Chapter4 Episode13 手札。
ニゲルは心の中でほくそ笑んだ。
(けっけっけ、噂に聞いていたほどじゃねぇな。どうせそいつもこいつもガキの外見に油断したんだろ。このまま押して行けば体格差で勝てるケロ!)
レナは魔法の杖、ニゲルは二本の短剣でせめぎ合うのはこれで十秒目ほど。見たところ木製の杖はそろそろもたなくなる頃だろう。レナも眉を寄せ、困り顔だ。
(まあ人間の嬢ちゃん相手じゃあ加減してやらんと行けんよなぁ、死なせちゃいけねぇいけねぇケロ、けっけっけ)
ニゲルは高を括っていた。どこまで行っても人間の子ども。確かに人間の中には強力な魔法や特技術や武技を巧みに操って獣人や魔物に十分すぎるほどに対抗して見せる者もいる。だが、それも成長してからの話だ。こんな十歳やそこらの人間の、それも魔法使いが近接戦闘で獣人であるところのニゲルに勝てるはずが無い。
そう思うに十分だけの条件であったのは確かだ。ただ誤算があったとすれば二つ。一つ目は生まれ持つ力が強力な魔獣とは違い、人間が強くなるには長い努力が必要と思い込んでいたこと。そして二つ目はそんな努力を始めるのは物心ついてしばらく経ってから、つまりはレナの年頃だろうと思い込んでいたこと。
レナはたった数年で、人類が千年近く成し得てこなかったことを成し得た天才だ。
「けっけっけ! そろそろ限界が近そうケロね!」
「……」
「まだ、だんまりケロか!」
ニゲルが杖に大きく体重をかける。レナよりも大きな体躯で上から圧し掛かるのを、レナは膝を曲げながらなんとか耐える。だがその鍔迫り合いが続いた数秒の後で、レナの手から杖が零れた。
(勝ったケロ!)
内心で価値を確信したニゲルは一瞬力を緩める。そうは言っても子ども、傷つける意思は無かった。このまま目の前に剣先でも突き付ければ降参するだろうと踏んでいた。だから対応しきれなかった。
「ケロッ!?」
ニゲルは前方に体勢を大きく崩した。それはつい先程までそこにあった支えを失ったからだ。しかしそれはレナが杖を手放したのが原因ではない。レナがその場から消えたのが原因だ。
《火付球術》
舞台の上を、赤い魔法陣が染め上げる。
レナはニゲルの背後に回り込み、その杖の先を背中に突き付けていた。
「ケ、ケロ?」
状況が理解できていない様子のニゲルは膝と手を付いて倒れ込みながら惚けたような声を漏らした。先程まで自身が有利だったはずだった。それなのに今、ニゲルはレナに背後を取られて杖を突きつけられている。つい先程想像した光景が、立場を入れ替えて再現されていた。
(いやいやいや! あり得ないケロ! ど、どうして俺が裏を取られているケロ!? 全然動きが見えなかったケロ……)
ニゲルは冷や汗が伝うのが分かった。殺意を感じる。警告は無い。けれどレナが無口なのは最初からだった。突き付けられた杖の先から、動いたら撃つという意思を感じる。僅かに視線を後ろに向けると、既に真っ赤な魔法陣が浮かび上がっていた。
「こ、降参ケロ……」
ニゲルは両手を上げ、短剣を落とした。
舞台の上に一瞬の静寂が流れた。
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉーーーーっ! ニゲルが降参し、勝者が決まった! 勝者、魔術師レナああああぁぁぁーーっ!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおぉぉぉーーーーっ」」」」」
盛り上がる会場の中で、レナは魔法陣をゆっくりと消し、杖を下ろす。その仕草は落ち着いたものではあったが、レナの額には薄っすらと汗が流れていた。その最後こそ呆気ないものだったが、かなりギリギリまで追い詰められていたのは真実だ。
「先程レナ選手が消えたように見えましたが、解説のオクタロウさん、どうでしょうか」
「先程の動き、まさしく武技俊絶じゃろう。魔術師でありながら非常に強力な武技を扱えることを限界まで隠し通したレナ選手の我慢強さが勝負を左右したと言えるじゃろう」
「なるほど! 俊絶と呼ばれる武技だったのですね! これから更にレナ選手の多様な手札に期待が高まります! それでは第一回戦、第二試合の準備を開始しましょう」
ニゲルとレナは互いに登って来た場所から舞台を降りる。幸いなことに互いに怪我は無かったためすぐに第二試合が始まりそうだ。
そして勝利したレナに真っ先に駆け寄る少女が一人。キオナだ。
「お姉ちゃんおめでとう! すっごく格好良かったよ!」
「ああ、素晴らしい戦いだった。色々な駆け引きがあったんだろうなと伺わせる試合内容だったよ」
そのキオナに続いてケルトもレナの称賛する。レナは少し疲れた表情をしながらも、それを聞いて嬉しそうに笑った。
「俊絶、だったか。レナの嬢ちゃん、武技も使えたんだな」
ケルトがそんなことを言うと、レナは苦笑いを浮かべた。
「ん? 違うのか? キオナの嬢ちゃん、レナの嬢ちゃんは何て言ってるんだ?」
「えっとね……あれは武技なんかじゃないって。杖を手放す瞬間に体の重心を横にずらして相手の意識を正面に固定したまますぐに移動する体術の一種、だって」
「体術……つまり、魔力も何も使わずに技術だけであんなことをしたのか? 俺には全く見えなかったんだが……」
「それもそうでしょう、だって。本当はそんなに見えないものじゃないけれど、お姉ちゃんは小柄な上に戦いが始まってすぐ自己強化魔法を使ってた。それを気取られないように歩調は変えず、限界までお姉ちゃんは強化された力を見せなかったんだ、って」
「試合が始まってすぐに駆け引きは始まっていた、ってことか」
今大会の解説役であるオクタロウの予想は外れてしまったが、試合が始まる前に言っていた如何にして手札を隠し通せるかが勝敗に関わってくるという言葉は正しかったようだ。確かにこれは初戦。レナだって何回も続くと分かった戦いでそうそう手札を見せたりはしていなかったのだろう。
鳥頭や牛頭と戦う時にほとんど魔法を使って見せなかったのもそのため、ということだろうか。猫熊の時には色々と魔法を使って見せたが、あれはブラフか。恐らくレナのあの試合を見ていた選手はレナの多種多様な魔法に警戒せざるを得なくなる。そうなれば、レナの持つ類稀なる近接戦闘に足をすくわれることになるのだろう。
「まったく、本当に子ども、それも人間の子どもかどうか疑わしいな」
「だから言ったでしょ! レナお姉ちゃんは凄いって!」
レナの勝利を自分のことのように喜ぶキオナは、その場で小さく跳ねながら嬉しそうに笑っている。そんなキオナを見ていれば、戦闘での疲れなんて飛んで行ってしまうレナだった。
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