Chapter1 Episode15 逃争。
一体、また一体と切り捨てられていくゴブリン。キールの背後には、既に何十ともわからなぬゴブリンの屍が横たわっている。呼吸が早まり、全身汗だらけになりながらも突き進むキールは、声を荒げ名が進んで行く。
「クソったれの、ゴブリンどもがぁッ!」
その叫びと共に、二体のゴブリンが同時に切り捨てられる。しかし、終わりの見えないゴブリンたちの大群。切っても切っても減らないそいつらは、数分で進めた道のりを、限りなく険しくしていた。
それでも、キールの不倒の剣は折れない。
「ふっ! はっ!」
狭い通路を物ともせず振るわれる剣は、ゴブリンたちを一撃で絶命させて行く。後ろは振り向かず、ただひたすらに突き進む。道を切り開くと、約束したから。
また一体、ゴブリンが地に伏した。しかし、それと同時に、キールが片膝をつく。それを見て好機と思ったか、ゴブリンが数体同時に迫ってきたが、キールは器用に薙ぎ払って事なきを得る。
「クソッ、息が……ッ!」
地下は空気が薄い。
それは地上と比較したらの話ではあるが、普段地上でしか生活しない人間にとっては辛いものがあるだろう。レナの辺りを照らす魔法は炎ではない。そのためここまで大きな変化も違和感もなく進めてこれたが、積もり積もった負担が、連続した戦闘と重なってキールにのしかかる。
上がった息は静まることを知らず、喉の焼けるような痛みと戦いながら、キールは片膝をついたままゴブリンたちと相対する。そうして進行が止まっていたところに、ブラインたちが追い付いてきた。
「キール、大丈夫か!?」
「ああ、問題ない! 行くぞ!」
「キール、無理しないで!」
「してない!」
足音を聞き、三人の顔を確認したキールは、残った力を振り絞って立ち上がり、また突き進む。
「お前、もう限界だろ! 俺が変わる! 下がれ!」
「いや、まだだ!」
ブラインの制止も聞かずに、キールは突き進む。一度の踏み込みで、またも屍を積み重ねる。ブラインたちは、後を追うようにして急ぐ。そして、一度休憩をした開けた空間までたどり着いた。
「よし、ここまでくれば――ッ!?」
「どうした!? って、これは!?」
狭い通路から出ようとしたキールの目の前に、拳大の石が飛んでくる。キールはそれを反射的に避け、流れ弾をブラインが盾で防ぐ。
『魔法です! ブラインさん、前へ! また石が飛んできますよ!』
「魔法だって!? そんなわけ――」
「大人しく下がれ!」
「うおっ!?」
レナの言葉に驚いて固まっていたキールの首根っこを掴んで無理やり下がらせたブラインは、続いて投擲されてきた石をその盾で防ぐ。かなりの勢いで下がらされたキールは尻餅をつきながら、ブラインの奥の方を見る。
「こ、この先に何がいるって言うんだ!」
『……恐らく、シャーマンです』
「シャーマン?」
キールの問いに答えたのは、レナだった。
『ゴブリンの中にたまに生まれる上位種です。人並み程度の知恵を持ち、魔法を使える個体もいると言います。これだけの数のゴブリンが、統率の取れた行動をしているのはおかしいと思っていましたが……きっと、シャーマンが指揮を執っていたんです』
「そんな!? ゴブリンの上位個体が生まれるなんて、聞いたことないぞ!?」
『そこまで周知されていないのも仕方のないことです。これは極めて珍しい事例である上に、現れた上位種はたいていの場合即刻討伐されるらしいですから。つまり、これはある意味幸運で、ある意味不幸な出会い、ですね』
「皮肉を言っている場合じゃないでしょ!? ねえ、どうするの!? 出口塞がれてるんでしょ!?」
苦笑いを浮かべながら言ったレナに、ニーナがすかさず突っ込みを入れる。
『……方法はあります。ゴブリンたちが何を考えているのかわからなかったので保留にしていましたが、試してみてもいいですか?』
「もうお願い何とかして!」
狭く、薄暗い通路の中、血の匂いの充満する洞窟をゴブリンたちから長時間逃げ惑っていたからだろう。涙目のニーナが必死になってレナに縋りながら言った。レナは、小さく頷いて杖を構えた。
『《地付操術》ッ!』
ニーナの背後に向けられた魔法は、洞窟の壁や床に干渉し始める。そして、背後から迫ってきたゴブリンたちが顔を覗かせたのと同時、壁と床が勢いよく動き出し、隙間なく通路を塞いだ。
『土を操る魔法です。こうすれば、後ろからの攻撃は防げます』
「どうしてもっと使ってくれなかったの!? これ使ってくれれば、前だけ気にしてればよかったのに!」
『挟まれた状態で、一方を塞ぐという行為は、一見有効ですが逆に言えば退路を断つことになります。背水の陣、なんて言葉がありますが出来ればそのような状態は作りたくなかったんです』
「な、なるほど……」
真面目な表情で言ったレナに、ニーナは呆気にとられる。話を聞いていたキールも驚きの表情を浮かべる。
「まさか、そこまで考えていたなんて……」
『正しい力の習い方は、熟知しているつもりです。……それで、キールさんはまだ戦えそうなんですか? シャーマンのほかにも、数体残っているはずですけど』
「どうだろうな。たぶん無理だ。シャーマンとやらの魔法を避けつつ、数体のゴブリンを仕留めるには、流石に消耗しすぎた。すまない」
キールは申し訳なさそうに視線を下げながら言う。
「ううん、キールは頑張ってくれたよ! こ、ここは私が!」
「お、おいやめとけってニーナ。お前は――」
「だ、だってブラインも怪我してるし、私がやるしか!」
心配するようにニーナを思いとどまらせようとするキールと、必死に声を荒げてやると言い張るニーナ。しかし、ニーナの肩も足も、外から見ただけで恐怖が伝わってくるほどに震えている。
それでも、ここまでの二人の頑張りを見て、自分ばかり引っ込んではいられないと思ったのだろう。実際、キールは疲れ果てているし、ブラインも傷は治ったが大きなダメージを負った。これ以上無理をさせては、本当に二人とも持たなくなってしまうだろう。
恐怖を堪え、頑張ろうとするニーナの姿にレナも魅せられた。弱くても、やるべきことがある。
私は今、前に進むためにここにいる。
レナは握っていた杖を放り、地面を蹴って駆けだした。
「レナちゃん!?」
「おい、レナ!?」
キールとニーナが呼び止めようとするが、そんな暇もなく狭い通路を駆けてゆく。道を塞ぐように盾を構えていたブラインの脇をくぐり、さらに前へ。
「お、おい!」
目の前に事に集中していて背後から迫ってくるレナには気付かなかったのだろう。レナが自身より前に出てやっとブラインはレナが駆けて行くことに気付いたらしい。腕を伸ばして止めようとするが、もう遅い。
レナはすでに、狭い通路から抜け出し、開けた空間へと出ていた。
「危ない!」
そしてブラインが叫んだ。レナの目の前にはシャーマンが放った拳大の石が迫って来ていた。すでに一秒もすれば頭に当たるような距離まで近づいている。しかし、レナは動じない。
軽く身を捻り、躱す。そのままシャーマンを守る様に布陣していたゴブリンの一体の目の前まで迫る。レナの首元までの背丈しかないゴブリンの、足元を取る様に体を前に倒し、瞬間的に距離を詰めたレナはダガーを逆手で握り、ゴブリンの首筋目掛けて振り上げる。
鮮血が舞い、レナの頬を汚した。
『一つ』
続いてレナの背後を取るようにして襲い掛かってきた二体のゴブリンを、片方の腕を掴んで体を回転させ、遠心力を利用してもう一体も巻き込んで壁に叩きつけることで始末する。
『三つ』
さらにこん棒片手に迫ってくる二体のゴブリンたちを、瞬く間に切り捌く。
『四つ』
一体は胸元を切り裂き――
『五つ』
もう一体は脳髄を砕く勢いでダガーを叩きつけた。
一瞬にして、シャーマンの取り巻きたちは崩れ落ちた。残るは、シャーマン一匹となった。