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Chpater2 Episode23 旅立

 誰もいなくなった大通りをゆったりとした足並みで進んで行くレナとミナ。数分と掛からずに北門を抜け、草原に出た後者二人の歩幅は変わらない。しばらくしてレナが立ち止まり、それに合わせてミナも足を止めた。


「どした?」

『いえ、歩き疲れたと思いまして。ミナさんはどうですか?』

「ミナ、せれい。ない」

『精霊は疲労を感じないのですか? 羨ましいですね。私はへとへとです』


 そう呟くレナの足を見てみれば、それこそ生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。いや、それだけではない。全身が、それこそその翡翠色の瞳まで、震えていた。ミナの手を引くその手さて小刻みに震えている。

 まるで、何かに怯えているかのように。まるで、神に許しを請うように。彼女の武器でさえ、数分前に精霊を魅了する輝きを見せ、偉業を成したとは思えないほどに震えている。


 柔らかい弧を描く彼女の唇も小刻みに震え、その目元には輝くものがある。


『だから、少し休憩です。このままでは先に進めそうにありません。ごめんなさい』

「……いよ。まつ」


 ミナは怯えるレナに心配そうな視線を向けてから、街道から避けて草原の上に腰を下ろす。


「ゴブ、おそ。ま、ある。まつ」

『ありがとうございます。少し休憩させてもらえれば、行けますので』

「ん」


 レナもミナに倣って腰を下ろす。そよ風が二人の頬を撫で、草の香りが宙に漂う。傾きかけている陽光が足元に影を落とし、二人は静かに己を眺めた。やがて影が無くなるまで続いて、レナは顔を上げる。


『追いかけてきましたね』

「ん」

『街を大きく迂回して来たようですが、その体躯の小ささも相まってやはり移動が遅い様ですね。もう少し引き付けて、一網打尽にします』

「ん」


 暗闇に紛れるように、無数のゴブリンたちが街の方から向かってきている。レナは立ち上がり、杖を緩く握る。ミナに手を差し出し、その手を引いて立ち上がらせる。


『離さないでくださいね』

「ん」

『では、行きます』

 

 全神経を集中させるように瞼を降ろし、レナは杖を強く握る。そして、呼吸を整える。


『《風付運術(ふうふうんじゅつ)》』


 レナのスカートが小さくなぎび、足元の草たちも波紋のように揺れて行く。空気の波動が連続し、それを確認してからレナはゆっくりと杖から手を離した。


『私の魔力でも、人を運び、宙に浮かせるほどの出力とコントロールは不可能でした。けれど、ミナさん、あなたのおかげで、私は一歩、魔法の真理へと近づいた気がしています』


 独り言のように呟き、支えるものを失ってもなお宙に佇む杖の柄を優しく撫でる。


『行きましょう。空の旅へ、ご案内いたします』

「ん、行く」

『……私は、遂に空を飛べるのですね』


 杖に背を向け、腰を据える。途切れない集中が、レナの髪の一本一本にまで魔力を浸透させる。

 ミナの手を引き、隣に座らせる。杖を跨いだミナはレナに抱き着くように腕を回した。レナも片手をミナの背中へと回し、もう片方の手を、杖の先端へと向ける。


『大空駆ける魔術師、レナ。私は夢物語を歩んでいます』


 沈んで行く太陽を背に、レナとミナを乗せた杖が飛び上がる。ぐんぐんと空へと昇ったレナたちは試すように一周、二週と周囲を回る。そして空中で落ち着いた頃、レナの掲げる片手のひらに、真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。


『すいませんキーレイさん、後片付けはお任せしますよ』


 そんな謝罪の言葉を述べた直後、言葉が魔法へと変わって行った。


『《火付弾術(かふだんじゅつ)》』


 言葉の導火線は引火する。そして放たれた魔法が夜に包まれた夜空すら照らしたその日、とある街の上空には、杖に腰掛け空を飛ぶ一人の魔法使いが飛んでいたという。


 ここで一つ、もしもの話をしようと思う。

 もしも、この世界にたった一人だけ誰からも愛される人間がいるのなら。

 もしも、この世界に人々の転生や生まれ変わりが本当にあるのなら。

 もしも、この世界に本当の神がいるとしたのなら。


 すべて空想に過ぎない。

 それでもやはり、それらは物語となるのだ。そして、確かに存在していくのだろう。語り継がれ、人々の記憶となり、思い出へと昇華していくのかもしれない。だからこそ、と言うのとは少し違うかもしれない。

 それが想像だったのだとしても、夢よりも儚い偽りの物語だったのだとしても。そこに存在していることにこそ価値があり、そこに意味を求める人がいるのなら、語ろう。


 とある家庭に生まれた、何の変哲もないたった一人の少女が紡いだ奇跡の物語を。平和を結ぶ、優しさの物語を。王女や英雄ではない、普通の少女の物語を。


 希望(レナ)の魔術師。そう呼ばれた、魔法使いの御伽噺を。


 さて、まずはそんな物語の語り部である私が名乗らなければならないのだろう。世界を見下ろし、少女の行く末を見守る監視者にして作者。天命を受けし現人神の原型にして調停者に名を連ねる古来の探究者。

 すべての名づけの親にして、純情露な一人の乙女。


 時に神と崇められ、時に悪魔と邪険され。それでも人々を見守り続けてきた一人の人間。アテネ、と呼ばれることもある私のその名を、ヘルナ・イヴェルナ。かつて私と親しかったものは、私をレナ、と呼んでいた。


 突然の私の登場に驚いた人も多いことだろうけど、これから紡がれる物語は私の視点であると認識してもらって構わない。無論、これまでも基本的にはそうだ。ただ、私は基本的にの少女にばかり注視しているので他の人の行動は見逃してしまうことはある。その時には、本人に語り部となってもらうほかない。

 なに、私の持つ力にかかれば、他人の心情を読み取ることなんて手間でもない。時としてそれを交えながら、私は一つの物語を完成させようと思う。是非とも読者である君たちにも、私と一緒に少女の行く末を見守って欲しく思う。


 では最後に、この世界の真理を一つここに語ろうと思う。少女の旅を見届ける内に、必ず必要になる知識だ。どうか、心に留めておいて欲しい。


 この世界の"名前"には必ず意味がある。そしてこの世界の"魔法"は"言葉"だ。少なくとも、少女が生きる時代にはそうなっている。だが、"名前"は"言葉"ではない。そして、"名前"は"魔法"だ。

 人は人や物に"名前"を付け、"言葉"で"魔法"を操るようになった。だからいつしか忘れたのだ。本来"魔法"は"名前"であったことを。


 ――これ以上のネタバレは、読者にとって良くない経験になりかねないので自重させてもらおう。なに、まだまだ長く続く予定の語り部体験だ。私の語る時はまだまだある。

 もしもまた私の話を聞きたと言うのなら、これからも共に少女を見守ろうじゃないか。それが私の望みであり、願いだ。


 ヘルナ・イヴェルナが宣誓す。必ずや、少女の行く末の隅々までを、一つ漏らさず伝えると。それがどれだけ苦しく、辛く、悲しかったとしても。目を逸らしはしないことを。

 

 それではそろそろお別れだ。そして、こんな私の言葉を最後に、第二部は終了とさせていただこう。少女の出生を第一部、少女の僅かばかりの成長を第二部で描き、第三部からいよいよ、少女の真の冒険が始まる。

 そう、これが――


 レナの魔術師


 ――その物語の、本当の旅立ちを刻むのだ。


 以上が今回、語り部ヘルナ・イヴェルナがお送りする全てだ。これからも時々こうして水を差すことになるだろうけど、ぜひともお付き合い願いたい。これからも長く続くレナの魔術師を、どうかよろしくお願いする。

 それでは、読者の皆々方、また会う日まで。

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