません」と言うと、その場で斬られかねないですよ!
忝: そうか。実のところ、拙者も良くわからぬ。
>そう言って忝い侍はカラカラと笑った。
忝: わからぬから、それぞれの思想とやらがどういうものか、確かめるために話を聞きに行った。それでわかったのは、それについて真剣に考え行動している者は一部の者のみ。他の大勢は、拙者と同じく、時代の動乱に乗じて、どうにかして高みに登れないものかと考える、言わば不逞の輩ばかりじゃった。
P1: ふむ。そうであったか。しかし、いつの世も大衆とはそのようなもの。
忝: そうやもしれぬ。じゃが、理想を掲げ、人の上に立ちながら、実のところ、私利私欲のため、理屈と配下を動かす下郎もいた。あれは、自分たちがウツケだとわかっておる、拙者たちのような不逞の輩よりも始末が悪い。いや、単に、拙者が気に入らなかっただけか。
>忝い侍の目が細められると、危険な光を放つ。私たちはこれに似た目つきを見たことがあります。あの養老家の『蛇睨み』です。しかし、『蛇睨み』でも銀子先生のそれより、征十郎叔父さんの『蛇睨み』に近い、鋭さ迫力があります。
P1: それで?
>続きを促すパンツイッチョマンも雰囲気が変わる。体勢はまたフロントラットスプレッドに戻っていたが、いつでもハの字の構えに移行しそうな感じだ。
>忝い侍がニヤリと笑った。その笑顔もまた恐ろしい。
忝: 斬った。幕府派、尊皇派、そんなもの拙者には関係なかった。気に入らぬ者は斬り捨て、拙者はすぐに両派から追われる身になった。
>顔を上げると、遠くを見つめる忝い侍。
>あ、これって回想シーンに入る前兆ですね。しかし、もう放送時間はありません。回想は来週に回しましょう。では、皆さま、お元気で~~。




