Chapter5 Episode2 蛇人。
Cブロック、Dブロックの代表が順調に出そろい、決勝トーナメントが開幕されることとなった。
Aブロック、Bブロックの試合があまりに一瞬で終わった都合上、時間はあり余っていた。
そして残された4人の内、優勝者を決めるための戦いが、始まろうとしていた。
「わたくしはニベア。改めてよろしくね、小さなお嬢さん?」
決戦の場、舞台の上でふたりは見つめ合う。
今日であったばかりの相手ではあったが、レナは嫌な緊張感に汗を流す。
それもこれも、彼女の成したほんの一瞬の戦闘がいけない。
理屈は分からない。レナ自身、試合は見なかったから。
けれど、ほんの数秒で相手を倒した。それだけは間違いない。レナが控室に入って間もなくニベアが戻ってきたのだから、間違いないだろう。
控室では特に話をしなかった。お互い、静かに席についていただけだ。ただし、ニベアは余裕の表情を浮かべていたのに対し、レナは緊張の面持ちであった。そこには確かに、精神的負荷の差があった。
「準決勝第1試合、Aブロック代表レナ選手とBブロック代表のニベア選手の対戦です!」
司会の声が響く中、レナは静かにニベアを見据える。
その妖艶な口元が、再び小さく開かれる。
「あら、無視なんて。もしかしてシャイなのかしら? それとも、戦う前に言葉を交わすのはお嫌い? まあいいわ。この戦いの行く末がどうであろうとも、終わった後ならお話くらい出来るでしょう?」
まるでこれからの試合のことなど気にしていないかのような物言いの中、ニベアは腰に掛けていた鞭を手に取る。ぐるぐると渦を巻いた鞭の先端には、硬そうな金属が、蛇の尻尾のように鋭く備わっていた。
「さて、両者準備が整ったようです! それでは準決勝第1試合、開始まで、3――」
カウントダウンが始まった。
それは、戦いの始まる合図。けれど、ニベアには戦おうとする意志すら見えない。目的の分からない言動は、レナの動揺を誘った。
汗ばむ手で、杖を強く握りしめた。
「スタートぉぉぉっ!」
開始の合図と同時、ニベアの手がわずかに揺れたような気がした。
それは勘にも近しい不確かな物。けれど、レナが体を動かすには十分すぎる要素。
膝を折り、身を低くしたその直後、空気を破裂させるかのような轟音が頭上で鳴り響いた。
見れば、ニベアの手元から伸びた長い鞭が、レナの頭をかすめたようだった。
「あら。やっぱりお嬢さん、ただものじゃないのね?」
「おおっと! 早速ニベア選手の神速鞭のお出ましだ! 準々決勝では、隠し続けていたその技で一瞬で勝利をもぎ取った! だがしかし、レナ選手、見事躱して見せたぞ!」
違う、とレナは頭の中で応える。
しゃがんだ姿勢のままに横にステップ。直後、背後から鋭い先端がレナの居た場所を通った。行きと戻り、2段構えの攻撃になっていた。
これに視界が声を上げ、会場は熱狂に包まれる。けれど、そうじゃない。
避けさせられている。
「流石よ、お嬢さん。まだまだわたくしを楽しませてくださるわよね?」
レナにはニベアがルーキーだとは到底思えなかった。歴戦の兵士ではないのだろうか。
先程から、ニベアは分かりやすく手を動かしていた。これから攻撃をするぞ、と合図を出すように。
避けさせられていた。間違いなく、レナは動かされているのだ。
「さて、次はどうかしら?」
ニベアの右手が振るわれる。直後、地面についていた鞭がしなり、やがて先端までその振動が伝わり、レナへと向かう。
その軌道は一直線。たがわずレナの脳天を捉えていた。直撃すれば即死の一撃。けれど、正確すぎる狙いは、反って避けやすい。
安心して体を横に動かせば、鞭の先端は虚を叩いた。
遊ばれている、と察した。
試されているのだ。どれくらいの実力か、どの程度戦えるのかを。
理由も目的も分からない。ただ出来るのは、目に見えない力の差を必死に推し量る事だけ。
「ふふっ、いいわよ? 本当に人間なのか疑いたくなっちゃう。それともやっぱり、ただの人間じゃないんじゃないかしら?」
「……」
「そう怖い顔をしないで欲しいわね。わたくし、お嬢さんのことを好いていましてよ? ……さて、それではそろそろお嬢さんの魔法の実力、見せてもらえるかしら?」
言われた通りにするようで癪に障るが、構えるほかなかった。ダガーで間合いを詰めるのは無理だろう。その前に鞭で叩かれる。どちらにしたって、こちらも遠距離攻撃を仕掛けるしかなかった。
《火付球術》
拳大の炎の塊が放たれる。一直線に向かい、その灼熱をニベアへ浴びせようと燃え盛る。
ニベアに迫る直言、その右手が揺れた。また攻撃か、と思って身構えるが、鞭の向かう先は違う。蛇のように床を這い、飛び上がると同時、火の球を掻き消した。
「おおっ! レナ選手の魔法を鞭で掻き消したぞぉ!」
「あの素早さの魔法を掻き消すとは、いやはや流石の技量じゃ。その上、魔法に耐えるだけの丈夫さを持つ鞭も一級品と伺えるのぉ」
「なるほど! 今の一撃でそれだけのことが推し測れるのですね!」
身構える。小手先は通用しないと、全力を出せよと、迫られているようだった。
「どうしたのお嬢さん。この程度じゃ、終わらないでしょ?」
鞭をその手に引き寄せて、ニベアは妖艶に微笑んだ。




