Chapter4 Episode15 強敵。
「それではAブロック第二回戦、第一試合を開始します!」
本選三日目。朝一番に会場にやって来たレナは、すぐに始まるであろう試合に向けて覚悟を固めていた。
「選手入場です! Aブロック第一回戦第一試合勝者、俊足の魔術師、レナァァッ!」
「「「「「「うおおおおおおおぉぉぉっ!」」」」」」
何やら二つ名が変わっているような気がしたが、気にしている余裕もない。レナは呼びかけに応じて舞台に上がる。同時に湧きたった観客たちの声に、小さくお辞儀を返して見せる。
「おおっと、レナ選手可憐に一礼だ! 力だけではなく礼節も持ち合わせているとは、彼女は本当に外見通りの年齢なのかぁ!? さて、お次はAブロック第一回戦第二試合勝者、剛腕の白熊、アイシードォォォッ!」
「「「「「うおおおおおおおぉぉぉっ!」」」」」
続いてレナの前に現れたのは、レナの背丈の倍近い体躯を持つ筋骨隆々の男。全身を白い毛で染め上げた白熊の獣人だった。
「嬢ちゃん、お前強いんだってなぁ。見せてくれぇ、その強さをよぉ」
重く響く声でそう告げ、アイシードはニヤついた笑みを浮かべる。そこにあるのは強者の自信と言えばいいのだろうか。負けるはずが無いという絶対的な確信だった。
レナの、まさかルーキーばかりの大会と聞いていたのにここまで屈強な戦士がいるとは想像もしていなかった。流石は武術に秀でた獣人たち。本選ともなるとルーキーでも化け物ぞろいだ。
しかし、レナはそれを表情に出すことは無く微笑みで答える。戦いは既に始まっているのだ。
「へぇ、余裕あるなぁ、嬢ちゃん。それじゃあさっそくおっぱじめよぉぜぇ。なぁ?」
アイシードは口元をニヒルに歪めた。
「それでは早速カウントダウン! さん! に! いち! スタートオオオオォッ!」
合図の直後、会場が湧きたつよりも早くレナの鼓動は最高速へと駆けあがる。
目で、追えない? いや、そんなことはない。追える。追える、けど、なんだあれは。歪んで見える。まるでこちらの見ている景色が一つだけではないような、乱反射する鏡の中にいるような感覚。レナは直感で悟る。このまま立ち尽くしていれば、終わる!
「武技《氷陣》」
背筋の凍るような声が耳元で聞こえた時。レナの視界の中ではまだアイシードはレナの目の前にいた。もしその時、レナがそれを幻聴か何かだと思っていたのならこの試合はその時点で終わっていたのだろう。けれど、そうはならなかった。
全身に殺気を受けたその瞬間、レナの杖は赤く輝く。
混合魔法《火風付熱波術》
「うおぉっ!? 熱いぃっ!?」
アイシードの驚愕の声が聞こえた瞬間、レナは自己強化魔法を使って俊敏性を向上させ、距離をとる。
振り返れば、両腕を顔の前で構えて防御姿勢を取るアイシードがいた。
「へぇ、やるなぁ、嬢ちゃん。確かにただもんじゃぁねぇみてぇだなぁ?」
アイシードの笑みはさらに深まる。
「お、おっとぉぉぉっ!? 全く見えなかったぞ!? 解説のオクタロウさん、今のは!?」
「うむ、アイシード選手の使った武技《氷陣》は体中に薄い氷の幕を張り、相手の視界を混乱させる技じゃのう。レナ選手の熱かったのは、魔法、と言うことは分かったが見たことのないものじゃったのぉ」
「つまりレナはレナ選手、オクタロウさんも知らない魔法を扱って見せたということか! すごい、凄すぎる!」
熱狂と共に響き渡る解説と実況を、キオナとケルトも息をのんで聞いていた。
「い、今のなに!? 早すぎて何があったのか分からなかったよ!?」
「あ、ああ、気付いたら二人の場祖が入れ替わっていた。それに、二人とも攻撃を受けたみたいだった。本当に一瞬のうちに互いに攻撃を加えたってことか? 猫獣人のキオナの嬢ちゃんで辛うじて見えるってことは、俺に見えないのも仕方ないな……」
二人の呟きは舞台下からだったが、会場全体も似たような会話で満ちていた。
今の見えたか!? 見えたがまったく分からなかったぞ! 赤っぽいのと、緑っぽい光が見えた気がしたがあれは魔法か!? 青っぽい光も見えたぞ!?
歓声が上がる中で動揺も広がり、会場はざわめきで満ち満ちる。
けれどそんな喧噪も、舞台の上で向かい合う二人には関係のない話だった。
「なあ嬢ちゃんよぉ、お前本気出してねぇんだろぉ? なあ見せてくれよぉ、お前の本気ってやつをなぁ」
舌なめずりしながら舐めいるように聞かれ、レナは僅かに杖を握る力を強くする。
本気。果たして出してもいいのだろうか。本気を出せば勝てると確信しているわけではない。ただそれ以上に、本気を出せば最悪命を奪いかねないと思っている。今のレナの魔法なら、それくらいのことが容易に出来る。
それに、本気と言われるとちらつくものがある。今までに三度だけ発動したことがある魔法、《桃色之魔法》。そしてそれを使う時に不思議と湧き上がる大量の魔力。あの現象が何かはまだよく分かっていない。けれど、あの状態のときのレナは少しだけ、ほんの少しだけ我を失っているように思える。
だからこそ、極力使いたくは無かった。レナにはまだ、あの力を使いこなすだけの技量が無い。
「だんまりかぁ? それともあれかぁ? 言葉分かんねぇのかぁ? 嬢ちゃん人間だもんなぁ、俺たちの言葉分かんねぇこともあるかぁ、まあいい。さぁ、続きと行こうぜぇ。俺なぁ、楽しくなりそうな気ぃすんだぁ」
アイシードはまた笑みを深める。レナもそれに答えるように真剣な表情を浮かべた。
「行くぜぇ! 武技《氷陣》!」
アイシードの姿が複数に別れる。また先程の武技だ。
あれは光の反射を利用して相手を混乱させるための武技。でも紛らすことが出来るのはあくまで視界だけのはずだ。
レナは静かに目を閉じる。
気配を感じろ、音を聞け。出来るはずだ、レナ。武術だって習ってきたじゃないか。
私の強みは、魔法だけじゃない!
「うらあぁあっ!」
っ、右! 《火付球術》ッ!
「うおぉっ!? やるなぁっ!」
止まらない!? このままだと、距離が! どうする、どうする。考えてる暇はない。下がれないなら、前に出る!
レナとアイシードとの距離は一メートル程度。ここからレナが距離を取ろうとしてもアイシードが腕を伸ばせばすぐに捕まってしまうだろう。ならば逆だ。油断しているアイシードの懐に入り、攻撃する。
レナは杖を手放すと素早く腰の後ろに手を回し、指の動きでダガーをバックルごと外す。抜き身で攻撃しては誤って殺しかねない。ただ攻撃するだけなら、このままでも十分だ。
込めるのは電気の魔力。触れれば痺れて動けなくなる程度!
レナは後退するための一歩を踏み込み、それをフェイントとして小さく屈んで距離を詰める。アイシードの反応が一瞬遅れたのを確認し、レナはアイシードの首元にバックル事ダガーを押し当てた。
「っ、あぁっ!? この、やるなぁっ! こりゃ、電気かぁ?」
「っ!?」
確かな手ごたえがあっただけに、レナは絶句した。アイシードは健在だった。確かに少し苦しそうに顔を歪ませてはいたがそれだけだ。
まずとレナが思った時には時すでに遅い。アイシードの両腕が、レナの両肩を掴んだ。
「っ、っ!」
「暴れたって無駄だぁ、流石に力の差があるからなぁ。どうするぅ、嬢ちゃん。降参してもいいんだぜぇ?」
精一杯の力で足掻いてみるが、抜け出せない。苦し紛れの蹴りを見舞ってやるがやはりビクともしない。流石は屈強な熊の獣人。強化魔法を使っていようとレナのような小さな体が全力を出したって敵わない。
「降参しねぇってことはぁ、まだやるってことかぁ? 諦めねぇのは、いいことだなぁっ!」
アイシードの笑みが一層深まった。




