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Chapter3 Episode9 小悪魔。

「きき、はは、きゃははははっ! お姉さんたちやっと来たんだね!」


 嬉しそうな笑い声を上げながらレナたちを出迎えたその悪魔は、にやついた笑みを隠すことなく喋り続ける。


「先にしもべ君が入ってった時はびっくりしたけど、ちゃんと倒してきたんだね!? きゃはははは! しもべ君のざーこざーこ!」

「悪魔、五月蠅い!」

「笑うな!」

「きゃはははっ! 僕に文句言ってるの!? 怖いもの知らずのざこ魔物っ! いいよっ! 相手してあげる!」


 先に辿り着いていたシューとクリムが悪魔と対話するのを聞いていたレナは、もしかしなくても始まりそうな戦闘を前に、どうしたものかと思わずたじろいてしまった。今しがた、レナは確かにあの悪魔に名指しされた。

 しかし現在悪魔に相対しているのはシューとクリムだ。先程の悪魔との戦闘での疲れ、そして自分自身の身に起こった異変への疑問。何よりミナに託された剣。様々な物を抱えた今のレナは、思い切って動くことが出来ないでいた。


 だからただ、シューとクリムが必死に戦うのを見ているだけが限界だった。


「きゃはっ! 僕の名前はスキナ・スキルス! 見ての通り悪魔だけど、生まれはサキュバスなんだっ!」


 スキナと名乗った悪魔は絹のような白髪と褐色の肌を持つ幼げな悪魔。先程森の中で遭遇した悪魔と違って完全な浮遊能力を持つらしく、今も宙を舞いながらっきゃっきゃと赤子のような純粋な笑顔を浮かべている。

 笑うと薄く閉じられる瞳には様々な色が籠っている。角度によって色とりどりに変化するその眼が何を捉えているのか。地上から見上げることしか出来ないレナには計り知れないでいた。


「じゃ、行くよ! きゃははははっ!」


 スキナは笑いながら勢いよく滑空し、シューとクリムに向かって襲い掛かる。

 すでに構えはとっていた二人だったが、そのあまりの速度に反応が遅れる。スキナが両腕に握った剣を両腕の硬い鱗で防ぐのが精いっぱいとなった。しっかりと防いだ斬撃は二人の後方を通って再び宙へと昇る。

 シューが負けじと地面を蹴ってその背を追う。


「飛べるのはお前だけじゃない!」

「きゃはっ! なにっ!? お空も飛べるの!? すっごーいっ!」


 嬉しそうに笑いながら上昇するシューへ振り返ったスキナは両手の剣を虚空へ消して代わりにスキナ自身よりも大きな剣を両手で握った。


「はいっ! どーんっ!」

「きゅっ!?」


 そしてそれをすぐ下のシューへと振り下ろす。舌を嚙みまいと強く口を結んだシューは小さな悲鳴と共に地面に叩きつけられる。爆発音のような音と共に地面にめり込んだシューの周りには砂埃が大きく舞った。


「シューッ!? このっ!」

「きゃはっ、怒っちゃったっ!? きゃはっ、きゃははっ!」

「死ねっ!」


 それを見て激昂したクリムも宙へ駆け上がり、スキナへと急接近する。レナはその様子を心配そうに見上げながらも、叩きつけられたシューへと駆け寄る。レナは魔法で風を起こして砂埃をどかし、良く姿が見えるようになってシューを覗き込んだ。背中から地面に叩きつけられてはいるが血は流れておらず、苦しそうに唸っているが息はあるようだ。

 それを確認したレナが安堵の息を漏らすのもつかの間、すぐ背後で先程シューが響かせたような轟音が再び鳴った。恐る恐る振り返れば、そこでは恐らくスキナに叩きつけられたのであろうクリムが咳き込んでいた。


 クリムもシュー同様に生きてはいるようだが、どちらも立ち上がれるほどの体力は残っていないらしい。慌ててレナが空を見上げると、そこでは太陽を背に揶揄うような笑みを浮かべたスキナが見下ろしていた。


「きゃはははっ! ざこ魔物にしては強かったけど、僕には勝てないかな~。ねっ! お姉さんが一番強いんでしょっ!? その剣、勇者の剣でしょっ!? 僕と戦おうよ! きゃはっ!」

「……」


 レナはじっとスキナを見つめる。

 ゆっくりと、その手を剣に向けた。柄を握り引き抜いた姿を見てスキナは笑みを含めた。


「きゃははははははっ! いいねいいよその眼好きだよ! やる気になった本気になった、そんな姿を僕は気に入った! きゃはははっはっ! さあおいでよ! お姉さん、空だって飛べるでしょ!?」

 

 レナは無言で剣を構えると、空いた左手を地面に向けた。僅かにかがんだ姿勢を取って、直後、左手から大きく大気が揺らいだ。


 スキナは予想していなかったレナの行動を前に一瞬固まる。その一瞬はレナの体が強力な風魔法によって浮き上がり、スキナの体を剣が捉えるには有り余る時間だった。


「きゃっ、はっ!? お姉さん、凄いよお姉さん! 僕、今の見切れなかった! お姉さんやっぱり最高だよ!」


 レナの剣がスキナの腹部を捉え、黒い液体が辺りに飛び散った。スキナの背中からは確かに剣の刃が覗き、それが貫通していることが分かった。しかしスキナは余裕の表情を浮かべている。風魔法の影響が消え、自然落下を始めた体に剣を引き寄せながらレナは困惑の表情を浮かべた。

 確かに勇者の剣などと言われた一振りが、その腹部を貫通したのだ。ああも元気に言葉が出るはずがない。一瞬の油断もすることなく、レナはスキナを見上げながら落下する。着地の瞬間に風を起こして安全に着地し、剣に着いた黒い液体を振り払った。


「きゃはっ、きゃははははっ、きゃはははははははははははははははははははっ!」


 スキナは高笑いした。それはレナの鼓膜を容易に引き裂きかねないほどの絶叫だった。大地が揺れ、大きな岩々にはひびが走った。空に浮かんだ雲は散り散りになり、レナも自身に襲い来る騒音を魔法で打ち消しながらも、防ぎきれなかった轟音に思わず身を引かせた。


「きゃはっ、きゃはっ、きゃはっ……きゃははっ、でも残念だねお姉さん。お姉さんは勇者の剣を使いこなせてないみたい。もしお姉さんが選ばれし者だったら、僕死んでたかも」

 

 スキナは何でもない風に宙に浮かび、少しだけ低くなった声音でそう告げた。腹部に開いていた穴は徐々に塞がって行き、その瞳孔に宿っていた光が闇に染まって行った。


「がっかりだよお姉さん。けど、良いんだ。お姉さん強いから。少なくとも僕を楽しませてくれるくらいには強かったし。そっちの魔物は要らないけど、お姉さんは欲しいかも」


 レナは困惑するように瞳を揺らす。そして僅かに手元の剣に目を向ける。そこには、装飾こそ華やか、刀身は輝いており何の欠点もない一振りが。なれど、業物と言うだけでごくごく平凡な剣が自分の手に握られているだけだった。


「駄目だよ、よそ見は」

「っ!?」


 レナの耳元でスキナの声が、重低音が響いた。レナは咄嗟に剣を掲げて防ごうとするが、スキナは構わず両手で握ったロングソードを横に薙ぐ。

 その衝撃を剣で吸収しながら、しかし抑えきれない勢いに押し負けそうになったレナは咄嗟に後ろに飛ぶ。それでも殺し切れなかった威力はレナの体を軽く宙へ浮かせ、十メートル以上離れた岩壁へとその小さな体を叩き付ける。


 岩壁が砕け、崩れた岩々がレナの頭上に降り注ぐ。背中を強く打ち付けられながらも意識を保っていたレナは慌てて背後に風を起こして身をどかす。すんでのところで降り注いだ岩々をかわしたレナは、しかしうつ伏せになって動けずにいた。


「うんうん、お姉さんはよく頑張ったほうだと思うよ。人間の体で無詠唱魔法を唱えてみたり、剣の扱いも上手い。戦い慣れてるわけでもなさそうなのに臨機応変に対応できてる。十分優秀で、素質がある……でも、それが憎い。だからごめんね、きゃはっ」


 最後にクシャッと笑って見せたスキナの顔を見上げながら、レナの僅かに残っていた意識は消え去った。

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