Chapter4 Episode17 復帰。
レナが目覚めたのは、闘技場の医療室の中だった。
「お、レナの嬢ちゃん、目が覚めたのか」
ベッドに横たわるレナを見下ろすのはケルトだった。
「具合はどうだ? 気分が悪かったりしないか? 外傷は完治したはずだが」
医療室は静かだった。壁や天井、床が闘技場と同じ柄であることから闘技場内だということはすぐに分かったが、観客たちの声は聞こえてこない。休憩中か、はたまた今日の試合は終わったか。
レナの疑問に答えるようにケルトは言う。
「外が気になるのか? 今はもう今日の分の試合は終わって、なんなら暗くなりかけている。キオナの嬢ちゃんは先に帰ったよ。あまり、猫獣人とはいえ若い嬢ちゃんを暗い中で一人にさせるものでもないしな」
気になってくれたことを一通り答えてくれたケルトに微笑みながら、レナはベッドの上で起き上がる。
自分の体を確認してみると、痛みはなく、目立った傷もない。衣服にも傷はなく、全く元通りのようだ。感謝の意を込めて、レナはケルトにお辞儀をした。
「ん? お礼を言いたいのか? ははっ、喋れないのは本当なんだな」
「っ」
「おっと、警戒しないでくれよ。キオナの嬢ちゃんに教えてもらったんだよ。ネイトだってことはわかるが、それ以上のことは知らない」
一瞬固くなった表情を、レナは少し緩くする。どうやら思いすぎだったらしい。
「にしても、レナの嬢ちゃんは本当にすごいな。ネイトとはいえ本戦で二勝だ。人間とは思えない。何か強さの秘訣でもあるのか?」
尋ねられて、さてどうするかとレナは考える。何か書くものはあるだろうか。最近は筆談もあまりしてなかったし、何なら魔法で字を書く技術も学んだ。それを披露してもいいが、なんて思っているとケルトが笑った。
「いや、冗談だ。強者に強さの理由を聞くなんて失礼だよな。嬢ちゃんなら、きっと俺よりも強いんだろうが、俺だって自分の強みをそう簡単に口にしたくはない。……それでどうだ? 調子が悪くないようなら、明日に備えて早く帰った方がいいぞ。明日も試合が控えてるからな」
言われて、レナは改めて調子を確かめる。ベッドから降りて立ち上がり、軽くその場で跳ねてみる。ついでに手のひらを掲げ、軽く魔法を唱えてみる。
《水付洗術》
「な、なんだ? 魔法か? 水色に光ったような……」
どうやら獣人たちの国ではあまり魔法は普及していないらしい。戦闘用の魔法なら知っている人もいたが、生活用の魔法は広く知られてはいないのだろう。ケルトが不思議そうに首をかしげている中、レナは魔法の発動にも問題がないことを確かめる。
腰元を確認し、ダガーがないことを確かめる。杖も見当たらない。
「ん? 何を探して、って、武器を探してるのか。そうだよな、戦士だもんな。武器がないのは落ち着かないよな。ちょっと待っててくれ、今取ってくるから」
レナの様子をみて察したらしいケルトは、慌てて医療室を出て行った。
ケルトが出て行った扉が閉まると訪れたのは静けさだった。やはりレナとケルトの他には誰もいなかったらしく、静かな時間がゆったりと流れていく。やがて沈黙に耐えられなくなり、どうやって暇をつぶそうかとレナが考え出したその時、ことは起こった。
背後に殺気を感じ取ったレナはとっさに身を翻してバックステップを踏んだ。
レナの目の前に現れたのは、輪郭が定まらないながらも人型のようだった。右手に短く細い刃物を握り、眼光を鋭く光らせている。それだけならばただの殺し屋の装用なのだが、圧倒的に目立つのが体の模様。
体全体が透き通っているように背景と同化していた。
あれは、擬態だろうか。
「おや? もしかして殺気を気取られたか? なるほどな、依頼主の言う通り只者ではないらしい」
「……」
「寡黙というのも本当らしいな。それとも、暗殺の標的になるのは慣れているのか?」
男のような声だった。レナに発見されてもなお擬態を解かないため顔や体格をはっきりと見定めることはできなかったが、特徴から考えるに爬虫類系の獣人だろう。
獣人、と一括りに言うがその種族は千差万別だ。魚類から爬虫類、両生類など様々な生物が人の身を受けている。レナの持つ知識によればおおよそ千年前、悪魔やドラゴンが大陸から姿を消し始めた頃に領土争いに参加するために進化した種族がほとんどなのだそう。
そんな知識があるからこそ、レナは今自分が相対している種族についてある程度の予想を立てられていた。
「さて、お喋りなところは俺の悪い所なのでな、さっそく始めさせてもらうぞ?」
そんな言葉を皮切りにして、暗殺者の姿がレナの前から消えた。どうやら少し前までの擬態は手を抜いていたらしい。完全に見えなくなる。
突然変わった視界に目を慣れさせていく。その頃には、レナは暗殺者を完全に見失っていた。
背後をとるか、それとも上か。はたまた正面からくるか。
足音は聞こえない。さすがは暗殺者だ、殺気だって漏らしてはくれない。先ほどレナが感づけたのも、もしかすると暗殺者が愉悦のために手を抜いていたからかもしれないと思えた。
音を立てず、声もなく、殺気を立てない。そのうえ姿までくらまされた。相手を見つけるだけで一苦労だ。その上相手はプロだろう、レナよりも純粋な戦闘力で上回る可能性がある。
それだけではない。このタイミングで現れたということはレナが武装を解除している時を狙ったに違いない。事前準備も万端らしい。どこからかレナの情報も仕入れている様子だった。これは、手強い相手だ。
レナの勝利条件は二つ。
一つ目は単純だ。暗殺者を倒せばいい。これは方法を選ばないし、何なら撃退するだけでもいい。
二つ目も決して難しいことではない。ケルトの帰りを待つ、だ。暗殺者も目撃者がいる中では殺しに来ないだろう。何らかの制約があるからこそ、レナが寝ている間ではなくレナが起きてでもケルトがいないタイミングに出てきたのだ。
一瞬の逡巡を経てレナが出した結論は、前者だった。
《電付光術》
レナの手のひらから眩い光が放たれる。
「っ、これは!?」
杖を握っていないレナが魔法を放つとは思っていなかったのか、それとも光を放つ魔法を知らなかったのか。恐らくは光を直視したであろう暗殺者の姿が影をまとって浮き彫りになる。
《水付弾術》
続けざまに放たれた拳大の水の玉は直進し、暗殺者の体へと命中する。
「がっ!?」
暗殺者の体は水の勢いに押しやられて壁に激突した。暗殺者は苦しそうに呻きながらもすぐさま立ち上がって姿勢を整える。光の影響も抜け始めたのだろう、すぐさま擬態を再開して移動を始める。
ただ、すでにレナの術中にあった。
《電付球術》
素早く放たれた電気の球は地面で弾ける。暗殺者はレナが狙いを外したと笑みを浮かべたが、次の瞬間に訪れた痛みでその愉悦を後悔へと変える。地面から続く水の流れに、暗殺者は感電したのだ。
先ほど浴びせられた水量はあまりに多く、医療室の床の広い部分を濡らした。暗殺者はまだ水の上におり、なおかつ全身びしょ濡れだ。そこに電気を通してみれば、暗殺者は全身に電気を浴びることになる。
(魔力で生み出された水は、魔力で生み出された電気を良く通す。学校での勉強が役に立ちましたね)
窮地をかいくぐれたことをレイナに感謝しながら、レナは倒れ伏す暗殺者の姿を見下ろす。
《電付球術》
「ぎゃあああああっ!?」
念のためにとレナが放った電撃を浴びると、暗殺者は叫び声を上げてから再び倒れた。やはり、先ほどのは演技だったらしい。
レナはひとまず安どの息を吐き、ひとまずケルトを待つことにした。




