Chapter3 Episode3 魔物。
「さあ、入って」
『お邪魔、します?』
「ん、じゃま」
レイに案内されてレナとミナは荒れ地にポツンと建ったウッドハウスへとやって来た。殺風景な荒野に立っているにはあまりに目立ちすぎる設計の建物だったが魔物たちが集まってきている様子もなく、静かで落ち着いているように見えた。
「まあ、適当に座って置いて。すぐにお茶を入れさせるから」
『は、はぁ……』
「ん」
戸惑いを隠しきれないレナと違い、ミナはすぐそこにあった椅子に腰掛けて机に両手を広げてくつろぎ始めた。レナはミナのその様子にも戸惑いながら、ミナの隣の席に座った。
それからしばらく静かにレイを待つ二人だったが、一つの扉が開かれたその奥に居たのは別の相手だった。
「あ! お客様だ!」
「本当だ! お客様だ!」
「いらっしゃいませ!」
「っしゃいませ!」
そう言って元気に飛び出したのは二人組の瓜二つの少女だった。片方が黄色の髪と瞳、それらに寄せた服。もう片方は黄色い部分をそのまますべて茶色にしたような感じ。
「「カスタード、ホイップ!」」
「シューちゃんと!」
「クリムちゃんだぞっ!」
二人は腕を組んでポーズを取り、声を揃えてそう言った。聞いた感じだと、自己紹介だろうか。黄色い方がシューで、茶色い方がクリム。二人ともレナより頭一つ分ほど小さい幼い少女だ。
丸々とした童顔で、身に纏ったフレアスカートはあまりにも大きく膨らんでいて派手過ぎるほどだ。それは噂に聞くメイド服と言うものだろうか。給仕らしき服装を着ている。
目がクリクリとしていて大きく、指の一本一本まで真っ白で生クリームの様だった。
「ねえねえ、どこから来たの!?」
「レイ様はどこですか!? あ、今お茶菓子をお持ちしますね!」
「クリム、そうだね! 今お茶を淹れますからね、お客様!」
騒々しく立ち去って行った二人組に対して一言も返すことが出来ないまま、唖然としてしまった私。そしてまるで動じなかったミナ。再び静まり返った部屋の中に、今度こそレイが扉を開く音が響いた。
「あの、もしかしてメイドの二人組が来た?」
先程二人組のメイドが通ったのと同じ扉を通って来たレイは少し気不味そうな顔を浮かべながらレナたちの方へと歩いて行った。
『……ええ、来ましたよ。お茶菓子を持ってきてくれると言って去って行きましたが』
「あ、そう? なら帰って来るのを待てばいいかな」
レイは少し安心したような笑みを浮かべながらレナの対面へと座った。
「どう? 騒がしかったでしょ」
『ああ、はい。騒がしかったです』
「家のことをやってくれるお手伝いさんでね。見た目はああだけど、百二十年は生きてる二人だから。まあ、仲良くしてあげて」
『百二十年……人間にしか見えませんでしたけど、長命種ですか?』
「ああうん、スライム」
スライム。そう、レイはスライムと言ったのだ。
『スライム、ですか?』
「うん。と言ってもアークスライム。スライムの変異種でね。人型並みの知性を得て魔力で自分の体の形状を操作できるようになったんだ。それで人型。服装も自由自在。あんな可愛らしい顔してるけどドラゴンにだってなれるしヘドロみたいな姿も取れるよ」
『とんでもないですね。いえ、それはそれとして話を聞く限りだとレイはもっと長命なようですね。おいくつですか?』
「ねえレナ、突然呼び捨てなのはいいとして最初から年齢を聞くなんて失礼じゃないかな?」
『そんなことを気にする質だったのですね』
「それこそ失礼だねレナ」
レナはレイに対して段々と遠慮が無くなっていた。
それはレイの砕けた態度にあるのか、レナがその場にどこか親近感を覚えていたからなのか。
「お待たせしました!」
「お茶を淹れてきましたよ! あ、レイ様! お帰りなさいませ!」
「なさいませ!」
それから間もなく帰って来たメイド二人組は、レイに挨拶をしながら机の上にお茶とお茶菓子を並べた。
「お召し上がりください!」
「ください!」
ぐっ、と拳を握ってレナたちに熱い視線を送るのは、恐らく並べられた品々がシューとクリムの手製だからだろう。レナとミナからの高評価を期待しているというわけだ。
レナは若干の疑いの目を向けながらも、これだけ持て成されて頂かないのも無礼かと、一先ずカップに淹れられたお茶に口を付けた。
『……おい、しい』
「本当ですか!?」
「それは良かったです!」
「ん、いい」
「あわわっ、ありがとうございます!」
「精霊さんにも褒めていただけるだなんて感激です!」
ミナが褒めるとシューとクリムはないはずの揺れる尻尾が見えてしまうほどに喜んでいた。その尻尾は二人の腕や足より大分太く、多くの鱗に覆われているようにも見えた。
『……尻尾? お二人、尻尾が生えていますよ?』
「えっ? あ、うん! これはフレイムドラゴンの尻尾だよ! お茶を淹れる時の火加減調節が楽なんだ!」
「私のはアクアドラゴンの尻尾、お水を出せるんですよ?」
『へえ、便利ですね』
シューが生やした赤い尻尾の先端に炎が灯り、クリムが生やした青い尻尾の先端から少量の水が流れ出した。レナはその様子に感心を示して興味深そうに頷いていた。
「ね? これがさっき言った二人の力だよ。凄いでしょ」
『ええ、とても驚きました。お二人は凄いのですね』
「えへへっ! そんなことないよ!」
「そんなことないこともないよ!」
「二人とも、良かったね」
「「うんっ!」」
メイド二人組は嬉しそうに笑いながら去って行った。
『元気なお二人ですね』
「でしょ? 自慢のメイドだよ」
「ん、いい」
『ミナさんもお気に召したみたいですね、良かったです。彼女らが魔物だと知った時少し心配しましたが、安心しました』
「ん、へいき」
ミナのような精霊は元来魔物を嫌い、魔物に嫌悪される存在とされている。実際、つい先日ミナはゴブリンたちに襲われて街を出た。
「ん? そこまで心配することでもないと思うよ? 確かに魔物は精霊を狙うかもしれないけど、それは本能的な部分だからね。それこそゴブリンみたいに下等で頭の中が空っぽだったりしない限り、精霊を襲おうなんてしないと思う。それに、あの子たちはああ見えて賢いから」
『そうなのですか? なら、安心してもいいのでしょうか』
「うん、私が保証する。と言っても、まだ私はレナの信頼を得られていないのかもしれないけどね」
自嘲気味に笑うレイに、レナもため息交じりの笑みを浮かべる。
『ここまでされておいて、今更まったく信頼していないとは言いませんよ。完全に気を許したわけでもありませんが、大抵の話であれば信じてあげます』
「本当かい!? それはよかった! こんなに嬉しいことはないよ!」
『大袈裟ですね、怪しいです』
「早速疑われてる⁉」
大仰なリアクションをしたレイに、レナは小さく声を上げて笑った。それを見たレイはレナの言葉が冗談であることに気付いてか、次第に驚きの表情を笑顔へと変えて、同じように声に出して笑い始めた。
ミナはそれを見て少し不思議そうに首を傾げたが、嬉しそうに笑いながらお菓子を食べていた。
「ふふっ、久しぶりに笑わせてもらったよ」
『いえ、こちらも新鮮な体験をさせていただいてますので。ああ、それはそうとそろそろ私たちを呼んだ用を教えてくれませんか? 私たち、それなりに先を急いでいるんですよ』
「うん、分かってる。あまり時間は取らせないよ」
ひとしきり笑った後、レナは真剣な表情を作り直してレイに問う、レイも笑顔こそ絶やさないがそこに遊びはないと感じさせた。
「私は君たちに、レナにお願いがあるんだ」
『私に、ですか?』
「うん、レナにしか頼めないお願い」
『それはいったい……?』
レイのただならぬ雰囲気を感じて、レナも身を引き締める。そんなレナに対して勿体付けるように間を開けたレイは、小さく息を吸ってから告げた。
「悪魔を倒して、そこの精霊を、ミナさんを無事に精霊の森に送り届けて欲しいんだ」




