Chpater2 Episode3 相談。
ペルナが買い物に出かけ、ヘランとレナは食堂に残った。宿泊客が減ったこの時間帯は、基本的にやることがなく、各々に好きな時間を過ごすことになっている。しかし、レナがここで働く最後の日、と言うことがあるからだろう。ヘランは積極的にレナに話を振っていた。
「レナちゃんは、どうして冒険者になろうと思ったの?」
『そう、ですね。若すぎるとか、思われるのかもしれませんが、私はもっと色々なことを経験して、見て聞いて、成長したいなって考えています。それに、母も元冒険者なんです。だから、憧れ、と言うのが大きいのかもしれません。でも、少なくとも冒険者になる、と言う夢に対して、母を根拠としないものが自分の中にあると、そう信じています』
「なるほどね。レナちゃんは、うちの子よりよっぽど大人だわ。その年でそんな風に考えられるなんて凄いことだと思う。でも、大人として、一つだけアドバイスさせてね」
真摯に語ったレナに向けて、ヘランは真剣に言葉を選び、伝える。
「一人前になることと、独りになることは違うってこと。あなたには、頼れる人がいるはずよ。もちろん、私やペルナも力になれると思うし、ペグアにはたくさんの人がいる。困ったり悩んだりしたら、遠慮くなく相談して頂戴ね」
『はい。しっかりと、胸に刻んでおきますね』
「うん、よろしい」
レナが頷くと、ヘランは嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、ペルナにはこんな話はなかなかしないからね。大人らしいことを言えて、なんだか嬉しいわ」
『ヘランさんは大人らしくて素敵な人ですよ』
「うふふ、レナちゃんはお世辞もうまいわね。……ねえ、ペルナは迷惑をかけてない?」
楽しげだったヘランは、おもむろに話題を変える。それに気付いたレナも、少々表情を引き締めた。
「ペルナは器用な子よ。色々なことを自分なりに熟して精一杯働いてくれているわ。でも、レナちゃんほど大人でもないと思うの。あの子が一緒で、迷惑をかけられたりはしてないかしら?」
『……そうですね。迷惑、なんてことはありません』
不安そうなヘランの問いに、レナは一呼吸おいてから優しい声音で語りだす。
『私は大人、なんて言ってもらえて嬉しいですが、そんなことはないと思います。もしかしたらそう言う一面があるのかもしれませんが、立派な子どもです。不安になることも分からないこともたくさんあります。でも、ペグアに来てからのそんな悩みは、ペルナさんが晴らしてくれました。なので、はい。大切なお友達ですよ』
「そう、それは良かったわ。良かったら、これからも仲良くしてあげて頂戴。もちろん、友達として」
『はい、ぜひとも』
にこりと笑ったレナの表情に、一切の曇りはなく。ヘランは安心したように胸を撫でた。
「じゃあ、もう一つお願いしちゃおうかな」
『えーっと、私で叶えられる程度のことなら、なんなりと』
「安心して頂戴。むしろ、レナちゃんにしか任せられないことよ」
『と、言うと?』
レナが小首を傾げてそう問うと、ヘランは再び真剣な表情を使ってゆっくりと言う。
「ペルナはきっと、あなたのことを信頼しているわ。そして、あなたがペルナのことを信頼してくれていることも、今確認できた。だから、と言ってはおかしいのかもしれないけれど、ペルナも一緒に連れてって上げてくれないかしら」
『……つまり、ペルナさんと一緒に、冒険者になってほしい、と言うことですか?』
「うん、その通り。なんだか最近、ペルナがレナちゃんのことを羨ましそうに見ているの。それに、レナちゃんの話を聞いているペルナは、とても楽しそうに笑ってるの。他のお客さんに話を聞くことはあったと思うんだけど、それとは比べ物にならないくらいね」
ヘランは娘のことが心配なのだろう。若くして父親を失い、また、若くして親の仕事の手伝いばかりをしている。もちろん、社会経験としては立派なものなのだろう。しかし、それ以上に子どもとしての創造性を持て余してしまっている。
かわいい子には旅をさせろ、なんて言葉は古今東西よく聞くものだが、ヘランとしても同じ心情なのだろう。
『……実は、先日ペルナさんが冒険者になりたいと打ち明けてきました』
「それは、本当?」
ヘランの話を聞いて、少し考え込んだ後でレナはペルナがレナに話したことを伝えた。それを聞いてヘランは驚きに小さく口を開く。
『はい。たぶん、それもかなり強く望んでいるように見えました。提案すれば、きっと受けてくれます。ただ……』
「ただ?」
『やはり、冒険者と言うのは危険が付き纏うものです。私としては、ペルナさんを危険に晒したくない、と言う思いが大きくなってしまいます。もともとヘランさんには伝える気でいましたが、やはり一旦、ペルナさんと二人でじっくり話し合ってからのほうが――』
そんなレナの提案を、ヘランは遮った。ペルナがよく浮かべる、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「そんなの、レナちゃんが守ってくれればいいじゃない」
『え……え? あの……』
「レナちゃんは、きっとそれくらいの事なら簡単にできるわ。それに、あんまりペルナを舐めないほうが良いわよ。あれでも、自慢の娘だもの。きっと心配はいらないわ」
『ええっと、その……』
ヘランの勢いに飲まれたレナは、二の句が継げずにいて。それで、もう考えることをやめたのだろう。口元に手を当てながら、クスクスと笑いだす。それを見て、ヘランもしてやったり、と言った感じの表情を浮かべた。
『そうですね。その依頼、受けさせていただきますよ。でも、冒険者になれるのは十歳からですよ? ペルナさん、まだ九歳でしたよね?』
「そうだけど、誕生日は来月よ。それくらいの間なら、レナちゃんもペグアにいるんじゃないかしら」
『そうだったんですか。なら、大丈夫そうですね。確かに、少なくとも一か月ほどはペグアに残ります。ただ、もう一つ疑問なんですけど、お店は大丈夫なんですか?』
レナが冒険者になり、ペルナも冒険者になったとしたら店番はヘラン一人ですることになる。それを心配しての発言だろうが、ヘランは何でもない風に言ってのける。
「安心して頂戴。この前来た古い友達に声をかけるわ。きっと、喜んで引き受けてくれるはずよ」
『それなら、安心ですね。何だか、思っていた以上に楽しい旅になりそうです』
「それは良かったわ。さて、私はお昼ご飯の準備をするけど、レナちゃんはも少し休憩していていいからね」
『はい、そうさせてもらいます』
満足そうな表情を浮かべたヘランは、レナに手を振りながら厨房へと向かう。レナはそれを見送った後で、静かに目を伏せる。そして、ゆっくりと思考を巡らせる。呼吸を整えながら、深く思案するようにじっくりと。
そして、数分が経過した後で、レナは深く息を漏らした。
『ちょっと、頭を使いすぎたかもしれませんね……ここ数日、かなり忙しかったですし。明日は冒険者ギルドに向かおうと思いますが、しっかり休んでから行ったほうが良いかもしれまえんね』
自嘲気味な笑みを浮かびながら、レナはそう独り言ちる。ゆったりとした雰囲気を纏う今のレナは、どこが幻想的なまである。ふんわりと膨らんだ長い茶髪が、穏やかな印象を思わせる。
そしてそれは、買い物を終えて帰って来たペルナが、思わず見とれてしまうほどに美しいものだった。
そのため、相手を見つけて声をかけたのはレナとなった。
視線を感じてか振り返ったレナは、食堂の入り口で立ち止まり自分を見ているペルナを見つけた。
『あ、ペルナさんお帰りなさい』
「え、あ、うん……ただいま。材料、色々買って来たよ」
『ありがとうございます』
戸惑いながらも買い物かごを掲げてくるペルナに、レナは優しい微笑みを向ける。ペルナは僅かに体を跳ねさせたが、何事もなかったかのように取り繕う。
「う、うんん。それじゃあこれ仕舞ってくるからね」
『はい、お願いします』
ペルナはレナに見送られて厨房へと向かう。そんなペルナの表情は、戸惑いを隠せないでいて。
「何だったんだろ、今の……なんだか、レナが天使みたいな。ううん、どちらかと言うと、お姫様みたいに見えた……」
そんなペルナの呟きを拾うものは、誰もいなかった。




