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Chapter3 Episode7 目覚。

 レナはダガーを握り、鋭い眼光を悪魔へと向けていた。

 桃色を纏った全身は、悪魔が纏う黒い霧に触れることはなく、拒まれることもない。


 そのダガーの刃が悪魔の首を捉えたかと思われた直後、悪魔は咄嗟に一歩引く。振り下ろされたダガーは悪魔の肩口を捉え、切り裂いた。

 距離を取った悪魔の肩口から黒い霧が勢いよく溢れ出し、悪魔は苦痛に顔を歪める。


「ぐっ、がああがあがぁぁっ! これは、ただの魔力でない! まさか、聖なる魔力だとでもいうのか!」


 悪魔は霧を操って傷口を覆い、憎めしそうに姿勢を直したレナを睨む。


 全身から溢れる桃色の光は天へと向かって薄くなる。しかし確かにそれは在った。

 髪の先端が桃色に輝き、瞳も桃色に染まる。それはレナ。希望を表す言葉を冠した魔石の、その色そのものだった。

 言葉無き少女は。静かに悪魔を見据える。


「レナ様、合わせます!」

「レナ様、頼みます!」


 シューとクリムも表情を切り替えて悪魔を見据える。ちょうど悪魔を三角形に囲むように立った三人は、真っ直ぐな殺意を悪魔へ向ける。


「生意気なッ! この程度で勝ったつもりになるな!」


 レナは桃色に輝くダガーを逆手に握り直す。そして、左手に魔法陣を浮かべる。


 《火付爆術(かふばくじゅつ)》――ッ! 


 心の叫びが虚空に響き、魔法を形を成す。

 レナの体を丸ごと覆いつくすような炎の塊が姿を現し、レナの左手が振るわれるのに合わせて悪魔へ向かって放たれる。


「無詠唱で魔法を使うか! 高々人間が、我らの真似事を!」


 レナの放った火の球は悪魔の黒い霧に阻まれて散り散りになる。周囲の木々へと飛び火するが、それらは燃え移ることなく消えて行く。

 

 レナは掻き消された炎の影から姿を現して悪魔に再び肉薄する。


「っ!? 小賢しい!」

「忘れて貰ったら!」

「困るんだよ!」

「ッチィっ!」


 悪魔の足物から地面を蹴り、レナはダガーを悪魔の胸元へと向ける。それを見て一歩下がろうとした悪魔の背後からシューとクリムが攻撃を仕掛ける。

 悪魔はレナの攻撃が一番危険度が高いと判断したのか黒い霧を前方に集中させる。それによってレナの攻撃が少し遅くなり、その隙に悪魔は一歩下がる。しかし霧が薄くなった背後にはシューとクリムの爪が襲い掛かる。


「「はあぁぁっ!」」

「ぐっ、がっ!?」


 それらをまともに食らった悪魔は短く息を吐き、表情を歪めながらも霧を集めて二人い放つ。二人は咄嗟に距離を取り、悪魔もその隙に背後に飛んだ。

 しかし、レナは攻撃の手を緩めない。攻撃を躱されて逃げた勢いをすぐに下半身へ集中させ、足のバネを活かして一気に悪魔へと距離を詰める。


 悪魔は確かに足を宙へと浮かしているが、それは空を自由に飛べるからではないらしい。シューとクリムから距離を取るために一歩後ろへ飛んだ悪魔は着地の瞬間を狙われて躱せる姿勢ではなかった。それはレナの跳躍力を侮っていたのも原因だろう。レナのような小さな体でレナの背丈の二倍近くある悪魔の跳躍に追いつけるわけがないと高を括っていた。

 それは、悪魔にとって致命的な判断ミスだった。


「クソがッ! 私が、こんなところで!」


 そう言って悪魔は全身へと力を込め、体の輪郭を失いながらも黒い霧を生み出した。それが増えれば増えるほど、悪魔の肉体は細くなり、脆くなり、しかし霧は厚くなる。悪魔の肉体は辛うじて人型の輪郭を保つ程度になり、代わりに黒い霧はまるで光を通さない一メートル近くの分厚い壁となる。

 レナが短いダガー一本しか持っていなことを思い出し、悪魔は口元に笑みを浮かべる、まだその表情には焦りが残っているが、それでも勝機を見失ってはいなかった。


(この壁を抜けられたとして、勢いは殺せるはずだ。そこに極大の《魔界之炎(ヘルフレイム)》を食らわせてやる!)


 木の枝のように細くなった両腕に、今までにない大きさの黒い炎を固めながら悪魔は壁の向こうにいるはずのレナを待つ。レナは確かに全力の魔力を足に込め、そして跳躍してきた。この壁を破壊するにせよ大回りするにせよ、その勢いは必ず殺される。その隙をついて返り討ちにする。それが、悪魔の算段だった。

 そして、ちょうど悪魔の計算が正しければレナが黒い壁へと到達するはずのタイミング。


 桃色の光が、黒い壁を突き抜けて輝きだした。


「っ!? これはッ!?」


 思わず慄いた悪魔の目の前に、そこあったはずの大きく厚い黒い壁はなかった。そこには桃色の光を全身に宿したレナが、それ以上の桃色を宿すダガーを眼前に構え、悪魔の心臓目掛けて構えているだけだった。


「クソッ!」


 レナの勢いは殺されていなかった。それこそ、その壁に何の意味もなかったかのようにいとも容易く抜けて来た。しかし悪魔もその壁に絶対の自信を持っていたわけではない。予想を超えてはきたが、既にその両手にはレナを一撃で絶命させるほどの威力を持つ炎を二つ抱えている。


 悪魔は悪態つきながら右手の炎をレナへと投げつける。レナはそれを余裕の表情で目で追う。一瞬勢いを緩めて足を付き、再度魔力を爆発させて加速する。《魔界之炎(ヘルフレイム)》が着弾するよりも早く悪魔の懐へ入り、炎の爆発を使ってさらに勢いを増す。

 そして、レナの握ったダガーが悪魔の胸元を貫いた。


 悪魔は思わずどす黒い液体を口から吐き出し、胸元から今までなかったほどに勢いよく黒い霧を放った。それはまるで鮮血のように飛び散り、木々に触れて消えてなくなった。


「このッ、畜生があああぁぁぁぁッ!」


 悪魔は叫び声を上げながら左手の炎を掲げ、がら空きになったレナの背中に叩きつけようとした。


「させないよ! クリム!」

「守るんだから! シュー!」

「「せーのっ! がおおおぉっ!」」


 しかしそれよりも早くシューとクリムは動いていた。一瞬の間にレナに追いついていた二人は、大きく息を吸い込んで叫び声を上げた。それに合わせてシューの口からは真っ赤な炎が、クリムの口からは大量の水が噴き出されていた。

 それらは黒い炎のすぐ近くでぶつかり合い、大きく爆ぜる。悪魔の頭上に掲げられていた炎は爆ぜ、悪魔の顔を焼く。


「ぐっ、がうぁっ、たぁっ!? 鬱陶しいんだよ!」


 それでもなお抗い続ける悪魔は、そう叫んで黒色の霧を集め出す。そしてその先端を鋭くさせ、レナの背中に向ける。


「レナ様!」

「危ない!」


 黒い霧がレナの背中へと向かい、その皮膚を引き裂くかのように思われた直後、レナから溢れる桃色の光に触れてそれらは消えた。段々と大きくなる光に包まれ、黒い霧は端から消えて行く。


「何が、何が起こっている! これは、こんなものは! ッ!? まさかこれは、《聖域之魔法レナ・ゾーン》だとでもいうのか!」


 そうだ、とそれに答えるようにレナはさらに目を細め、悪魔の心臓へと突き刺したダガーに力を込める。捻り、抉り、絶命させんと突き立てる。


「離れろ! 私から離れろ! 離れるんだあああァァァッ!」


 悪魔が幾度となく黒い霧を生み出し、《魔界之炎(ヘルフレイム)》を発動しようとしてもそれらは生まれた端から消えて行く。顕現する度、レナに吸収されて行くのだ。


「「レナ様、行っけええぇぇぇっ!!」」


 シューとクリムの声援が響き、それを燃料にしたかのようにレナの光は燃え広がって行く。レナを完全に覆い、悪魔を覆い。やがて視界を塞ぐほどに濃い桃色になって行く。それは悪魔の体を焦がすようにじりじりと焼き、吸い取って行った。


「やめろっ! やめるんだっ! 私はこんなところで死んでいいような存在じゃない! 私は――ッ!」


 その全身を焼き尽くされ、悪魔は塵となって消えた。やがて限界を超えた色を手に入れた桃色は白へと変わり、程なくしてから散在した。そしてそこにはたった一人少女が佇むだけとなった。


「レナ」


 ミナがぽつりと呟き、それを最後にその場はしばらくの静寂に包まれた。

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