Chpater1 Episode14 覚悟。
「クソッ! きりがない!」
「このままじゃ挟まれちゃうって!」
「ああもう、今から盾で突撃する。キール、全員にとどめさせ!」
レナが掲げる明かりだけが頼りの暗い洞窟の中、四人は危機に瀕していた。進行方向は既にゴブリンによって塞がれていて、背後からも大量のゴブリンが迫ってきている。
一体一体が弱いゴブリンたちではあるが、いかんせん数が多く攻略に手こずっている。そのせいで背後から迫るゴブリンたちにも追いつかれようとしていた。
その時、ブレインが投げやりにそう叫んだ後で盾を前方に突き出して勢い良く進み始めた。
「ちょ、ブライン!? ――ああもうわかった! 止まるなよ!」
「おう!」
一瞬慌てたキールだが、すぐに顔つきを変えて進みだす。ブラインの突撃によって傷を負ったり、バランスを崩したゴブリンたちを片っ端から串刺しにして絶命させる。盾をすり抜けたものに対しても同様にして仕留めて行く。
それを見たレナたちも、後を追う様に駆けて行く。
しかし、それも長くは続かない。思い鎧を着たまま酸素の薄い洞窟で勢いよく動き続けたからだろう。ブラインの体に限界が来る。一瞬の隙が、状況を一転させた。
ブラインがゴブリンを一体突き飛ばしたかと思われた次の瞬間、突き飛ばしたように思われたゴブリンがブラインの腰元にしがみついた。
「クソッ、こいつ! ぐわあぁ!?」
そして手に持っていた刃物をブラインの太ももに突き刺す。ブラインはすかさず手に持っていた剣でゴブリンを刺すが、時すでに遅い。ブラインの太ももには、しばらく歩けない程度には大きな傷が出来ていた。
「ブライン!? 大丈夫か!?」
「いや……俺はもう、動けないだろう」
苦しそうな顔をしながらブラインは自身の太ももに刺さった刃物を抜き取る。
「キール、俺を置いて先に――」
「出来るわけないだろ! 何とかして、ここから抜け出すぞ!」
「し、しかし、俺はもう……」
「諦めるな!」
弱音を吐くブラインに、キールは喝を入れるがブラインの表情はやはり明るくない。刃物を抜いた影響か太ももからは大量の出血。ブライン自身、足の感覚があるかどうかと言ったところだろう。
この状況では、キールも前に進むことは出来ない。そうこうしているうちに、レナたちが追い付いてきた。
『ど、どうかしたんですか!?』
「すまない。足をやられた」
『大丈夫ですか!? い、今手当をっ!』
「いや、俺に構わず――」
「ブライン! 全員でここを抜け出すんだよ! レナ、悪いが手当てしてやってくれ。その間に俺が道を作る!」
『キールさん!? 一人じゃ危ないですよ!?』
キールは吐き捨てるように言葉をレナにぶつけた後、単独で大量のゴブリンたちの中へとかけて行く。レナの制止の声も聞かずに、まっすぐと。仲間のブラインがやられ、必死なのだろう。
しかし、その勢いのおかげもあってか、少なくとも、数分程度なら時間を稼いでくれそうだ。
それを確認したレナは、足から血を滴らせ、苦しそうに壁に寄りかかるブラインに駆け寄る。
『ブラインさん、じっとしていてください』
「す、すまない……」
『何を言っているんですか。ここまで頑張ってくれたおかげで、私たちは安全に進んでこれました。補助くらい、全うさせてください』
「……感謝する」
ブラインはレナの毅然とした態度に目を丸くしながらも、素直に礼を言う。レナはそれを微笑みで受け止めながら、ブラインの太ももに手を翳す。すると、そこにニーナも追いついてきた。
「ちょ、ブラインどうしたの!?」
『少し怪我をしてしまったようです。今から治療をします。背後から迫ってきたら、教えてください』
「いいけど、少しどころじゃなくない!? 血、凄い出てるよね!?」
ブラインの傷を見て、ニーナは驚きの声を上げるが、ブラインはニーナを見て苦しそうながらも笑みを浮かべる。
「安心しろ、この程度で死にはしない」
「で、でも……」
「大丈夫だ。一緒に帰ろう」
「……うん」
レナは頷き合う二人の傍ら、大きく息を吸い込んだ。
「レナちゃん? 何をしてるの? 急がないと、ゴブリンたちが――」
『《水付治術》』
ブラインの太ももの上に青色の魔法陣が現れる。そこから現れた薄水色の液体が、たちまちブラインの太ももを包んだ。
「こ、これは!?」
「治癒魔法!? レナちゃん、そんな魔法まで使えるの!?」
『侮ってもらっては困りますよ。なんといっても、あのキールさんに見込まれた魔法使いですから』
驚きと賞賛の混ざった声を送られたレナは、先の方で必死にゴブリンたちと善戦を繰り広げているキールを見ながら言った。
いつの間にかブラインの太ももの傷は癒え、傷跡一つ残っていなかった。ブラインは調子を確かめるように足を動かした後で、ゆっくりと立ち上がる。
「こいつはすごい……傷がなかったようだ」
「うん、血も完全に止まってる」
『そうはいっても、失った血が戻るわけでも、痛みが完全に消えたわけでもありません。無理せず、ここから一緒に抜け出すために力を貸してください』
「ああ、迷惑をかけた分、働かせてもらおう」
ブラインは、覚悟を決めた表情を浮かべた。レナとニーナは、見つめ合って笑みを浮かべる。
『さあ、キールさんの援護に行きますよ!』
キール・ネケル。彼は剣士だ。貧乏な家庭に生まれ、幼いころから友人も娯楽もない生活を送っていた。衣食住では苦労はあっても、満足の行けるものではあった。それは当然、質の低いものではあったが。
そんな彼は人並みに動けるようになったころからは両親の手伝いにばかり明け暮れ、遊ぶ時間も学ぶ時間もなかった。十になる頃には家の仕事をほとんどすべて請け負うようになっていた。父も母も、それを申し訳なく思っていたようだが、彼は気にするなと言って働き続けた。
父と母は毎日のように出稼ぎに出かけるので彼は一人のことが多かった。
そんな日々が続く中で、彼は一人の人物に出会った。
「おい、坊主」
「は、はい、なんでしょう?」
彼が洗濯のために水くみに出ていたところ、鎧に身を包みながらも長身なせいかスラっと見える騎士のような男に声をかけられた。その男は、彼に言う。
「俺に、剣術を習ってみないか?」
「剣術、ですか?」
「おう。きっと、役に立つぜ?」
「は、はぁ……」
渋々ながらもうなずいた彼は、男の話を聞く。
「見たところ、お前は金に困ってるんだろ? だがな、手っ取り早く金を稼ぐ方法がある」
「あ、怪しいことは、しませんよ?」
「おっと、そう警戒するな。冒険者にならないか、って言ってんだ」
「冒険者?」
男はさらに詳しく話をする。
「冒険者ってのは力さえあれば金を稼げる、夢のような稼業だ。もちろん命の危険もある。しかし、人に危害を加える凶悪な魔物たちを退治すれば、それに応じた報酬を貰える。力こそすべて、力ですべてが解決する稼業だ。やってみないか?」
「冒険者なら、なんとなく知っています。でも、どうして俺に剣術を?」
「特に理由はない。なんとなく、お前を冒険者にしてみようと思ったんだ。俺が剣術を教えれば、お前はすぐに稼げるようになる。悪い話ではないはずだが?」
「……対価は、何ですか?」
男の言葉に、彼はなおも疑いの眼差しを向けた。彼のそんな態度を見て、男は大きく声を上げて笑った。
「な、何が面白いんですか?」
「いや、利口な奴だと思ってな。対価は、そうだな。お前が一人前になった時、俺に酒でも奢ってくれ。そして、話をしよう。お前の愚痴を聞いてやる。どうだ?」
「……あなたは、おかしな人ですね。でも、本当に教えてくれるなら、お願いします」
「おうよ。そう言うって、分かってたぜ!」
その日から、彼はその男に仕事の合間に剣術を習うようになった。男が来なかった日も、一人で反復練習に取り組む。それから、五年の月日が経ち――
「俺はこれから旅に出る。後はせいぜい頑張れよ」
「……はい。師匠も、達者で」
「いや、もう師匠はやめだ」
「え?」
別れの時、男は彼に笑って言った。
「お前はもう、一人前だよ」
その年、キールは冒険者になった。それから四年の時が経ち、二人の仲間が出来た。努力が報われ、最低ランクのGからDにまで上がった。仲間内で組むパーティーランクも、Eまで上がった。そして今回の依頼を熟せば、念願のパーティーランクD級になれる。そんなところで、彼は危機に見舞われた。
仲間の一人は足をやられ、状況は絶望的。それでも、諦められない。諦めない、理由がある。仲間は、自分で守るッ!
「覚悟しろ、ゴブリンども!」
そう叫び、キールは一人ゴブリンたちに立ち向かう。