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Chapter3 Episode24 友達

 ミスィアの過去を語るのなら、これ以上のものはないだろう。これ以上に簡潔で分かりやすく、それでいて取捨選択を完遂した実態だ。

 彼女の不幸な境遇は神の恩寵とルミナスの気まぐれによって負債を帳消しにするように消えてなくなり、アンデットとしての圧倒的な力を得て魔王と君臨することとなった。


「一緒に遊んでいたから、何だって言うのよ! あなたは人間で私はアンデット、その上魔王なのよ!? 人間を何人も殺してきた、これからだって殺す! それをお友達って、あなた、おかしいんじゃないの!?」

『いいえ、そんなことはありません。例えあなたが、あなた自身のことをどうしようもない悪人だと思っているのだとしても、私たちがお友達であることを否定する根拠には、成り得ません』

「こ、根拠って……そんな話じゃないでしょう!? だって、だって、あなたは……!」


 言葉の限りを尽くそうとしたミスィアは、しかし思わず手を振りかざす。直後、間違ったのだと悟った。自分はまた、友を失おうとしているのだと。自らの手で、推し話そうとしているのだと。思わず目を瞑った、胸を襲う痛みとレナの壊れる音に構えた。


 だが、それらは一向に襲ってこなかった。


 ゆっくりと目を見開く。

 そこには俯きがちに、少し堪えるように目を伏せ、体を小さく震わせたレナが、それでもそこに無傷のままで立っていた。


「ど、どうして……だって私は今、確実にあなたを殺せるだけの一撃……」

『一撃を、出せなかったんですよね』

「へ?」

『最初は目に見えない攻撃に戸惑いました。勝てるはずが無いと、諦めてすらいました。でも途中で気付いたんです。ミスィアさんの攻撃が、私に直撃することは無いのだと』

「そ、それこそおかしいのよ! 私の攻撃をどれだけ魔法に長けていたって、あなたのような子どもに!」

『それは違いますよ、ミスィアさん。私は一度も、あなたの攻撃を防いでなんていません』

「……う、嘘……」


 信じられないと首を振る。どういうことだと疑問符を浮かべる。そんなはずはないと、レンを見つめる。


『ミスィアさんも、私をお友達だと思ってくれたから、無意識のうちに私を避けて攻撃した。何よりもの証拠に、今こうして私と話しをしてくれているじゃないですか』

「そ、それが何だって言うの?」

『私たちの関係に、名前を付けたんです。"お友達"って。だったらもっと、お話ししたいじゃないですか。同じ話題で盛り上がって、喜んで、悲しんで、涙して。そんな時間を共有して、笑い合いたいじゃないですか。私たちは"お友達"だから。《一緒之魔法(ペアリング)》。それが、私が名前を付けた魔法です』

「名前を……あなたは一体、何者なの?」


 恐怖の色の混じった問いに、レナは困るでもなく、怒るでもなく笑って答えた。


『レナ・クライヤ。ミスィアさんのお友達です』


 ミスィア・ニオネシスは孤独だった。

 生まれつき言葉の話せない彼女は、現王家の授かった娘でありながら人々に避けられ、寂しい日々を送っていた。そんな彼女にとってのたった一人の友達は彼女の従姉に当たる、一つ年下の少女だった。

 王城に住む子ども同士よく一緒に遊び、散歩し、時にはおしゃべりもした。ただそれは言葉の話せぬミスィアに少女が一方的に話すだけのもの。いつだって頷くばかりのミスィアに、少女も困ったようにぎこちない笑顔を浮かべていた。


 それから十年近くが立ち、ミスィアは自身の持つネイチャーの存在を強く意識するようになる。《万能の調停者(マジックハンド)》。統率者として完璧な采配の技量を得るというこの能力は、当時のニオネシスにとって無くてはならないものとなった。

 言葉の話せないミスィアは日夜紙に自身の采配を書き写す日々に追われ、少女も自然とミスィアから距離を置くようになった。


 そして、ミスィアの意図しない襲撃を受けることになる。

 当然、ミスィアは己の持つ能力で兵たちを活気づけ、最適な指揮で国を勝利に導こうと必死になった。必死になればなるほど、どう足掻いたって勝てないことに気付いた。


 それが確信に変わる頃、王家の人々のそれも、確信に変わって行ったのだ。

 だからミスィアの知らぬうちに《|殺戮之魔法《スローターオブパニッシュメント》》は計画され、実行された。ただ一人、誰よりも賢く未来ある英雄、ミスィアを残して。


「私はただ一人生かされたの。ミスィア様さえいればニオネシスは安泰だ、ってね。でもね、どれだけ盤上を支配できたって、駒の居ないんじゃ勝ち目はないわ。残るは丸裸の王女が一人。時間が立てば、いずれ盤上から蹴り落される。実際そうなったもの。……私は、最愛の友人に別れを告げることすら出来ないで、思い出の一つも残すことが出来ないで死んだのよ。後悔しないわけが、ないじゃない」


 涙ながらにミスィアは語った。

 廃墟となった城を背に、門の前の瓦礫に腰を駆けながら、同じく瓦礫に腰を掛けたレナに言う。


「復讐してやろうって思ったわ。私を殺した、私の国を滅ぼした、私の、たった一人の友達を奪ったやつらを皆殺しにしてやろうって思ったわ。そう思えるだけの力が、今の私の手の中にはあるの。盤上に幾らでも駒を増やし、想うがままに操る力が。そしてどんな駒にも引けを取らないだけの、私自身の力が」


 足を延ばし、夜空を仰ぐミスィアは自虐地味に頬を緩める。


「それでも私は非情になりきれなかった。私と同じ境遇のあなたを見て、思ってしまったの。私が奪えばまた、奪われる人が生まれる。その人がまた奪い、また奪われる人が増えて行ったら? それはとても悲しいことだわ。……もう、この後悔は遅すぎるかしら。許されることはないのかしら」


 視線を下ろし、レナを見つめる。真っ直ぐと、真剣に。

 レナは首を横に振った。そして、杖に右手を触れさせて、左手を宙に泳がせる。そこには文字が浮かんでいった。


『もしミスィアさんが望むのなら、私は友達として協力できます。ですが、それは許される事とは違うと思います。ペルナさんは多くの仲間を失いました。オスティロ帝国もイアノシアの都市を崩壊にまで追い込まれては、到底ただでは済ませないはずです。それでも、私はミスィアさんの味方でいたいと、思います』

「……どうしてそこまで肩入れするの? レナにとって、何もいいことはないじゃない」

『人の命を奪うこと、その罪の重さを、きっとミスィアさんは理解できると思ったからです。これまでに起こったことは、もう取り消すことが出来ません。それでも、今まで奪われ続けたミスィアさんが、再び奪われることを、私は正しいとは思えませんでした。だから、約束をしてください』

「約束?」


 宙に描かれた文字を読み上げ、ミスィアは小首を傾げる。


『ミスィアさんのことは、イアノシアに戻ったら私が皆さんに説明します。力を使い果たして弱ったところを、私が倒した、とでも言うつもりです。ですのでミスィアさんはここから遠く離れ、以後人間を襲わないと約束してください』

「……もし、約束を破ったら?」

『お友達として、それ以上ミスィアさんが罪を重ねる前に及ばずとも私が止めに向かいます』

「そう……レナ、ありがとう」


 ミスィアは立ち上がり、レナに背を向けた。レナも少し遅れて立ち上がり、両手に杖を握る。その様子を肩越しに見て、ミスィアは微笑んだ。


「あなたに貰った時間を、大切にしたいと思うわ。またいつか、必ず会いに来てね」

『約束します。私たちはお友達ですから』

「ええ、私たちは友達。……またね」


 そう呟き、ミスィアは歩き出す。崩れ落ちた門をくぐり、荒れ果てた城を踏みしめて。

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