Chapter4 Episode22 敗因。
「そん、な……」
ナイアは力なく崩れ落ちた。
ありとあらゆる手段を使ってきた。絡め手、裏工作、情報収集、果てには暗殺にまで手を伸ばした。それでも、ナイアは負けたのだ。
今回の勝負に至に置いて、ナイアはレナの脅威度を極めて高く想定していた。人間の少女という特異性を持ち、それとは反した実力を持っていたからだ。どんな秘密があって、どんな裏技を使って勝ち進んでいるのかを徹底的に研究した。
そんな中で分かったのは、魔法の扱いが極めて優れていること。そしてもう一つ、ネイトであるということ。
どうやら喋ることが出来ないらしい。代わりに得た力ははっきりとしなかったが、魔法には詠唱が必須である以上、詠唱をしなくても魔法を扱えるというネイチャー、無詠唱の可能性が高かった。実際、レナは試合中一度も言葉を発さずに魔法を発動させていた。
獣人の多くは魔法を使うことはなく、その理屈もあまり分かっていないので気にしていない様子だったが、ナイアは違った。その、詠唱が無いことで事前にどんな魔法が使われるのかが分からないという状態を危険視したのだ。
そこで導入したのは解魔法決壊の構築。
これには相手に触れる必要があるのだが、事前にすべての準備を澄まし、レナとの握手の際に起動させた。ナイアの持つ、他の獣人よりかは多い魔力のすべてを使って作り上げた結解は、相手の意思によって発動された魔法を逆演算を行うことで魔力に分解する力。これにより、レナの魔法を無力化できると考えた。
実際にレナの魔法を見て肝を冷やしもしたが、実際に上手く行っていた。
そして極めつけに妖術を使った。今までは妖術は常套手段だった。だが、今回に限っては切り札とした。妖術にばかり頼っていた自分が、妖術を遣わずに強者に勝つことが出来たのなら。それは、紛れもない強さの証明になると思ったから。
だから最後の最後まで温存し、そこでレナを金縛りに合わせることに成功した時には、価値を確信したのだ。だからこそ――
――そうだ、あの声だ。あの声が聞こえてからすべてがおかしくなった。
どういうわけかレナが動き出し、その力に圧倒されたのだ。ナイアの集中力を断ち、追い詰めたのだ。
誰だ、誰が声を放った。
ナイアは慌てて首を振る。
今なお会場はレナの勝利に浮かれ、称賛の声を放ち続けているが、ナイアにとっては関係ない。どこだ、さっきの小娘は、どこだ!
「お姉ちゃん! おめでとーっ!」
不意に、先程聞こえた声がした。
瞬時にそちらに視線を向ければ、白い毛並みの猫獣人。
「見つけました」
直後、ナイアの体は動きだしていた。
あいつだ、全部あいつが悪いんだ。あいつを、あいつを殺せば! 殺しておけば!
「へ?」
白髪の猫獣人は呆けた顔を浮かべて硬直している。これなら何をする必要もの無い、ただその首元に扇をあてがってやれば、何の問題もなく殺せ――
「やめとくにゃー、そんなことしたらおみゃーは処刑にゃー」
「っ⁉」
瞬間、目の前に白い閃光が走った。確かに見間違いには見れなかったそれを確認しようとした時、壇上からキオナに飛び掛かろうとしていたナイアの体が一気に地面に叩きつけられた。
全身を上から押さえつけられるような感覚がした。何も触れていないはずなのに、だ。まるで、ナイアのいるところだけ重力が極端に強くなったかのような感覚。そして、ナイアはすべてを察した。
ゆっくりと視線を上げ、キオナがいたはずの場所を見た。そこには確かにキオナがいた。だがもう一人、同じく白い毛並みを持った猫人族が立っていた。
「フェルティア様⁉」
ナイアよりも早く、キオナの声が響き渡った。
「にゃっはっは、その通りにゃー。お嬢にゃん、危にゃかったにゃー。こいつ、おみゃーを殺そうとしてたにゃー」
「そんな、まさか……!」
ナイアは全身に感じる圧を押しのけながら、そんな声を上げた。
魔王フェルティア。砂宮都市エルグシアを収める猫人族にして、最強の獣人。今回のバトルコンテストにも観戦に来ているとは聞いていた。実際、見られているつもりで戦いに臨んだ。だがなぜ、なぜ今なのだ。
「なぜ! 私の邪魔をするのですか! 私は、最強を追い求めて!」
「そりゃあ簡単にゃことにゃー。おみゃーは前途ある戦士を殺そうとした。それだけにゃ」
甘ったるい猫なで声の持ち主は、自分の頬を撫でながら容赦なく言い放つ。
「そもそも、おみゃーは最強にゃーにゃれにゃいにゃ。どちらかと言えば、あの、レナってお嬢にゃんの方が希望あるにゃー」
「っ⁉ そ、それは……っ!」
「まあ、せいぜい冷たい牢獄で反省でもするにゃー。最強にはにゃれにゃくても、それなりの戦士にはにゃれるはずにゃー」
非情な、しかし確かな現実を突きつけられて、ナイアは言葉を失った。
このデッドランドに存在する強者たち。魔王と呼ばれる七人の最強の中で、更に最も強気もの。魔王第一位フェルティアこそ、この世の頂点。
そんな相手に、二度も絶望を味合わされたナイアには、もう立ち上がる力などなかった。
力なく倒れ伏したナイアを見て興味を失ったフェルティアは、先程から困惑したように壇上から見下ろすレナに視線を向ける。
先端が桃色の茶髪、翡翠色の瞳、若く、あどけなさのある顔つき。人間の子ども、十歳くらいだろうか。それがこの、ずるまみれの男に勝てるとは、流石に予想していなかった。みゃあの観察眼もまだまだだにゃーと自虐を笑みに浮かべつつ、努めて軽い調子で挨拶してみる。
「レナにゃん初めましてにゃ。みゃあはフェルティア、砂宮都市、そして砂岩都市を収める王にして魔王第一位、フェルティアにゃ。以後、よろしくにゃ」
誠意を込めて挨拶をするが、レナは動揺した様子を浮かべたまま一言も話さない。シャイなのだろうか。
「あ、そ、その、フェルティア様!」
「ふにゃ? どうかしたのかにゃ?」
レナの代わりに声を上げたのは、先程庇ってあげた猫獣人。正直こんな子に見覚えはないのだが、砂宮都市に住んでいない白髪の猫獣人がいただろうか。いや、いてもおかしくないのだが、砂岩都市にいるくらいなら砂宮都市に来ればいいだろうに。
このレナの付き添いをしているみたいだけど、何か事情があるのだろうか。
「レナお姉ちゃんは、ネイトで、言葉が話せないんです」
「ふにゃ? にゃるほどにゃるほど、そういうことかにゃ。そりゃ仕方にゃいにゃ。レナにゃんは苦労するにゃー」
つまり、喋れないレナの代わりにこの猫獣人が会話をしているということなのだろう。白髪の猫獣人は強さの証。このレナの強さを見抜き、スカウトしたというわけだ。だとしたら中々に才能があるし、砂宮都市に来ない理由にもなる。レナの隣にいなくてはならないのだから。
「にゃっはっは、それじゃあみゃあはそろそろ失礼するにゃー。優勝したらまた会えるにゃ、期待して待ってるにゃ」
「あ、あの、ありがとうございました!」
「気にする必要はにゃいにゃー。またにゃ」
それだけ言って、フェルティアは去って行った。突然の登場に会場がざわめき、歓声やら驚きの声が飛び交う中を、気にもせず去って行くその後ろ姿を、レナとキオナは呆然と見送った。




