Chapter3 Episode14 新旅。
「それじゃあ、話を聞かせてもらえるかい?」
一旦リビングの机に座ったレナの前で、レイは深刻そうな表情でそう言った。
シューとクリムも、どこか浮かない顔つきでお茶とお茶菓子を用意する。シューがレナの目の前にお茶の入ったカップを置くと、レナは小さく頭を伏せてお辞儀する。
「……まあ、レナにも事情がある事は良く分かっているよ。けれど、突然すぎると思うんだ。もしここにいられないというのなら、私たちはついて行っては駄目かな」
「そ、それはいいね! レナ様駄目?」
「うん! それならみんな一緒にいられるよね!」
言われて、レナは俯く。
私はここ最近レイさんと過ごすうちに学んだ魔法の数々を、そのすべてをマスターした。習得したその力を試したいと思ったのがきっかけだ。それからまず、私は何をしたくて家を出たのかを考えた。次に、どうしてここにいるのかを考えた。そして、何をしなくてはならないのかを思い出した。
私は、帰らなければならないのだ。ペルナさんの下に、帰らなければならない。
レナは、それをどうやって伝えればいいのか分からなくなっていた。言葉は通じない。そもそも言葉を話せない。会話にならない、意志疎通がままならないのだ。自分の考えをたった一つの誤りもなく伝える手段など、レナは持ち合わせていなかった。
レナがそんな風に考えていると、レイは静かに瞼を下ろした。
そして、ゆっくりと開いた。
「レナの考えていることはなんとなく分かった。……レナには帰る場所があって、帰らなければならないんだね。それはそうか。私に大切な人がいたように、そしているように、レナにもいるはずなのだから」
「そっかぁ……レナ様にも帰りたい場所があるんだね」
「そうだよね。レナ様、人間だし」
「そんなレナに、私たちがついて行くわけにもいかないか。私たちはいわゆる人外、人ならざる存在だ。街中に溶け込むことが出来ても、真の意味で仲間になることは難しいだろう」
レナは目を見開いた。レイは心を読めるのかと、そう驚いた。
「ああ、そんなに驚かないでくれ。私は他の生物たちを取り込み、能力を得ていく中でテレパシーのようなものを扱えるようになってね。人の意図を多少見抜くことなら出来るようになったんだ」
「そうそう! だからレイ様は、レナ様の考えていることもちょっとだけ分かるんだよ!」
「レナ様ともお話しできるってこと! レナ様! もっとレイ様とお話しして!」
「そうは言っても、レオが強く私に伝えたいと思った時に、私が強く知りたいと思わなければ使えないくらいにひ弱な能力だ。正確ではないし、あんまり使い勝手のいいものでもないんだけどね」
それでも凄いと、レナは素直にそう思った。だってそうだろう。今までは微かにでもレナの心を読める者はいなかった。いや、レイナやリディアであれば仕草や視線である程度のことを理解してくれたかもしれない。それでも、相手に察してもらわなければいけない苦痛だった。
レナ自身、それでずっと窮屈な思いをしてきたのだ。
「つまりなんだ。私は君の言わんとしていることを理解したし、先程までの興奮を反省しているんだよ。すまなかった。レナには嫌な思いをさせてしまったね」
そんなことはないと、レイは首を横に振る。
「そう言ってくれるのなら私も嬉しい限りだ。……さようならではない、そう思って良いんだろう? また会おうと言っていいのだろう? だったら明るく見送ろう。そうしてやるのが私の義理ってやつだ」
「そうだね! レナ様、またね1」
「寂しいけど、分かったよ。元気でね!」
シューは元気にそう言って、クリムは少し俯きがちに、それでも顔を上げて見送りの言葉をかけた。レイは、晴れやかな笑みを浮かべていた。
「レナ、約束だ。また会おう。いつか、どこかで」
レナのその言葉に、レイは深く頷いた。
そこに言葉は要らなかった。
場面は移り、時は変わり、転換した状況は物語のページを再び進める。
そして視点は今一度、ペルナ・ドーナのものになる。
「ええっ!? レナが精霊の森に向かった!?」
ああ、どうしてペルナ・ドーナの視点か気になる人も少なくないだろうが、簡単だ。彼女には一度この物語の一幕を主なる視点で語ってもらっているからね、都合が良いんだよ。ちなみに、今この場の語り手はもちろん私、ヘルナ・イヴェルナだ。
思ったよりも再開が早かったね。でもまたさようならだ、この一文で私は去る。ああいや、どうせならレナたちに合わせようか。
読者の皆様方、また会おう。
「……伝えるのが遅くなったのは、レナに口止めされていたからだよ」
キールさん、と言ったはずだ。ニーナさんのパーティーメンバーで、そのリーダーらしい。
「すまなかったな。レナが、言ったら止められると言うからな」
「レナちゃんにしか出来ないことだった、んだよねきっと」
ブラインさんが苦笑いを浮かべニーナさんが難しそうな表情を浮かべて神妙に頷いた。
「詳しいことはまだ上司に口止めされていてな。話せることはあまりないが、レナの提案でとある作戦を実行してな。それに必要なことだったんだ」
「そ、そうだったとしても精霊の森って言ったら、あの荒野の向こう側ですよね? レナ一人でなんて、危なすぎますよ!」
「落ち着いてくれ。確かに危険は多いがレナは実力者だ。ギルドに現存している戦力の中で一番優秀だった。それに今回の任務の内容的にもレナが適任だったんだよ。事情と実力を考慮した結果、そしてレナが立候補した結果こうなった。納得できない気持ちはわかるが、理解できないわけじゃないだろう?」
「それは、そうですけど」
宥めるようなキールさんの口調に、私は悔しさで顔を歪ませながら俯くことしか出来なかった。だって仕方がないじゃないか。キールさんの言葉ではないけれど、レナは凄い。私と大して年は変わらないのに魔法使いで、その才能だってギルドで買われるほどだ。
今回の件も、もしかしなくても本当にレナでなければ出来ないことなんだと思う。
「でも、でもそんな危ないこと、レナみたいに小さな女の子にさせるようなことじゃない」
「……俺たちだって、そんなことは分かってるんだよ。言い訳にすらならないけどな」
「そうだね。やっぱり私たち、レナちゃんに頼り過ぎていたよ」
「この前の一件もあってではあるが、どうにも期待しすぎている面は否定できない。どうしたって期待しすぎていることも認める」
「だったら、どうして」
止めなかったのか、って言いかけたのを飲み込んだ。
私は幼いし、知らないことも色々ある。だけどみんなが本気で止めたい、って思わなかったわけじゃないことくらいなら私にも分かった。
あまり物分かりの良くない子どもを演じることは私には出来なかった。
「……ペルナちゃんは今何歳だっけ?」
「突然どうしたんですか? 私は、今年で十二歳ですけど」
「だったらさ、ペルナちゃんも冒険者になってみない?」
「え? 私が冒険者、ですか?」
「うん、どうかな」
冒険者になってみないかって、どういうことだろう。ただのお誘いとは思えない。今の会話の流れを考えるにレナと何か関係がある、のかな。
「良く分からないですけど、冒険者になると良いことがあるんですか?」
「少なくともレナちゃんの気持ちが分かったりするかなって」
確かにそうかもしれない。私だって冒険者になりたいって思ったことはある。レナと一緒に世界を見てみたいって思ったことはある。もしかしたら今がその時なのかもしれない。
「私、冒険者になりたいです」