Chpater1 Episode8 今生。
「よし、到着だ。お嬢ちゃん、ようこそペグアへ。歓迎するよ」
『ここが……』
レナはちょうど通っている大きな門を見上げながら、そう呟いた。
五メートルを超える高さの外壁を超えた先には、レナが今まで見たことがないような街並みが広がっていた。
スラナ村とは比べ物にはならないほどの広大な土地である上に、建物一軒一軒の規模も違う。家のほとんどが耐火性のある素材でできているし、街行く人々の量も桁違い。流石はオスティロ帝国一の貿易都市なだけはあると言ったところか。
物資の移動と同様に人の移動も激しいこの都市だが、平均人口は五万人ほど。貿易都市として有名であるが、海に面し、交通の便もいいこの都市は、金を持て余した貴族たちや、ペグアに寄っていく冒険者や商人を対象とした商売を行う者たちも多く存在する。
護衛依頼や魔物の討伐依頼が多く発注されるため、定住する冒険者も多い。レナが経験を積むのにも、もってこいの都市だろう。
レナたちを乗せた馬車は、ペグア中央の広場に止められた。
「さて、お嬢ちゃんお疲れ。ここで今回の旅は終了だ。料金は前払いでもらってるし、ここでお別れだ。もしスラナ村に帰ることがあったら、また使ってくれよな」
『はい、お世話になりました』
「じゃあな」
レナを降ろしたおじさんは、馬車を走らせて広場を去っていく。馬車の整備でもするのだろう。特に今回は途中で魔物に襲われている。その魔物の報告はおじさんの方からしてくれるということだったので、レナは気にせず街の散策に出かける。
『資金は十万ベル。これだけあれば何もしなくても節約していれば半月程度は生きて行けるでしょう。それで冒険者になる、と言うのもいいですが……どうせなら、他に色々なことをしてみたいです。どこかで雇ってもらえないか、探してみましょうか』
レナはそう独り言ちりながら街並みを眺めて歩いていく。石造りの建物が並び、大通りの路上では屋台などもたくさん並んでいる。飲食店や雑貨屋、中には鍛冶工房などもあった。そのすべては幼く、スラナ村しか知らないレナにとって新鮮なものだった。
並ぶ宝石、飾られた武具、漂う香ばしい香り。未体験な事象がレナをいっぺんに包み込む。
『……どれもこれも気を引かれますが、今は我慢ですね。一人でもできるんだ、ってところを見せなきゃ』
様々な誘惑に抵抗しながら、レナは街を進んでいく。やがて大通りを抜け、住宅街へと入る。三階建てにもなる建物に挟まれた路地裏では、洗濯物が日差しを遮っていた。
子どもの笑い声や井戸端会議中の母親たちの声。騒がしく、どこか心地よい雰囲気が漂っていた。それも、レナにとっては初めての世界。
さらに進んでいくと今度は一際大きい建物が見えてきた。三階建ての建物にも負けない大きさを持つその建物の正面には大きな看板が付けてあり、冒険者ギルドと書かれていた。
『あれが、冒険者ギルド……流石に中の雰囲気を覗くくらいは許されるでしょうが、それは今度の楽しみに取っておきますかね。……あ、あそこに掲示板がありますね。お仕事の募集を探してみましょう』
冒険者ギルドの前には広々とした空間が円形に広がっており、その外側には複数の宿屋が立ち並ぶ。そして、その空間の真ん中に掲示板が置かれていた。何人かの人々がその掲示板を覗き込んでおり、レナもそれに交じって掲示板を見上げた。
『えっと、外壁改修のための人手、は私では無理でしょうし……迷子の猫探し、は安定しませんね。あとは、貴族街での不審者注意、アテネ教会の配給のお知らせ、ミドル工房にて廃棄品の格安販売……うーん、見つかりませんね』
レナは悩まし気に視線を彷徨わせながら自分に合った仕事の依頼がないかと探す。一面に張り出されている紙を見終えて、反対側。そちら側に回ってからもしばらく探したが、どうにも条件に合ったものが見当たらない。
『やはり、難しいでしょうか。ここは大人しく、安宿でも取って半月ほど待って冒険者に――』
と呟きながらレナが掲示板を離れようとしたとき、レナのすぐ横で掲示板を眺めていた男性が一枚の依頼を手に取り、剥がし取った。どうやら彼の好みに合った依頼があったようだ。
そして、レナの視線が不意に男性がとった依頼書が張られていたところに向いた。そこには、先ほどまで張り出されていた依頼書で隠れていて見えなかった、別の依頼書が張られていた。レナは思わず覗き込む。
『……宿屋で接客のお手伝い。週給制十万、食事在り、寝床在り。って、破格の条件じゃないですか。えっと、すぐそこの宿屋みたいですね。これ、やってみましょうか』
レナは迷わず依頼書を剥がし取り、記載されている宿屋に向かう。それはこの広場を覆う宿屋の一つで、すぐに辿り着いた。レナは正面入り口から中の様子を伺う。
小綺麗で広々としており、環境としては良さそうだ。それでも生活感はしっかりあり、ぱっと見怪しい雰囲気は感じない。
そんな評価を下していたレナの肩を、誰かが叩いて声をかけた。
「うちに何か御用ですか?」
『えっ? あ、ああ、はい……』
レナが振り向いた先には、レナの同年代くらいの茶髪の少女がいた。
長い髪をサイドで結んでツインテール。身に着けているのは洋風のドレスだろうか。メイド風のエプロンドレスは、少女の髪の色に合わせてか茶色を基調としていた。その瞳は美しい緑色。童顔ながらも美しさを持つ少女だった。
『えっと、この依頼書を見まして……』
「ああ、お手伝いしてくれるんですか? よろしくお願いします!」
どうやらこの宿の従業員らしい少女にレナが言うと、少女は笑顔を浮かべてそう言った。少女が体を動かした拍子に、少女の髪の一部が陽光を受けて金色に輝いた。
レナは茶髪のはずの少女の髪が金色に輝いたことに疑問を抱いたが、一瞬の事だったので見間違えだったと納得した。
『はい、そのつもりです。面接とかは……』
「いえいえ、そんなに難しいことをするわけではありませんし、あなたの身なりなら、大丈夫ですね。お母さんを呼びますので、中へどうぞ」
『は、はぁ……失礼します』
少女に連れられて宿屋に入ったレナは、物珍しそうにあたりを見渡しながら廊下を進んでいく。少女の背中について行くと、やがて広々とした食堂のような場所に出た。そろそろ五時頃と言うこともあり、人はいなかった。
「お母さん、お手伝いさん見つかったよ!」
少女が食堂から繋がっている厨房に声を上げると、どこか少女と同じような雰囲気を纏った金髪の女性が出てきた。外見年齢は二十代半ばだろうか。すらりとした体つきで、優しい顔をしていた。確かに、少女の母親のようだ。違うところは髪の色くらいだろうか。
「あら、よかったわ。ありがとうね、ペルナ」
「ううん。で、この人」
『こ、こんにちは』
ペルナと呼ばれた少女がレナをペルナの母に紹介し、レナが頭を下げて挨拶をする。
「あらあら、ご丁寧にありがとうね。私はヘラン・ドーナ、この子の母です」
「私はペルナ、よろしくね」
『はい、よろしくお願いします。私はレナ・クライヤと言います。行き届かないところが多いと思いますが、精一杯頑張らせていただきます』
深々と頭を下げて挨拶を述べるレナに、ヘランとペルナは感嘆の声を上げる。
「まあ、礼儀正しい……これは、作法については完璧なんじゃないかしら」
「うん。洋服も綺麗だし、どこかの貴族の人?」
『まさか、そんなことありませんよ。ただの一般人です。少し、人より魔法が使えるだけの』
抱えていた杖を見せつけるようにレナが言う。
「なるほど、魔法使いね? つまり、冒険者志望で、冒険者になるまでしばらく働かせてほしい、ってことでしょ?」
『はい、その通りです。最短で二週間くらい、雇ってはもらえないでしょうか?』
「それはちょうどよかった! これから二週間ほど、忙しくなるところなんです。普段は私とお母さんの二人で経営しているから、どうしても人手が足りなくなりそうで。色々教えてあげるから、一緒に頑張ろうね」
ペルナは嬉しそうに微笑みながら、レナの手を取ってそう言った。ペルナの笑顔を見て、レナも口元を緩めた。
『はい!』




