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Chapter1 Episode6 旅始。

『これで、良かったんだよね。だって、私がいたままだと、皆と困らせちゃうから』


 そう呟いたのは黒色のロープに身を包み、赤色の宝石が付いた杖を抱え、ダガーを腰に差したレナ。レナは立った一人、街道を進む馬車に揺られていた。ガタゴト、と馬車の車輪が鳴る音だけがあたりに響く。


『お母さんも、旅に出るのはいいことだって言ってたし。私も、一人前の魔法使いに成れたし。お父さんからも、立派だって言われた。リルリさんからも、はげまされた。私は、幸せ者なんだから』


 膝を抱え、丸くなるレナ。心地よいに吹かれ、馬車に揺られながら、レナは眠りに着いて、すぅーっ、と寝息を立て始めた。


 声をうばわれたまま生き続けて約九年、レナと名付けられた少女はその内なる想いを秘めたまま一人努力を続けていた。父や母の力を借りての努力だけでなく、両親にすら隠した努力を重ねていた。

 母の魔導書を読み漁り、魔法についての知識をたくわえ、自分なりに研究し……しゃべれないからこその着眼点ちゃくがんてんを持ってのそれは、誰も成し得なかった発見をした。

 

 現代に伝わる魔法とは、空気中に漂う魔力に属性をまとわせ、魔法陣を描いて方向性を定めることで発動してる。まず最初に属性の色を指定する。あとは杖に詠唱でもって意志を伝えることで杖が魔法陣を描いて魔法を発動する。

 今の人間は杖を使うことで必要な工程のほとんどをすっ飛ばして魔法を使えている、と言うことにレナは気づいた。杖が行ってくれることを自分でやれば、詠唱は必要ないんじゃないだろうか。杖がなくても、詠唱が出来なくても、魔法を使えるんじゃないだろうか。そう思い至って、ずっと努力を重ねた。

 果たして、自分の想いを言葉にすることもできず、お礼すらまともに言えずに家族と接し、必死の努力が報われなかった幼い少女は、どれだけ傷ついたのだろうか。どれほど、悲しんだのだろうか。


 少女は一人、旅に出ることを決めた。

 どうしようもなく親の顔を見たくなくなり、親の親切心に背きたくなってしまった。子どもながらの反抗心と言ってしまえるものではないが、少なからずそのような心境は抱えていただろう。

 親から愛されているとわかるからこそ、その愛に報いれない自分を嫌い、親離れをする、と言うのも自然なことかもしれない。レイナやリディアも、可愛い子には旅をさせよ、と言うわけではないが自慢じまんの娘が旅に出たいというのなら止めることはしなかった。


 レナはあと半月ほどで十歳の誕生日を迎える。十歳になればオスティロ帝国だけでなく周辺諸国しゅうへんしょこくも巻き込んだ大組織、冒険者ギルド協会の冒険者としての活動が可能となる。そうなればある程度収入も安定するだろう、という考えもありこのタイミングでの旅を決行したのだ。


 九つの少女が一人旅、と言えば心配にもなるものだがレナは自信にあふれていたし、レイナとリディアも大丈夫だろうと考えている。レナは少女ながらに判断力と理解力がかなり高く、また、魔物や盗賊から身を守る力を携えている。

 その力は時には金稼ぎの手段にもなるであろう。そんな様々な考えが絡み合った結果、レナの旅は親公認のものとして進行している。


 現在レナはスラナ村を去り、街道を東の方に真っすぐ行った先にある貿易都市、ペグアに向かっている。貿易都市ペグアは隣国やオスティロ帝国の帝都、海とも面しており貿易が盛んで、世界中の品々が集まってくる周辺諸国の物流の中心地だ。

 そのため人の流れも盛んで様々な出会いや経験があるだろうと考え、レナの旅の第一目標に決められたのだ。


「嬢ちゃん、そろそろ夜だ。今晩は野宿にするから、準備を手伝っておくれ」


 馬車の客車で眠りに着いていたレナの肩を御者のおじさんが揺らした。レナはそれに反応してか薄くまぶたを開く。

 うつろな瞳で御者のおじさんを確認したレナは小さく口を開いた。

 

『ふぁ? ……あ、こんばんは』

「こんばんは。野営の準備を手伝ってもらってもいいかい?」

『……あぁ、なるほど。はい、分かりました』


 レナはそう言って立ち上がる。辺りはもう夕暮れ時。あわだいだい色に染まった空には薄っすら一番星が浮かんでいた。


「お嬢ちゃん、火を焚いておいてくれるかい?」


 レナが馬車を降りると、おじさんが早速(まき)と火打石を抱えてそう言った。レナはそれらを受け取ると、馬車から少し離れた開けたところに置いた。その上から魔法を使う。


『《火付球術(かふきゅうじゅつ)》』

「ん? ああ、お嬢ちゃん魔法使いだもんな。火打石はいらなかったな。これはすまない」


 レナが魔法を使って薪に火をつけると、おじさんはそう言って余った火打石を回収した。そして馬車から取り出したのであろう様々な道具を火の回りに並べていく。


「さて、晩御飯にしようか」

『わかりました』


 おじさんの言葉に従って、レナは火を囲むように地面に座った。おじさんは食材を取り出し、適当にさばいて串にさす。野菜と肉が刺さったその串を火の回りに刺して火で焼くようだ。

 レナはしばらくそれを黙って見ていたが、おじさんの方から手を動かしながら話を振ってきた。


「お嬢ちゃん、ペグアに向かうってことだが、その年で凄いな。スラナ村の住民はみんな魔法がうまいって話だが、子どもでも出稼ぎに出れる程なのかい?」

『いえ、そんなことはありませんよ。まあ、そうですね。私が他の人より、ちょっとだけ優秀だっただけです』


 おじさんからの問いに、レナは視線を下げ、自虐的な笑みを浮かべながらそう言った。しかし、おじさんは作業のために手元を見ていたためその笑みを見ることはなかった。


「俺は三年くらい前、ここからペグアを経由して帝都まで向かうお前さんくらいの女の子ともあったことがあってな。あの時はたまたま同僚どうりょうが送ってきたところを顔を見ただけだったから詳しい話は聞けなかったが、スラナ村の人は優秀なんだなと思ってな」

『どうなんですかね。私はまだ見ての通り子どもですし、他の地域のことがわかりませんから何とも言えませんが……まあ、大人はみんな少なくとも魔法が使えますし、私くらいの年でも魔法を使えること自体は珍しくありませんよ』

「それは凄いことだと思うぞ。人が少ないからこそなんだろうが、若いうちから魔法を習えるのは羨ましいな」


 おじさんがそう言った所で最後の串を刺し、最初に刺した串を抜き取ってレナに手渡した。


「よく焼けてる。ほら、火傷しないようにな」

『ありがとうございます』


 レナは肉と野菜の刺さった串を受け取ると、ふーっ、と息を吹きかけてからかぶりつく。おじさんはそんなレナを少し見た後、自分も焼けた串から外して食べ始める。しばらくは二人ともだまって食事を続け、最後の串をレナが食べ終わったところでおじさんが立ち上がった。


「さて、今日はこのまま寝てしまおう。このあたりには人を襲うような生き物はいないから、火を焚いていれば安全だ。悪いが、そこら辺で寝てくれ」

『わかりました。それじゃあ、お先に失礼しますね』

「ああ。出発は早朝七時。その前には起きてくれよ」

『心得ました』


 そう言った後で火を消して、おじさんは馬車の方へと後片付けに向かう。レナはそこから少し離れ、ちょうどよさそうな場所を見つけて横になる。夜風が強くなければ寒いわけでもない。風邪を引くことはないだろうと高をくくりながら落ちていく瞼に逆らうことなく眠りに着いた。


 夢を見た。それはきっと、幸せな夢だった。お母さんとお父さんに囲まれて、ずっと一緒に仲良く三人で暮らす夢。でも、なんでだろう。夢の中で私は、泣いていた。


 翌朝、レナはわずかな気配を感じて起き上がる。決して寝起きのいいレナではないが、この時は一瞬で意識が覚醒しているようだった。瞬時に体を起こし、辺りを見渡す。立ち上がって、さらに遠くを。

 そして、最後に後ろを振り向いた。そこには、驚き体を硬直こうちょくさせたおじさんがいた。


 レナは数回瞬きをした後、少し距離を取って頭を下げた。


『す、すみません! 驚かせてしまって』

「い、いやいや、こちらこそ。起こそうとしたら急に起き上がるから、びっくりしてしまったよ……。さて、出発しようか。朝ご飯は携帯けいたい食を用意しているから、馬車に乗りながらでも食べてくれ」

『あ、はい。分かりました』


 レナは恥ずかしそうに頭をいた後、おじさんの背に付いて馬車に向かった。

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