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Chapter1 Episode7 戦娘。

 おじさんに渡された携帯食を食べながら、レナは馬車に揺られていた。

 流れる雲は繊細せんさいで広大で美しい。はるか遠くの方まで大きくなって小さくなって、風に運ばれながら流れていくその姿は、レナにとって不思議と壮観そうかんなものだった。

 太陽に照らされた心地よい陽気の中、馬車は順調に街道に沿って進んでいた。


 やがて馬車は小山おやまに入り、雑木林ぞうきばやしの中を進んでいく。木漏こもれ日が心地よいのか、レナは瞳を閉じて心地よさそうな表情だ。小鳥のさえずりもまた、レナの睡魔を呼び寄せる原因となり……。

 レナは昨日と同様に、馬車の上で眠ってしまった。


 今度の夢には、ミリアが出てきた。ミリアと一緒に、学校に通う夢。一緒に卒業して、一緒に笑う日々。ただ、どうしてだろう。その夢の中の私は、どこか退屈そうに杖を眺めていた。


 突如とつじょ、レナは跳ねるようにしてまぶたを開いた。バッ、と体を上げて、辺りを見渡す。周りを覆う雑木林にくまなく視線を通わせる。一秒ごとに移り変わる視界の中に、レナはそいつをとらえた。

 レナは馬車から身を乗り出す勢いで顔を突き出し、そいつを目で追う。その黒い影をまとう人型は、確かにレナの方へと視線を向けていた。それも、一つじゃない。二つ、三つとレナの視界に人型の影が映る。

 馬車から身を乗り出すレナに、おじさんが気付いたのだろう。声を上げる。


「ちょ、お嬢ちゃん、危ないよ!」

『あそこ! あそこに何かいるんです!』

「あそこ? 何も見えないが……まあ、ここら辺にいるならたぬきか何かだろう。安心しな」

『違うんです! 人型をした生き物が、三匹! こちらを見てます!』

「人型?」


 レナの言葉に、おじさんは首をひねりながらもレナの指差すに目をらす。そして、確かに見た。


「っ!? あれはゴブリンじゃないか!? どうしてこんなところに……ッ!」


 おじさんはそう言うと、馬車を引く馬にむちを叩く。馬車は一気に加速し、決して走りやすいとは言えない山道を駆けていく。

 焦る様子のおじさんに、レナは後ろから問いかける。


『ゴブリンですか?』

「ああ。この辺では出ることはほとんどないんだが……あいつらは群れで行動する。一匹いたら十匹いてもおかしくない。囲まれる前に逃げる。どっかに捕まってろ!」

『はい!』


 レナが客車の背もたれにしがみつき、そのあとで馬車がさらに加速した。


 ガタンッ、ガタンッ!


 所々デコボコとした山道で車体を跳ねさせながらも進む馬車は、順調に雑木林を抜けようとしていた。レナも必死にしがみつき、振り飛ばされまいとしている。そして、雑木林の終わりが見えてきた頃。馬車が急に減速しだした。

 勢いよく地面を滑り、数十メートル進んだ先で横を向いて馬車は止まった。


 今までと違った方向に衝撃が来たことで、レナは背もたれから手を放してしまい客車の中で転んでしまう。しかし、頭を押さえながらも起き上がる。


『ど、どうしたんですか!?』

「クソッ、ゴブリンのやつら、待ち伏せしてやがった!」


 おじさんに言われてレナが先の方を見ると、木で出来ているのであろう大人の背丈ほどの柵が何重にもかれていた。それだけでなく、その周りには背丈が小さいながらも多数の人型の生物。


「こんなことを考えるなんて、ホブゴブリンが混じってやがるな!」


 馬車から飛び降り、客車の方へと回りながらおじさんはその様に叫ぶ。


「おい嬢ちゃん! 走れるか!? ここから逃げるぞ!」


 おじさんは客車に片足を突っ込み、レナに向かって手を差し伸べながらそう言った。しかし、レナはその手は取らずにおじさんの脇を通って客車を出る。そして、ゴブリンたちが待ち受ける柵の方へと走りながら、おじさんに言う。 


『いえ、大丈夫です!』

「お嬢ちゃん!? そっちは危ない!」

『任せてください! サッサと退治しちゃいますから! おじさんは馬車を走らせる準備をしておいてください!』

「おい、待ってくれ!」


 おじさんの静止の声も聞かずに、レナは柵までの数十メートルを疾走しっそうする。もちろん、周りにいる者たちも黙ってはいない。

 レナの進行を防ぐように続々とレナよりも頭一つ分程度背の低い、薄緑色の肌をした人型の生物たちが集まってくる。その顔は異形と言って差し支えなく、頭からは小さな角が生えている。みな木でできたこん棒のようなものを握っており、戦意をむき出しにしていた。

 そう、ゴブリンだ。


 ゴブリンは一体一体は小さく貧弱だが、その驚異的な繁殖能力を持ってすぐさま増殖する。一体いれば十体はいる、などとはよく言ったもので、一匹でもゴブリンを逃がせばそこから再び群れを築いてしまうほどだ。

 しかし、そう。その一体一体は決して強くないのだ。

 

 レナの前に立ちはだかったゴブリンは全部で七体。そのうちの二体が、すでにレナの目前まで迫っていた。


「お嬢ちゃん、危ない!」


 レナが魔術師だと思っているおじさんは、ゴブリンに近づかれたレナを見てそう叫ぶ。しかし、次の光景を見た瞬間、開いた口が塞がらなくなる。


『邪魔!』


 右側から迫ってきたゴブリンが振り上げたこん棒を、レナは自分の杖ではじいて振り払い、左側から近づいてきたゴブリンのこん棒を振られる前に掴んで捻る。それだけでゴブリンたちはバランスを崩してその場に転ぶ。


 続いて迫ってきたゴブリン三匹。レナは一連の流動的なステップですべてをかわし、すり抜ける。


 残りの二体は他のゴブリンがいともたやすく振り切られたことで若干の焦りを浮かべながらも、レナに向かって駆けた。それを見て、レナは杖を右手で強く握り、空いた左手でダガーを逆手に抜いた。


退いて!』


 一体のゴブリンがこん棒を大きく振り上げてレナに迫るが、レナはこん棒を振られる前に大きく一歩を踏み込んで間合いに入り、左手の甲でゴブリンの顔を殴る。さらに、背後から迫ってきたもう一体のゴブリンの首元に、ダガーを先端から突き刺した。

 瞬時に抜き取り、ダガーを腰に差し直したレナは杖を正面に構え、叫ぶ。


『《火付弾術(かふだんじゅつ)》ッ!』


 レナの構えた杖の先に、巨大な赤色の魔法陣が描かれる。そしてそこから馬車の客車を丸ごと覆えるほどの大きさの炎の塊が、放たれる。それは一直線に柵に向かい、大きく爆ぜて柵をぎ払い、道を作り出す。何重にも敷かれた柵のすべてに馬車が通れるほどの穴が出来た。

 それを確認したレナが振り返って叫ぶ。


『おじさん、馬車を!』

「あ、ああ!」


 レナの動きを見て目を丸くしていたおじさんが、レナの言葉で再起動して馬車に乗る。馬に鞭打って馬車を走らせ、倒れるゴブリンたちを無視して突き進む。


「お嬢ちゃん! 手を!」

『はい!』


 おじさんは馬車がレナのとなりを通り過ぎる間に手を伸ばし、レナを馬車の御者席に引っ張り上げた。柵があった道を通り、小山を完全に超えるまで馬車は全力で走る。しばらくして、おじさんが胸を撫で下ろし、レナの方を見た。


「お嬢ちゃん、大丈夫だったかい?」

『はい、この通り。それにしても、びっくりしました。まさか、魔物に襲われるなんて』


 レナもレナで安堵あんどの息を吐き後ろを振り返る。そこには、粉々に破壊された柵の残骸ざんがいが見えた。


「まったくだ。にしても、お嬢ちゃん強いな」


 おじさんがレナの意見に同意しつつ、そう言った。レナはそれを聞いて少し照れたように頬を染める。


『いえいえ、そんなこと。あれだって、初級魔法程度です。まだまだ未熟ですよ』

「それでも十分凄いんだよ。魔法使いって言うのは、そもそも才能ある者たちしかなれない。そんな中、お嬢ちゃんくらいの年で初級魔法が使えるのなら、嬢ちゃんはエリート中のエリートさ」

『そう、ですかね? うーん、どうなんでしょうね。まあ、ありがとうございます』


 どこかぎこちなく返すレナに、おじさんは乾いた笑いを浮かべた。


 そしてそれからしばらく経って、レナの目的地、貿易都市ペグアの外壁が見えてきた。

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