Chapter3 Episode16 内乱。
にやけ面を浮かべた男を見てみれば、娘がいてもおかしくないような年齢の男だった。こんないい年した大人が、少し名の売れているだけの小さな女の子にいちいち幅を利かせて来る必要性が、果たしてあるのだろうか。
「る、ルドさん、あんまりペルナちゃんを怖がらせないでください。お願いしますから」
「んあ? 誰かと思ったらキールの所の女じゃねぇか。てめぇだって、ちょっとパーティーメンバーの名前が売れてるからって調子乗ってるんじゃねえぞッ!」
「いや、そんなつもりは全く……」
苦笑いしながらそのルドと言う男の相手をするニーナさんは、背中の後ろで私に行ってしまえと合図した。申し訳なく思うところではあるのだが、ここはニーナさんに任せておいた方がいいのかもしれないと思った。
ここはお言葉に甘えて、私は先に行かせてもらおう。
「おいおい、逃がすと思うなよ。俺はてめぇに用があるんだ」
「……あの、ルドさん、でしたか。私みたいな子どもに構うよりも自主練習でもしてはどうです? そっちの方が有意義だと思うんですけど」
「おいおい、人の心配してるのかよ。余裕があっていいこった」
「で、ですからルドさん、あんまりペルナちゃんを……」
「うっせぇなあ! 文句があるなら剣抜けやぁっ!」
急に声を上げて何事かと思ってみれば、ルドさんは顔を真っ赤にしていた。ああなるほど、この人お酒飲んでいるのか。通りで情緒が可笑しいわけだ。
「ニーナさん、行きましょう。構うものじゃありませんよ」
「へ? で、でもペルナちゃん、その……」
「てめぇ、舐めやがって!」
お店ではいつも、酔っ払いとは付き合うなと言われ続けていた。この場でもそれを実行しようと思ってそう言えば、どうやらルドさんは宿に来ていた酔っ払いよりも大分過激な人だったらしい。すぐに手を出されてしまった。
「危ない!」
そんなルドさんの拳を、ニーナさんが慌てて遮った。私を庇うように前に出たニーナさんはルドさんの拳を受けて少しよろけるが、その場で踏ん張ってルドさんを睨んだ。
「あの、小さな女の子相手にやりすぎですよ、ルドさん。酔っぱらっていたって許されませんよ?」
「はぁ? 調子乗ってんじゃね――」
この半年間色々あったし、成長や変化を繰り返してきたと思う。それに自分自身を知る機会もたくさんあった。でもやっぱり、色んな気づきの中で一番驚いたのは私が案外、喧嘩っ早いということ。と言うよりは沸点が低いということだ。
すぐに頭に血が昇ったり、すぐにその手が剣に向いたり。私のこの短気さは意外と馬鹿にならずこれ名で何度か迷惑をかけてきている。
そんなことを頭の中では考えながら、私はまた、剣の柄に手を触れていた。
「――っー!? てめぇ、何しやがる!」
「先に手を出したのはそっちですし、皮一枚切っただけですよ」
「んだとッ!?」
私はルドさんの頬を薄く切った。今更動きを止めている人への攻撃で手元を狂わせることはない。血の一滴たれることも無く振るった斬撃は、どうやらルドさんに火をつけてしまったらしい。
「ペルナちゃん!? る、ルドさんも! やめましょうよ! ギルドの中で争いなんて、良くないですよ!」
「黙ってろクソアマ! このガキ殺す、ぜってぇ殺す! 許さねぇぞゴラァ!」
「良いですよ、かかって来てください。私、構いませんよ」
「ペルナちゃんッ! もうやめてって! こんなところで戦う意味は――」
意味はないのかもしれないし、私がやっているのは馬鹿な事なのかもしれない。けれどやっぱり、私にはどうしても許せなかった。何よりも私の大切な人に手を出したことが、私には許せなかった。
ルドさんは察するにこのギルドでも有名な実力者なのだろう。周囲の反応がそれを物語っていたし、ニーナさんの腰の引け具合もそれを証明していた。それに何より、今こうして目の前で引き抜かれた剣とそれを成した動作のすべてが素早く、綺麗だった。
生憎私はどこかの流派に属しているわけでも、その手の人の太刀筋を知っているわけではないので詳しいところは分からないままだけどルドさんの動きは決まりきった型のようなものに見えた。そうでなかったら酔っぱらっているその体であんなに迷いのない動きなんて出来ないと思うから。
だけど、そんなことは関係なかった。
決まりきった型よりも、迷いのない動きよりも。この世界で絶対不変の力がある。それを私たちはネイチャーと呼ぶ。
「《捌く者》」
それは神に与えられた絶対的な才能のことを指している。
「は?」
「だ、だからペルナちゃん! 止めてってば!」
「はああぁっ!?」
私の一閃は確かに切り裂いた。しかしそれは人ではない。ルドさんの引き抜いた剣の刃を、根元から切断したのだ。
「どうします? その剣でも、まだ私と戦いますか?」
「ば、馬鹿な! だってこの剣はそんじょそこらの鈍らとはわけがッ!」
「持っている才が違うんですよ。私が新人でありながら持て囃されて、ちょっとは名前が広がった理由が分かったはずです。もう、止めてください」
「てッ、めぇーッ!」
酔っぱらいは更に激昂して拳を握った。武器を持つ私と、持たない彼。勝負は決していると一目瞭然であるというのに、彼はどうやら視界が塞がっているらしい。私は剣を正面に構えた。殺さないようにはどうすればいいかと考えた。
けれどどうやらそれは必要のない思考だったらしい。
「お二人とも、そこまでですよ!」
私たちの戦場に男の声が響いた。丁寧に放たれた言葉の後、ルドさんの体が何者かに拘束された。続いて、私の体も誰かに掴まれた。私がそれが何を意味するのか理解していたので抵抗はしなかったが、ルドさんは暴れで手を振り払おうとした。
「《風付催術》」
そんなルドさんはすぐに先程の声によって魔法をかけられ、気を失ったかのように脱力した。
騒ぎの元凶が沈黙したのを確認して、私はゆっくりと剣を仕舞う。改めて周囲を伺って先程の声の主を探してみる。そして見つけたのは、やはり聞き覚えのある声の持ち主だった。このギルドのギルドマスター、名前をウランさんと言ったはずだ。
「ウランさん、ご迷惑御おかけしますね」
「分かっているのなら控えてはいただけませんか、ドーナさん。ニーナさんもドーナさんを止めていただけると助かったのですが」
「うっ、そ、その、私はペルナちゃんに敵わないので……」
視界の端でルドさんが職員たちに連行されて行った。
「これで今月二度目です。刃傷沙汰にまで発展していないのが驚きではありますが、そろそろ降格処分も適応される段階ですよ」
「承知しています。どのような処分も甘んじて受け入れます。けれど、他のパーティーメンバーの方々には何の非もありませんので巻き込まないでくれると助かります」
「分かっていますよ。ニーナさん、三日です。ドーナさんをお借りしますね」
「は、はい……キール達になんて説明しよう……」
「度々すいませんね、ニーナさん。では、行ってまいります」
こちらに来てから三度目だ。私がこうやってギルド職員に連行されるのは。初めて騒ぎを起こした時は、手を出された側なのに理不尽ではないかと必死に抗議したのを覚えている。けれどウランさんに三日間のお説教をされたのもあって仕方がないことだと受け入れられた。
どうやら荒くれ者の多い冒険者でも、と言うよりはだからこそ規則は厳しいらしい。ギルド内での冒険者同士の争いはその被害によっても処分は違うらしいが、私の起こした事件程度なら三日間の反省室送りになるらしい。
慣れてしまえば、なんてことはない。




