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Chapter3 Episode17 反省。

 三度目の反省室生活一日目。

 ウランさんからキールさんたちは既に出発したと聞いた時、良かったと思った。私のことなど気にせずに自分たちの仕事を実行してくれて良かった。あまり迷惑をかけることが出来ないと思っていたから、私のことなんて気にしないでいてくれた方がずっといいから。

 無理言って同行させてもらっているのに、何度も迷惑をかけられるわけもない。


「退屈ではありませんか、ドーナさん」

「ウランさん? どうしたんですか?」

「いえ、職務も一段落しましたし、お話しに付き合って貰おうかと思いまして」

「私と、ですか?」


 イアノシアのギルドの反省室は地下にある。牢獄とは違って檻なんかではなく、書斎のような作りになっている。役割によっては自習室とでも言えそうな部屋だ。その部屋を遮る木製の扉をゆっくりと押し開いて入って来たのは白い髪を肩口まで伸ばし、そのゆったりとした口調と同じように優しい微笑みを浮かべる男性、ウランさんだ。

 ウランさんは歳で言えば四十代一歩手前だろうか。数年前まではランクAの冒険者として活動していた凄い人と聞いた。実際、魔法使いとしての腕は先日の通り、容易く人を無力化できるほどにある。


「ええ。あなたは期待の新星ですからね。私があなたのような年の頃には、まだ師を仰いで教えを請いていました。私は十五で冒険者となり、そこから十数年をかけてランクA冒険者になりました。それも、十年足らずで引退してしまいましたがね。魔術の修業にばかり力を入れていたせいで、体力が持たなかったようです」

「そんなことありませんよ。ウランさんはまだまだ現役じゃないですか」

「そう言ってくれると、嬉しいものですね。けれどやはり激しい魔物との戦闘では足を引っ張ってしまうのですよ。ですので今の楽しみと言えば、月に幾度かの魔法演習での顧問と、こうして新人の冒険者とお話をすることくらいなのです。お付き合い、願えますか?」

「はい、私でよければ喜んでお引き受けいたしますよ」


 話し方のせいだろうか、ウランさんはおじいさんのような存在に思える。実際の年よりも少し老いて見えるのだ。失礼であることは承知の上ではあるのだが、曾祖母を知らず、父を失った私からしてみると、それはどうしようもなく居心地の良い関係のように思えた。


「私は昔にもあなたのような幼い冒険者を見たことがあります。あれは、十五年ほど前だったでしょうか。彼女は魔法使いでした。とても強く、逞しく、冒険者になってたったの五年でランクA冒険者に登り詰めた天才の持ち主でした。レイナ・クライヤと言う名前の少女でした」

「レイナ・クライヤ?」


 あまりに聞き覚えのあるその名前に、私は思わず息を詰まらせた。


「もう十数年前に冒険者稼業を引退したと聞きました。結婚でもしていれば、ドーナさんほどのお子様がいてもおかしくないですね。私より後に名を上げ、私より先に姿を消した。そんな彼女のことが、どうしても勿体なく思えてならないのです」

「その話を、どうして私に?」

「期待を押し付けているように聞こえてしまうかもしれませんが、私は一つ伝えたいことがありましてね。大したことではないのですよ? ただ、あなたには才能があります。才能があり、そして向上心があります。けれど、それよりも大切なこともあります。あなたは周囲からの期待に流されて、大切なものを見失うべきではありません」


 ウランさんは朗らかな笑みを浮かべていた。優しく笑い、遠くを見つめながら呟いた。


「体が駄目になるまで冒険者を続けた私からの助言です。つまらない説教としてでも、頭の縁に置いておいて下さい。それだけが自分の使命だなんて思わないでください。あなたにはいくつもの生き方があります。常に考え、やりたいと思えたことをやってください。私は冒険者として生きて後悔をしたことはありません。もちろん、クライヤさんも冒険者をやめて後悔なんてしていないでしょう。才能は使命とは違います。出来ることではなく、やりたいことをやって欲しいと私は思います」

「……ありがとうございます、ウランさん。気に留めておきますね」

「ええ。こんな老いぼれでよければ、またお話をさせてください。それと、お話を聞かせてください。相談事がありましたら、喜んでお引き受けしますので」

「はい、そうさせてもらいますね」


 レイナ・クライヤ。その名前について聞きたいと思ったけれど、今でなくてもいいとも思えた。今はウランさんの言葉の意味を、もう少し噛み締めて飲み込みたいと思ったから。大丈夫、時間は沢山ある。私にはまだまだ悩めるだけの猶予がある。


「では、私はこれくらいで失礼しますね。本日はお話しに付き合ってくださって、ありがとうございました」

「いえ、私こそいつもご迷惑をおかけします。もう来月には異動の時期になりますが、暇を見つけて遊びに来ますね」

「それは嬉しいことですね。けれど、あまりこの老いぼれの為に時間を使ってやらないでください。無論、必要としてくれるのでしたら喜んでご協力しますよ」

「ありがとうございます」


 それでは、と言ってウランさんはこの部屋を後にした。

 一人になった部屋の中で、私は設置されたベッドの上で横になる。マットレスは硬いし、布団は薄い。決して寝心地のいい環境ではないけれど考え事をするのには十分だ。


「やりたいことを、か。……レナは今、何してるんだろ」


 レナは、これは自分にしか出来ないことだと、だからそれをやらせて欲しいと言って街を出た。それはレナにとってやりたいことだったのだろうか。それとも、出来ることだったのだろうか。


「私のやりたいこと……それは――」


 呟こうとしたその言葉を遮るように、突然部屋の扉が開かれた。何事だろうとドアの方へと視線を向けると慌てた様子で肩で息をするギルド職員がそこにいた。


「ペルナさん! キールさんたちが!」

「キールさんたちに何かあったんですか?」


 慌てて起き上がる。ベッドを降りてドアへと近寄り、まだ息の整いきらない職員を問い詰める。


「それで、何があったんですか?」

「隣町に行く途中で魔物に襲われて……ブラインさんが重傷を!」

「っ!? でますからね! 後で文句言わないでくださいよ!」

「はい、外出を許可します!」


 慌てて部屋を飛び出してギルドの医務室へと走った。

 しかしどうしたというのだ。ブラインさんとてランクB目前の冒険者。隣町への護衛という比較的簡単な依頼でそう易々と怪我を負うような人じゃないはずだ。何か不慮の事態が発生したのだろうか。魔物に襲われたと言っていた。

 もしかしたら、デッドランドから魔物が攻め込んで来たのかもしれない。


「ブラインさん!」

「あっ、ペルナ! ブラインが!」

「話は聞いています! ……っ、酷い……」


 駆け込んだ医務室の一番手前のベッドの上でブラインさんは横になっていた。腹部が服ごと引き裂かれ、応急処置にか巻かれた包帯がじんわりと血に染まっていた。

 キールさんとニーナさんも寄り添って不安そうに見守っている。ニーナさんに関しては今にも泣きそうで、やってきた私の手を取って心細そうに強く握った。


「ペルナさんですか。ちょうどよかった。あなたには医療の心得があるそうですね。お手伝いしていただけますか?」

「ウランさん?」


 ベッドの向こう側で落ち着いた声音で言ったのは先程まで一緒にいたウランさんだった。恐らく治癒魔法が扱えるウランさんが治療に当たっているのだろう。


「傷口が大きいですが、私の魔法で出来るだけ塞いでみましょう。後のことはよろしくお願いします」

「分かりました。すぐに始めましょう」


 ウランさんがブラインさんの腹部に手を添え、詠唱する。それに合わせて浮かび上がった光がブラインさんの腹部を覆い、ゆっくりとその光を強めて行った。


「ね、ねえペルナちゃん、ブライン、大丈夫なんだよね!?」


 その様子を見守りながらニーナさんは不安そうにそう言った。よっぽど心配で仕方ないのだろう。その眼の縁には涙が浮かんでいた。


「大丈夫ですよ……必ず助けます」

「うん……うん、お願い」


 ゆっくりと二度頷いたニーナさんに出来るだけ柔らかい笑みを返す。

 手を繋いでいたけれど、体の震えは誤魔化せていたと思う。

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