Chapter3 Episode12 茶会。
さて、あまり久しぶりではないかもしれないが、今回の語り手はこの私、ヘルナ・イヴェルナが担当させてもらう。なに、難しいことはない。現在喋ることのできないレナに代わって私がレナの考えを伝える、それだけのことだ。そう言うわけなのでご清聴願おうか。
えっと、どこからだったっけ。あ、そうそう、荒れた大地、デッドランドの一角を治めるキメラ、レイの下を離れようとしたところだったか。
ああ、本題に入る前に語っておきたいことがあった。以前レナたちが精霊の森を抜け出してすぐに遭遇した悪魔、種族をサキュバスとするスキナ・スキルナについてだ。彼女もまた、レイとは深い関係にある。既存の事実を省くとして、まずはスキナ・スキルスについて、少しだけ。
彼女の生まれはサキュバスだ。悪魔の中でも下位の存在、弱小種族と言っても差し支えない。
悪魔の住まう異界には悪魔たちの好む魔力で満たされており、食事を必要としない。しかし現世はそうもいかない。悪魔たちは人間や魔獣と言った生き物を餌にして生存することになる。
そんな中サキュバスは現世の生物相手にもまともに争うことが叶わないほどの弱小種族。そのためサキュバスは生物に睡眠を促す幻覚を見せ、寝込みを襲う。そう言った手段で生存している種族。
しかしながらスキナ・スキルスだけは違った。圧倒的頂点、絶対的捕食者、最強的実力。彼女は悪魔たちの中でも最上位に位置する戦闘能力を保持する、唯一無二の存在だ。そんな彼女の力の秘密を、ネイチャー:《刈取者》と言う。
彼女はサキュバスが本来操る幻覚を見せる能力を代償として、殺した命に宿る力のすべてを我が物に出来るようになった。寿命を、魔力を、技術を、記憶を。そのすべてを我が物とし、力を得て来た。そうして力を蓄えてきた。
そんな彼女が生まれてから、既に千年近い時が経っている。正確に言うと、彼女は今年で九百五十歳を迎えることになる。本来のサキュバスの寿命が五十に満たないことを考えれば、彼女は九百年分の寿命を刈り取ってきたことになる。
「って、どうして君はそんなことを知っているんだい?」
「そう驚くなよ、ヘルナ。私が誰だか忘れたのか? スキナ・スキルスに並ぶ最強の悪魔の一人、オンリーを招いたのは君ではないか」
と、オンリーは表情のない顔に紳士な笑みを浮かべた。
おっと、紹介が遅れたね。ただいま自己紹介を貰った通り、彼はスキナ・スキルスに並ぶ最強の悪魔の一人、オンリーだ。典型的な悪魔の生まれで、その様相は、そうだな。以前精霊の森でレナたちを襲った悪魔を大きく逞しくして、威厳溢れるマントを着せた、そんな感じだ。
一つ相違点を上げるのであれば、彼には長く黒い長髪が生えていた。
「しかし、君が私に知恵を求めるとは、いやはや驚いたよ。まあ、それも話を聞いてみれば納得だ。君のお気に入りに関することなのだろう」
「その言い方は感心しないな、オンリー。それではまるで私がレナのことをペットのように扱っているみたいではないか」
「おお、これは失敬。失言だったようだ、謝ろう」
「分かってくれたならそれでいいさ。それより、どうしてオンリーはスキナ・スキルスの年齢を知っているんだい? 彼女、君とは生まれが違うだろう」
いずれはこのオンリーと言う悪魔についてのお話もさせてもらうことになるだろうが、今回は省かせてもらおう。オンリーは私の言葉を聞きながら愛読書を閉じ、虚空に仕舞う。そして私の対面に用意された椅子へと腰掛け、足を組む。
私の淹れた紅茶を一口含んでから、厳格な態度で私に応える。
「なに、簡単なことだ。魔界を後にしてから久しいが、これでも実力者でね。魔界からの情報はそれなりに入って来る。スキナ・スキルスほどの有名人であれば多少の知恵を備えておくのは不要なことでもあるまい? 逆に、最も活動盛んな調停者であるヘルナが存じていなかったことに、私は少し驚きを覚えたよ」
「仕方がないだろう。私は悪魔とはあまり縁がないのだ。唯一良縁を築けていると思われる君は、あまり私にペラペラと雑学を披露してくれる質でもないしね」
「なるほどな。理解した。では今しばらく、スキナ・スキルスについて私の知り得ることを話そうではないか」
「ああ、頼んだよ」
オンリーは再び紅茶を飲んでから、私に語った。
そう言うわけでここからはオンリーからの受け売りだ。あれでいて彼は信用できる悪魔、内容の信憑性については保障しよう。
オンリーに聞いたところによると、彼女とレイとの関係はこんな感じ。
約四百年前のこと。
スキナ・スキルスがいつもの如く力を求めて現世を徘徊していると、他の悪魔たちからとある話題を聞きつけた。最近、魔界の悪魔たちがこぞって襲う不可思議な力を扱う集団がいる、と。それに興味を惹かれてスキナ・スキルスが向かった先が、当時レイたちが身を置いていた地だった。
そこでスキナ・スキルスは、七十二体の未知の生物たちと会合する。それがキメラ。それをどうやら人が作ったと聞き、摩訶不思議だと思ったのだろう。彼女は他の悪魔たちがキメラたちと何年にも渡る戦いを続けているのを、傍から見ていたという。
観察し、楽しんでいたという話も聞いたらしい。しかし、彼女自身の行動理念などあの身勝手さだ、知る由もない。ただ確かなことといえば、スキナ・スキルスは突然行動を起こし、一晩にしてすべてのキメラを殺しつくしたということ。それと同時に、キメラを襲っていたすべての悪魔もまた消え去ったということ。
当時より他の悪魔たちと縁遠かったオンリーが現地に向かったのは争いが終わったから五年後のことだったという。そこにあったのは、たった一つの巨大なクレータだった。とても七十人を超える知的生命体が過ごしていた痕跡など、見つけることは出来なかったらしい。
「つまり、跡形もなく消し去ったわけだ」
「そうなるな。しかし、今でもキメラたちの一人、後期魔王にして序列五位、レイが残っている。運良く生き延びたのか、はたまた生まれ変わりか」
「……ちょっとオンリー、そのワード、まだ私は読者に語っていないんだけど」
「む? どれのことだ?」
「後期だとか魔王だとか、序列だとかの話だよ」
「おお、これまた失敬。ヘルナの物語に泥を塗ってしまったようだ」
「まあ、レイとスキナが登場して、君をこうして語り手として招いた時点で、遠くないうちに話すつもりだったからいいだろう」
「寛大な心遣いに感謝するよ、ヘルナ」
さて、どうやらオンリーが口を滑らせたので、一旦区切りの着いた話を保留として魔王の話をしようか。
今ではありふれた言葉だ。魔の王と書いて魔王。物語では往々にして悪役として担がれる存在である。私たちの世界にも勇者の冒険譚があるが、その最終章で悪魔は勇者に切り伏せらる。
オンリーが語った通り、レイは魔王の一人だ。そう、一人。今、世界情勢は完全に二分化しており、片方が人間生存圏。そしてもう片方がそれ以外の生存圏。それ以外、の方にも国や秩序はあり、それぞれの集団に王がいる。人々はそれを魔王と呼んでみたり、強大な力で以て人々に害をなす存在を魔王と呼んだりしている。
そして私たちの中では、個の強大な力で人類に害をなす魔王を前期魔王、国や集団に起因する魔王を後期魔王と呼ぶようになった。
その内、レイは後期魔王に属し、デッドランドの一部を統治している。
「おっと、もうこのような時間か。ヘルナよ、次の来客があるのだろう? 私はこれで失礼するよ」
「ん、なんだい、帰ってしまうのか? 君のまいた種だ。魔王についての解説くらい、協力してくれよ」
「そうは言ってもいられない、私は彼女に嫌われているのでね。彼女もまた魔王なのだし、よろしく言って置いてくれれば助かる」
「まったく、しょうがない悪魔だ、君は。いいだろう、帰りたまえ」
「そうさせてもらおう。では、失礼するよ」
立ち上がり、深々とお辞儀したオンリーの体が黒い霧となって霧散する。直後、部屋の扉がノックされた。




