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Chapter2 Episode17 激戦。

 ペグアの東門付近に、レナはいた。


『皆さん、もう少し堪えてください! ゴブリンの集団は、次で終わりです!』

「「「おおお!!!」」」


 レナの言葉に合わせて声を上げる冒険者たちは、迫りくる数十のゴブリンたちに向けて突撃を開始する。入り乱れる戦場の上空に、魔法陣が浮かび出した。


『《火付弾術かふだんじゅつ》ッ!』


 火の球が飛び出しゴブリンたちの集団の後方へと着弾する。弾け飛んだ火の玉は炎と衝撃をもたらし、大きな爆発を生んだ。多くのゴブリンたちが巻き込まれ、全体の二割ほどが戦闘不能になった。


『今です! ゴブリンたちは混乱していますよ!』

「「「おおおぉー!!!」」」


 雪崩れ込むように向かっていった冒険者たちが、一気に仲間がやられたことによって混乱しているゴブリンたちを次々と倒していく。


『多少の怪我なら私が治します! 皆さん、頑張ってください!』


 その勢いのまま、レナの鼓舞によって焚きつけられた冒険者たちは一気にゴブリンの集団を殲滅した。そうして、二時間にもわたる東門防衛線は終わった。


『《水付治術すいふちじゅつ》、はい、これで大丈夫ですよ』

「あ、ああ……ありがとう」

『次の方、どうぞ』


 戦闘が終わり、一段落した東門付近には怪我を負った者たちが集められていた。レナはそこで、次々に怪我人を治療していく。


『戦いが終わってすぐですが、ゴブリンたちが南門の方から回り込んでくる可能性もあります。防護壁を作り直して、交代で見回りをしましょう。皆さん、もうひと踏ん張りですよ!』


 一通りの怪我人を治療したレナは、立ち上がってそう言った。

 そんなレナの下にイグニスがやってくる。


「レナ、こっちは終わったぞ」

『イグニスさん。了解しました、今のところ西門からの報告はありませんし、残るは南門だけですね』


 そう言ってレナは空を見上げる。そこに昇っている太陽は、しかし雲に覆われていた。


「俺の方は北門を任せてきた。レナも行くぞ、ここも終わったんだろ?」

『ええ……皆さん、後のことはお願いします! 私は、南門の防衛に加勢してきます。皆さんもしっかり休んだ後で、街のみんなを助けるために、協力してください! それでは!』


 レナはそう言って、東門の防衛を行っていた冒険者たちに見送られながら立ち去った。


『それで、北門では何か変わったことはありましたか?』

「いや、特にないな。ごく普通のゴブリンの集団だった。確かにゴブリンシャーマンはいたが、二百体に一体程度。このくらいなら普通と言えないこともない」

『なるほど、分かりました。やはり、南門の方に戦力が集中していそうですね。急ぎましょう』

「ああ」


 そう言って駆けるレナとイグニスは、しかしその先で待つ惨状さんじょうを予想することは出来ていなかった。

 二人が南門付近に辿り着い時、目を疑った。


『な、何ですか、これ……』

「分かんねぇよ……チッ」


 その場に広がっていたのは、阿鼻叫喚あびきょうかんとも言える悲惨な現状だった。


 多くの者が傷を負い、応急手当をほどされている。壊滅的かいめつてきと言うほどではないが、決して善戦しているとも言えない状況だった。広場に横たわる数十の人たちと、その手当をする十人に満たない冒険者協会の職員。どう見ても人手不足であり、レナたちが着いてからも怪我人は続々と運び込まれてきていた。

 レナもイグニスもその光景を見て足を止めるが、助けが必要と思い至ってどちらともなく動き出す。レナは使える治癒魔法ちゆまほうを活用して怪我人をいやしていき、イグニスはその間に前線の様子を見に行った。


『大丈夫ですか? 今、傷を治しますからね』

「あ、ありがとう……若いのに、すまないね」


 運び込まれてきた初老であろう男性を介抱しながら、レナは言う。


『いえ。助け合うことに年なんて関係ありません。私たちを守るために戦ってくれたあなたを、温かく迎え入れてあげるのが、私たち守られる人の役目です。ですから、このような粗末そまつな出迎えであることを謝罪したいくらいです』

「ははっ、お嬢ちゃんは、立派だね。いやはや、こんなにも健気な子に介抱されるなんて、長生きするものだね」

『これからも、長生きしてくださいね。……《水付治術すいふちじゅつ》。ほら、傷は塞がりました。ゆっくり、休んでくださいね』

「お、おお……これが、治癒魔法かい? はははっ! またいいものを見せてもらった。本当に、長生きするもの、だね――」


 そう言いながら、男性は静かにまぶたを降ろしていく。これが疲労から来た気絶にも似た眠りであることを理解しているレナは、男性を広場の床に毛布一枚敷いて寝かせる。そして、祈るような表情一つ浮かべ、小さく頭を下げる。


 顔を上げて、辺りを見渡す。

 全身に傷を負って苦しむ者に片腕を失うほどの重傷を負い、周りのほうが騒いでいるところや泣き声が聞こえてくるところ。あれは、父が重傷を負ったのだろうか。小さな少女の泣き声だった。レナよりも小さい女の子の悲鳴だ。


 そっと、拳を握り締めた。そして、漏れない声を紡ぐように、口を動かした。


『――――――』


 吐息にも似た息の羅列られつに、果たして意味は籠められていた。


『《広域高次回復魔法(ディバース・ヒール)》』


 歌声のような声が、高らかに告げられた。淡い光の幕が空を覆い、薄緑色の粒子りゅうしが辺りを覆った。それと同時に、辺りは静寂せいじゃくを極めた。

 痛烈つうれつな声は止み、喧騒けんそう途絶とだえ、泣き声は静かに頬を伝った。すべての声が、一瞬と言う短い間鳴りやんだ音が、数秒後には騒々(そうぞう)しく鳴り響く。ただ、この叫びは苦しみじゃなかった。


「き、傷が治ってる!」

「う、嘘だろ!? 部位欠損ぶいけっそんが、治ってる!?」

「パパ! 元気になったの!?」

「ああ……もう大丈夫だぞ、心配かけたな」

「えへへっ!」


 聞こえてくる、喜びの声。そんなきらめきに酔いしれる間もなく、レナはわずかな笑みだけこぼして立ち上がる。その踏み出した一歩を、しかしとどめた声一つ。


「お嬢ちゃん、行くのかい?」


 僅かに起き上がり、裾を引くような声音でそう言った初老の男性に、しかしレナは振り返らずに言う。


『……守られているばかりでは、申し訳が立ちませんから。皆さんが笑って帰られるように、帰るべき場所を守るために戦うのも、私のつとめです』

「気を、付けるんだよ」

『ええ。もしよかったら、私の帰還を、温かく見守ってください』

「ああ、もちろんだ」


 それを背に受けて、レナはまた、笑みを零す。そして、意気揚々(いきようよう)と駆けだした。


『イグニスさん、現状はどんな様子ですか?』

「あ? おお、レナか。俺もさっぱりだ。……見るか?」


 南門の城門の上、大門は閉ざされているうえに、怪我人を搬入はんにゅうするための入り口は人に溢れていて、通れそうになかった。そのために、レナはここまでやってきて、その先に見えたイグニスに声をかける。

 レナと確認したイグニスも、レナの背丈では城門の塀の上を覗けないと思い、台を用意してやる。


『ありがとうございます。っしょ、と……こ、これは……』


 鳴り響く喧騒けんそうは、登ってくる前から聞こえていた。剣と剣が打ち合う音や、悲鳴や奇声。駆ける音に、怒号。それらが現実味を持ったのは、やはりその眼で見てからだろう。

 そこに広がっていた現状を見れば、広場での惨状さんじょうも頷けた。


 リルスが先頭を買って出た南門で、戦闘は激化の一途を辿っていた。ゴブリン側としても、こちら側たが本陣だったのだろう。北門や東門とは比べ物にならないほどの大群が、冒険者や街の騎士たちへと襲い掛かっていた。

 すでに敵味方てきみかたみだれ、陣形じんけい連携れんけいもなく、乱戦らんせんと化していた。これでは、同士討ちすらも起こり得る。ただ、そんな中でも城門の上から見ればある程度の状況は把握できるもので、戦場の一部に、他とは違った攻防を見せる集団があった。


「流石にC級だけあって、あのジジイもやるな」

『はい、一緒にいる皆さんも、きっと上級冒険者なんでしょう』


 門から少し離れた戦場に、その集団は在った。五人ほどの集団で、数十体のゴブリンたちを相手に押していた。他の冒険者や騎士たちとは明らかに格が違い、まさに一騎当千いっきとうせんであった。


「冒険者風が二人に、騎士風が三人か? はっ、街の騎士にも手練れはいたってことか」

『それは、まぁ。冒険者が暴れ出した時に抑えるのも、騎士の役目だったはずです。その冒険者よりも弱いんじゃ、きっと話にならないですよ。ただ、三人の騎士の中でも、一人だけ異質いしつな方がいますね』

「あれは……聖騎士せいきしじゃねぇか? アテネ教会の教徒だろ」

『ああ、なるほど』


 それは三人いる鎧姿よろいすがたの騎士の中で、一人だけ純白の鎧を着る男。その男のことを、レナは知っている気がしてならなかった。

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