Chapter4 Episode2 少女。
もぬけの殻になったイアノシアの中に、とある冒険者の一団がやって来ていた。
「おいおいおい、なんだこれは。おいリルス、本当に誰もいねぇぞ」
「そりゃそうだろ、全員避難命令受けてるんだから当然だろ。……スライン、どう思う?」
「どうとも思わねぇよ……っておい、ジェパーナ、何してる」
本名をヴァスタル・ネイン・スラン、普段はスライン・ネイヴァを名乗り、通り名は剣神ヴァスタ。オスティロ帝国の中でも一二を争う有名人、国の英雄だ。
つい最近まで帝都にいたのだが、イアノシアに起こったという大災害の調査の為に斥候として送られてきたのだ。
「ううん、なんでもない」
ジェパーナと呼ばれたのは黒色のローブに身を包み、顔を俯かせた小柄の持ち主。声の高さからして女性なのは間違いないだろう。
ジェパーナは覗き込んでいた店のガラスから顔を外した。
「そうか。おい、キリクト、出口はどっちだ?」
「北門でしたら、この道を真っ直ぐですよ」
「了解だ、行くぞ」
地図を広げ、スラインを案内するのは純白の鎧を身にまとった聖騎士。以前、貿易都市ペグアにてリルスと共に行動していた人物だ。
「っておい、ジェパーナ。お前また何を見ているんだ」
「あそこ、人がいる」
「なに? だってこの街にはもう誰も……」
スラインたちが見逃した路地の向こう側に、ジェパーナは小さな人影を見つけた。
「まあいい、おい、リルスとキリクト、先に言っていろ。俺はジェパーナと確認してくるから」
「分かった、早くしろよ」
「お気をつけて」
「町の中で何を気にすることがあるんだよ。おい、ジェパーナ行くぞ」
無言で頷いたジェパーナは路地を先行し、スラインが続く。そして路地を抜けた先、開けた大通りに出た途端、ジェパーナは細くはあったが声を上げた。
「そこの人、ちょっと待って。聞きたいことがあるの」
「女の子?」
平坦な声で人影を引き留め、その顔を確認するとそれは一人の少女であった。
少女は感情を失ったかのような無感情的な表情の中に、涙の跡を付け茫然とジェパーナを見つめていた。
「おいおい、本当にいるじゃねぇか。それもこんな小さな……見たところ冒険者か? おい、お嬢ちゃん、どうしたってこんなところにいるんだ?」
「スラインさん、街には冒険者が何人か残ったって言ってたよ」
「じゃあ、この嬢ちゃんがそうだって言うのか?」
口を小さく開いたまま喋ろうとしない少女は、ゆっくりとスラインたちへと向き直る。
外観的には戦った痕跡は確認できず、怪我を負っている様子もない。ただ一つ、腰にさしてある剣だけが少女が戦士であることを示していた。
「おいお嬢ちゃん、何か喋れるか? 俺たちは応援を受けて駆け付けた冒険者なんだ。他に誰かいるとか、現状がどうなっているとか、分かることはないか?」
「……っ、お……」
「なんだって?」
開かれたままの口から小さく紡がれた言葉は、しかしスラインには届かない。スラインは少女へと近づき、耳を寄せてもう一度促した。
「全部、終わりましたよ」
そして、そんな言葉を聞き取った。
「全部終わった? それは一体……」
「……レナが、全部、終わらせました。一人で、一瞬で」
「レナ? レナってなんだ。人の名前か?」
少女は頷く。頷いたまま、俯てしまった。
「一人で終わらせたって、戦いをか?」
もう一つ、頷く。
「おいおい冗談だろ? デッドランドからの大侵略って聞いて来たんだぞ?」
「スライン、口調が強い。怖がってる」
「っと、悪い悪い。そんなつもりじゃ……」
ジェパーナがスラインを諫め、少女に謝ろうと見下ろせば、少女の肩が小刻みに震えているのが見えた。そして呼吸には、嗚咽が混じり始めていた。
「お、おいおい、泣いちまったぞ……」
「スラインが怖がらせるから」
「そ、そんなに怖かったか?」
「顔から怖い」
「そ、そんなものは仕方ないだろ!? 強面の自覚はあるが……」
「傷も付いているし」
「それこそ仕方ねえじゃねぇか! って、そうじゃなくて……だ、大丈夫かお嬢ちゃん。そう怖がらないでくれ、俺は怒ってるとかじゃなくて、もともとそういう顔なだけで……」
「……うん、です」
「な、なんて?」
「違、うんです……違うんです!」
少女は、ペルナは勢い良く言い放った。その両目から涙を流し、顔を真っ赤にしながらも、右手を胸元で強く握りしめながら訴えかけるように。
「違うんです! レナは悪くないんです! なのに私、ずっと我が儘ばっかりで、足引っ張って……私はただ、一緒にいたいだけなのに、それなのに、それだけで迷惑かけちゃうくらい、私は、私は、弱くて……っ!」
「お、おいおいどうした!? 一旦落ち着いてくれ!」
「私が、全部悪いんです……」
嗚咽混じりの叫びを上げながら、ペルナはスカートの裾を両手で握った。
「……ねえ、スライン」
「ん? どうしたジェパーナ」
特に泣き出し、挙句に訳の分からないことを騒ぎ出したペルナに戸惑いの表情を浮かべるスラインに、ジェパ―ナが声をかける。
「レナって、この前リルスが言っていた、レイナさんの娘さんの名前だよ」
「何? いや、確かにそうだったな。じゃあ、レイナの娘が来てるって言うのか?」
「確か、魔法使いとして冒険者をやってるってリルスが言ってた。不思議はないよ」
「それもそうか……おいお嬢ちゃん、レナってのは、魔法使いのお嬢ちゃんであってるのか?」
「……え? レナを、知ってるの?」
「知ってるって言うか、知ってるかもしれないと言うか」
「う、うん、レナは魔法使いだよ。私とは比べ物にならないくらい強くて、凄くて……」
再び呟きだしてしまったペルナは一旦置いて行くことにして、スラインはジェパーナを見る。
「どうやら、そうっぽいな。しかし、幾らレイナの娘とは言え襲撃に慣れているはずのイアノシアの冒険者たちや住民がこぞって逃げ出すような魔物たちを相手に、一人で立ち向かえるとも思えないぞ」
「私も、無理だと思う」
「だよな……って、そろそろ泣き止んでくんねぇかな……」
「泣いている女の子になんてこと言うの。スライン、そんなんだから女性に縁が無いんだよ」
「わ、悪かったな! デリカシーの無い男で!」
ジェパーナに指摘されて躍起になったスラインは、なおも困ったような表情を浮かべてペルナを見る。見てみると、不思議そうに小首を傾げながらスラインを見上げていた。
「うおっ、急にどうした。落ち着いたのか?」
「い、いえ……あの、もしかして半年くらい前、ペグアの宿に泊まりませんでしたか?」
「は? ああいや、泊ったが、どうしてそんなことを?」
「わ、私そこで宿娘をしていた、ペルナって言うんです! お客様の顔とお名前は忘れないようにしていて……スラインって名前を聞いて、思い出しました!」
「そ、そうなのか?」
急に泣き止み、興奮組に詰め寄って来るペルナに、スラインは慄く他ない。
「お、女ってのはこんなもんなのか?」
「それだけ不安だったってことでしょ。そこに知っている顔を見つけたら、安心もする」
「なるほどな……えっと、ペルナって言ったな。イアノシアで何が起こったのか詳しい話を、聞かせてくれないか?」
「へ? ……そ、そうですよね。起こったこと、起こったこと……わ、分かりました! で、でもその、先ずはご飯とか、食べてもいいですか? もう二日も飲まず食わずで……」
「はぁっ!? そりゃあ大変だ! おいジェパーナ、早くキリクト呼んで来い! 地図に飯屋の一つでも乗っているはずだ!」
「直接探したほうが早いよ……ほらあそこ、たぶんご飯屋さん。行こ、ペルナ、さん?」
「よ、呼び捨てで大丈夫です。……えっと、あなたは確か……」
ペルナが問うと、ジェパーナははっとしたように肩を揺らし、続けてフードに手をかけ、それを外して顔を見せた。
灰色の短髪と、半透明に黒い瞳。無表情を前面に出した童顔は、ペルナと同年代だろうか。
「私はジェパーナ、よろしく。私も、ジェパーナでいいよ」
「は、はい、ジェパーナ? よ、よろしく!」




