Chapter2 Episode18 英雄。
聖騎士を眺め、しばらく考え込んだ後レナは小さく声を上げた。
『ああ、あの方、あの時の』
思い出したのは、レナがこの街に来たばかりのころ、教会の前に立っていた聖騎士の姿。確か、レナに教会を案内してくれようとした人だ。この街には寄っただけだと言っていたが、まだ滞在していたらしい。
「ん? 知り合いなのか?」
『見知った仲、と言うわけではありませんが一度だけ顔を合わせたことがありました。けど、そうですか。あの人きっと、リルスさんのお仲間なんですね。リルスさん同様、この街には寄っただけ、とのことでしたし』
「へぇ、あのジジイの仲間か。C級冒険者とそれと同等の実力を持つ聖騎士、ねぇ。後数人いるとして、かなり強いパーティーだろうな」
『ええ、そうだと思います』
実際、この戦場でも二人は見事な連携を見せていた。
騎士と言うだけあって正面から戦うことに長けているのか、身の丈ほどある大楯を構えてゴブリンたちを聖騎士が引き付ける。そうしてゴブリンたちに隙が生まれれば、リルスがそれを刈り取る。
単純だが、短時間でそれを何度も繰り返すことは容易ではないはずだ。それだけ二人が卓越していて、尚且つ長い付き合いだということなのだろう。
「さて、こうやって見ているのも飽きてきたし、そろそろ行くか?」
『そうですね。あの人たちを見ていると大丈夫だと思えてしまいますが、私たちが加わればもっと早く解決できるかもしれませんから』
そう言って、レナは台から飛び降りる。
『向かいましょうか、戦場へ』
「おう」
イグニスも一つ頷いて、二人は戦場へと降り立った。
響き渡る悲鳴は、何も自身が傷を負ったからばかりではない。仲間の死、恐怖、狂気。激化する戦場で、猛々しいばかりの絶叫の数々が争える者たちをより凶暴にさせて行った。
「ど、退けッ! じゃまだぁ!」
「やめてッ! もう、やめてよッ!」
「クソッ、目を覚ませっ、覚ませよぉッ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図は、残虐なまでの絶望と滑稽なまでの切望を躊躇なく繰り返す。また一人、また一人と、正常さを保てなくなって行く。
『これは……随分と、追い込まれていますね』
「だな。まあ、この街にいる冒険者のほとんどは低級も低級、まともな戦いなんてしたこともない素人たちの集まりだ。戦場の空気を、それもこんなにも大規模な戦場を初めて経験した連中は圧迫感に耐え切れなくなっちまったみたいだな」
そんな簡単に言うな、とレナは思う。あれはもうどう考えても重症。戦場に復帰する見込みなどまったくない人たちに成り下がっている。門の内側にいた、あの歴戦の雰囲気を持っていた老人が屈強だっただけで、他の人たちはこんなにも慌てふためいている。
レナ本人もまた、震える手が、止まらなかった。
「……怖いのか?」
『当然です。けれど、いえ、だからこそ。少なくとも誰かを守れるような力があると、何人もの人に認められた私でこそ怯える現状を、変えなければいけません』
槍を肩にかけ、ほんの少しの気遣いを含んだ言葉をかけたイグニスに、レナは固い決意を顔に浮かべる。
目の前に広がる戦場に、鋭い視線を向けた。
『行きましょう。私たちにも、出来ることがあります』
「ああ、行くぞ」
レナの言葉の響くを合図に、二人は戦場に駆け出した。
『《火付弾術》ッ!』
ゴブリンの集団の中央目掛けてレナは魔法を叩き込む。
直撃し、炎が弾ける。数十のゴブリンたちが壊滅し、その周りにいたゴブリンたちも散り散りになる。
『皆さん! ゴブリンたちは散らばりました! 三人一組くらいで各個撃破してください!』
声が行き渡るとは思っていない。けれど、少しでも多くの人が希望を持って戦うことがこの混乱を収めるものだと信じてレナは声を上げる。
「よくやった。後は任せろ!」
その声に応えるように動いたのはイグニスだけ。イグニスは炎に覆われた槍を振るい、ゴブリンたちを次々と振り払って行く。一気に一掃され、戦場に穴が開く。レナもそこに入り込み、連続して詠唱する。
『《風付壁術》ッ、《火付弾術》ッ! イグニスさん、左右は止めました! 突っ切ってください!』
「おうよ!」
レナの張った風の幕は渦を巻き穴の側面をゴブリンと断絶させる。それと同時に正面を炎の弾で切り開き、道を作る。
イグニスはそれに応え、再び集結し始めていたゴブリンたちの集団の中に飛び込んでいく。踊り舞うように槍を振るい、十数のゴブリンたちを僅か数秒で切り刻む。リルスたちと負けず及ばずの勢いでゴブリンたちを慄かせる。
『このまま突き進みますよ! 私たちで戦場を切り崩します!』
「前は任せな。あと、魔法に巻き込むなよ」
『保証はしませんよ。まあ、安心してください』
「安心できねぇな!」
言いつつイグニスは突っ走る。迫りくるゴブリンたちを粉々にしながら進んで行く。レナもイグニスに当てないように魔法を使ってゴブリンたちを吹き飛ばす。戦場に大きな嵐が巻き起こる。
そして当然、嵐の付近にいる人々はその渦に導かれ激流の中へと入り込む。
『え!? 皆さん!? き、危険ですよ!』
先程まで混乱し、統率を失っていた冒険者たちが得物を握り次々と嵐の目へと走り出す。
「子どもばかりに任せていられるか!」
「ありがとな、正気に戻れたよ!」
「こっからは俺らに任せろ!」
「私たちの街を守るのに、私たちが戦わないでなんていられないわ!」
次々と声を上げ、武器を振るって行く冒険者を見てレナは唖然とする。
『皆さん、怖かったから怯えてたんじゃないんですか? 突然、なんで――』
「そりゃあ、お前が希望になったからだろ」
『え? あれ、リルスさん?』
隣から声がして見上げれば、そこにリルスがいた。
「よっ、ありがとな。レナたちが注目を集めてくれたおかげで、こっちはずいぶん楽になった。これなら、ここも守り切れるだろう」
『いえ、そんなことは……でも、私が希望、というのは?』
「簡単なことだ。たった一人でも、それもお前みたいな可愛い女の子が必死になって頑張ってる姿が。そうして街を守っている姿が、英雄かなんかのように見えたんだよ。みんな、お前みたいなやつを待ってたんだよ」
『なる、ほど?』
レナは小首を傾げる。
「ははっ、分かってないだろ? でもまあ、それでいい。レイナさんも、最初は分かってなかったからな」
『お母さんがですか?』
「直に分かる。大切なことだよ。自分が英雄であるという自覚を持つことは」
『なるほど?』
「ははっ!」
再び首を傾げながら言ったレナに、リルスは笑って肩を叩く。
「っと、話をしている場合じゃなかったな。ここのことは任せてくれ。レナは街に戻って街の中の警戒だ。どこからか入り込んでいるかもしれないしな」
『で、ですが……』
「ここは大人たちに任せておけ。お前みたいな若いのはこんなところにいるべきじゃないんだよ」
『……分かりました。それじゃあお任せしますね』
「おう。後であの坊主も行かせるよ」
そう言うリルス、そして数人の騎士たちに見送られて、レナは街の中へと戻った。
門を抜け、負傷者やギルドの職員たちに迎え入れられる。
「おお、嬢ちゃん。帰って来たのか」
『あ、はい。ただいま帰りました。具合の方はよろしいのですか?』
「おかげさまでな」
門を抜けたレナは、先程治癒した初老の男に声をかけられた。
『外での戦いは終結しそうなので街中の防衛や、別の門への警戒にあたろうと思っています。皆さんも、どこからか侵入してきた魔物が向かってくるかもしれませんので、警戒は怠らないようにしてください』
「ああ、分かったよ。それじゃあ、頑張ってな」
『ありがとうございます』
言葉を交わし、レナは南門を去った。




