Chapter3 Episode22 廃都。
デッドランド。イアノシアから北に向かったその土地に、その城は聳えていた。
崩れ落ち、コケに覆われ腐れた城下町を進んだ先。そこには御伽噺に出てくるようなお城に負けずとも劣らない大きさの城が建っていた。その外郭の幾らかは崩れているけれど、それでも確かな存在感を放っている。
曇天に覆われた廃墟の街を、レナは一人で歩んでいた。
デッドランドは荒れ果てた大地だと思っていたレナは、周囲に広がる人工物に小首を傾げていた。
何百年か前には栄えていたのであろう一帯も、今では荒れ果てた大地の一角となって砂を被っている。これがどれだけ前の文明かなんて、既に記されている書記も風化しているのだろう。そう思えるくらいには古びた街並みだ。
実のところを語るのなら、ここは九百年ほど前に栄えた都市国家の成りの果てだ。
この国について語るのなら、先ず述べるべきはその顛末だろう。
元ニオネシス王国はここから南方、オスティロ帝国と接する国イグノア・アネテ聖教国との争いに負けて滅びの道を辿ることになった。その際イグノアが掲げていた大義は、彼の国は神の敵と断ぜられた、である。
元々は豊かな土地に恵まれた国であったということもあり、オスティロ帝国もイグノアへと協力し小さな都市国家ニオネシスは崩壊することになる。
しかし、ニオネシスもただでは終わらない。
豊かな環境で築かれたニオネシスは多くの優秀な魔法使いを抱えていた。実際、屈強な騎士団を相手にはイグノアとオスティロも手を焼き、その合間に魔法の準備が整ってしまった。
ニオネシスが最後の抵抗として発動したその魔法は、古代魔法として継承されていた、私たちの業界でも禁術とされる魔法。
《殺戮之魔法》
快晴を覆いつくすような黒い魔法陣が無数に現れ、死の槍を降らす広範囲攻撃魔法は、自身の国と巻き添えに攻め込んで来た敵国の兵士たちを皆殺しにした。唯一の生還者は、事前に城から抜け出していた当時の王女ただ一人だった。
そして現在も《殺戮之魔法》の影響を受け続けるこの土地に魔力へ抵抗がない者が足を踏み入れるとたちまち全身を腐らせてしまうような状態だ。
以来、ニオネシスの土地は九百年間に渡り魔物一匹近づかない正真正銘の廃都市と化していた。
薄い魔力結界を張りながら都市をゆっくりと見て回っていたレナの前に、一人の少女が姿を現した。
「あらレナ、来たの? 急な訪問だったから生憎と持て成しの準備も出来ていないのよ。代わりと言っては何だけど、街を案内してあげるわ」
幽霊のように突然姿を現したミスィアは、マントと黒髪を小さく揺らしながらレナに背を向け、歩き出した。
レナはそれに小首を傾げながらも付いて行く。
「あなた、言葉が話せないのでしょう? ネイチャーの代償ね。私もネイトだから気持ちは分かるわ。私も……あ、見てみなさい。ここは元々この国唯一のパン工房だったのよ。工房長はとても穏やかで人当たりがよく、皆から好かれていたわ。朝早くから行列が出来ていて、毎朝ここのパンを食べるために皆早起きをしたものよ」
ミスィアが指差した建物はその大部分が崩れていたけれど、瓦礫の奥には煙突の残骸らしき高く真っすぐに伸びたレンガが見えた。
「それで、何の話だったかしら。ああ、そうそう。私もネイチャーとして覚醒した時に、人であることをやめたわ。私が代償として捧げたのはこれまでのすべての人生と、今後一切の命よ。その代わりに私はネイチャー、《阿修羅》を得た。今はこうしてアンデッドとして活動しているわ」
そう言ったかのミスィアの口元は、少しだけ楽し気に弧を描いていた。
「レナ、あなたはどこから来たの? もちろん言葉を喋れないのは分かっているわ。大体の方角を指差してくれる?」
レナは言われたままにスラナ村がある方角を指差した。
「へぇ、その方角だとオスティロ帝国の領土内かしら。オスティロ帝国の出身?」
レナは首肯する。
「そう。それはちょうど良かったわ。……それはそうと、次はこの国で一番大きかった公園に行きましょうか」
ミスィアは再び雑談交じりに歩き出す。
あそこは服や、こっちは靴や、そっちは桶屋で、あそこが銭湯。公園に続いていた近道は、既に路地裏ではなくなってしまっていた。瓦礫に覆われ通る事すらままならなかったが、ミスィアが瓦礫の上を歩くのでレナもそれに続いた。
「ここが公園。多くの子どもたちで賑わっていたわ。ほら、あそこの遊具なんて、まだ少し形が残っているでしょう?」
ミスィアが指差したのは、ドーム状の瓦礫。周囲の元々は遊具だったであろう物がほとんど風化する中、それは形状を保ちその中に空洞を残していた。
「私も名前は分からないけれど、この半球状のドームを登ったり、下を潜ったりして遊ぶの。私はあまり何が楽しいのか分からなかったけれど、レナは興味ある?」
レナは少し迷った後で小さく頷く。
「じゃあ、いらっしゃい」
ミスィアの手招きに従ってレナは進み、ミスィアに手を引かれてドームの中へと潜り込んだ。
二人並んでドームの中に納まれば、二人の体格が小さくとも窮屈に感じられた。
「少し狭いかしら。でも、確かにこうやって狭いところに並んで座るのは、心が落ち着くわね。レナもそう思うでしょう?」
再び、レナは首肯を返す。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。曇天に覆われ、ただでさえ暗かった辺りがさらに暗闇に飲まれて行く。夜の時間だった。
「レナ、あなた明かりは出せる? もう少し案内したいところがあるの」
レナは首を縦に振る。
杖を軽く振り、小さな炎を出して見せる。たちまち周囲を照らし、レナとミスィアの周りは明るく照らされた。
「凄いじゃない。言葉を喋れないのに魔法を……やっぱり、レナは特別な人間なのね。……さあ、こっちよ」
暗がりを先導されて、レナは都市を進む。その歩みは城の方へと向いていた。
「レナ、どうしてわざわざこっちに来たの? 私の方から行くと言ったでしょう? ああ、私の魔力不足の内に倒してしまおうと考えたのならそれは早計ね。私の魔力は数時間もあれば十分回復するの。既に、あなたと戦うために必要なだけの魔力が回復しているわ」
背を向けたまま、ミスィアは淡々とそう告げる。表情一つ変えずにレナは聞く。
「それとも、あのお友達を巻き込みたくなかったのかしら? あの子だけだったものね、あなたが必死になって守ったのは。本当はもっと前から見ていたのでしょう? けれど、手出しはしなかった。ただあの子が危なくなった途端に飛び出し、私の部下たちを一掃した。もっと多くの人を救えたとは思わないの?」
レナは、一つ頷いた。
「分かっていて見捨てたのだとしたら、レナは私と同類ね。死ぬと分かり切った人のことを斬り捨て、本当に大切な人だけを救おうとする。別におかしなことではないわ、責められるようなことでもない。ええ、レナ、あなたは正しい判断をしたわ」
……レナは、小さく首を横に振った。けれどミスィアが振り返ることはない。
「たった一人でも、一番大切な人を守るために他の大勢を犠牲にすることも、何千、何万もの人が犠牲になる様を我が身可愛さに傍から見ていることも。自分の身を守るためのことだもの、仕方がないわ」
ミスィアは立ち止まる。見上げてみれば、城が目の前に聳えていた。
ミスィアはゆっくりと振り返る。その瞳に鮮血のような赤を灯し、その中に殺意を悠々と浮かばせながら。
「それでたった一人の大切な人を守れたのなら、私だって悔いも、恨みも、憎しみも覚えなかった。九百年もの間、苦しみ続ける必要は無かったのよ」




