Chapter1 Episode13 危機。
さらに洞窟を進むこと数分。ニーナが正確に音を感知するようになった。
「この先に、ちょっと広い空間があるみたい。そこに、結構な数のゴブリンがいる。その場所の左の方にもちょっと空間、もしくは通路があるみたい」
「了解した。ブライン、前は頼んだぞ」
「ああ、任せろ」
ブラインは洞窟でも持てる程度の大きさの盾を構え、前に出る。腰を低くし、慎重に進んでいく。レナは前を照らせるようギリギリまで杖を掲げ、最後尾に付いてきていた。
その表情はやはり険しく、これから起こる何かへの不安が滲み出ていた。両手で杖を握りながらも、腰に差してあるダガーへと意識が向いているようだ。このような狭い場所では、無暗に魔法は使えない。近距離戦になってしまえば、特に難しいだろう。
いざという時は、壁を崩して道を防ぐ程度の覚悟は、既に決めているようだ。
「そろそろよ。あと、一分もすれば、見えてくるはず」
「ああ、気を引き締めていくぞ」
「おう」
『……』
さらに進むこと、一分程度。ニーナの予測通り少し開けた空間が見えてきた。そして、そこには確かにかなりの数のゴブリンが。
「二、三……十五、と言ったところか」
「中規模の巣だな。よし、ブラインが前衛、俺とニーナでカバー。レナは、出来そうなことがあったら、やってくれ」
『分かりました』
「うん、がんばろ」
「行くか」
ブラインのその言葉を皮切りに、四人はゴブリンたちに向かって飛び出した!
ギイイイイィィ!
「食らえ!」
キールが振り下ろした剣が、ゴブリンの胴体を胸元から切り裂く。断末魔を上げたゴブリンは倒れ伏し、屍と化す。続いて二匹、三匹とキールはゴブリンを切り捨てる。
「おいキール! あまり前に行き過ぎるなよ!」
ギイイイイィィ!
「舐めるなよ!」
キールに声をかけながらも、ブラインは丁寧にゴブリンたちをさばき、ニーナやレナの下にゴブリンが向かわないように立ちまわっていた。しかしニーナもブラインの影に隠れているだけではなく、所々で顔を出しつつゴブリンを確実に仕留めて行っていた。
「よし、このまま一気に畳みかけるぞ!」
キールが叫ぶ頃には、もともといたゴブリンの半分程度になっていた。三人は勢いずいてゴブリンたちを仕留めにかかる。だからこそ気付かなかったのだろう。残ったゴブリンの内の一体が、レナの方へと向かっているのに。
そして、レナに向かってさびた剣を振り下ろさんとして上げたのであろうゴブリンの叫び声を聞いてようやく気付いた頃には、既にゴブリンはレナの正面まで来ていた。
「れ、レナちゃん!」
「おい、何してッ」
「レナ、逃げろ!」
ニーナが悲鳴を上げ、それに気付いたブラインとキールも声を上げる。しかし、レナは至って冷静だ。目の前まで迫ったゴブリンを迷いのない眼差しで見つめている。そして、両手に持っていた杖を振り上げ――
「レナちゃんっ!」
――目前まで迫ったゴブリンの脳天に、振り下ろした。
「「「え?」」」
それが最後のゴブリンだったのだろう。レナがゴブリンを倒したことで、辺りに静寂が走る。先程まで慌てた様子でレナに駆け寄ろうとしていたニーナたちは、思わず硬直していた。
レナの一番近くにいたニーナに至っては、レナに向かって伸ばした腕を止めたままだ。
レナがほっと一息ついて胸を撫で下ろしたことを皮切りに、キールたちが言葉を発する。
「えっと……よくやってくれた、レナ」
「うんうん、ナイスだよ!」
「危ういかとも思ったが、助かったならよかった」
キール、ニーナ、ブラインの順で、そのようにレナに励ましの声をかけてゆく。それを聞いたレナは、きょとん、と小首を傾げた。
『は、はぁ……えっと、これくらいの自己防衛力はあると自負したうえで、ついてきたつもりだったんですが……』
「そ、そうだったのか? い、いや、戦闘に関してはからっきしかと……」
「私も生活魔法が使えるとしか聞いてなかったから、戦闘力はないのかなー、って……」
「俺も、普通の少女なのだとばかり……」
『いや、普通の女の子ですけど?』
ブラインの言葉を聞いてむすっ、と頬を膨らませながらレナは不満そうにそう言った。しかし、先ほどのゴブリンを撲殺する迷いのない動作を見て、三人はそれを言葉通りに受け取ることが出来ず――
「そ、そうだな」
「う、うん。だよね」
「いや、失礼した」
――苦笑いを浮かべて、誤魔化すのだった。
「さて、それじゃああとは角を回収して帰るとするか。ニーナ、よろしくな」
「うん、任せて!」
ニーナはそう言うと、ゴブリンたちの死体を順に回り、角を回収していった。他の者たちも戦闘前に身を軽くするために捨てた荷物などを回収し、帰る支度を始める。しかし、レナは一人やはり不安そうな顔を浮かべている。
その不安の種は、すぐ近くまで迫って来ていた。
「ニーナ、そろそろ――」
「え!? や、やばいよ!」
「急にどうした?」
キールがニーナに声をかけようとしたとき、ニーナがばっ、と顔を上げて焦りを浮かべる。
「さっき来た道と、こっちの道からたくさんのゴブリンが来てるっぽい……」
とても冗談には見えない表情で慌てて言うニーナは、ここに来る前に言っていた分かれ道を指差した。
「なんだと!? だ、だが、ここまでの道のりは、分かれ道があっても気配がないと判断してッ!」
「そうなんだけど! でもなんでかわからないけど、たくさん来てるんだって!」
「言い合いをしている場合じゃないだろ! どうする!? とりあえず、後方の警戒をしながらもと来た道を戻るぞ! 狭い通路なら、ブラインが盾で防いで俺が攻撃する。それだけで突破できるはずだ」
ブラインがニーナに叫び、ニーナも反抗するように叫ぶ中、キールは冷静な判断の下そう提案する。他の三人も、それに頷く。
「前方、後方をいっぺんに死守するのは難しい。だから、強行突破だ。後ろから来るやつらに追いつかれないように、早く行くぞ! ブライン、先頭を頼んだ!」
「おう!」
「ニーナとレナは、俺の後に付いてきてくれ!」
「うん!」
『分かりました!』
キールの指示に従い、キールが元来た道を重装甲で可能な限り全力で戻っていく。その後に続いてキール、レナ、ニーナの順で続く。ニーナが後方を警戒しつつ、レナは周りが明るくなるように杖を出来るだけ高く掲げる。ブラインとキールは前方にだけ集中して前から迫ってくるゴブリンたちを迎え撃つ準備をする。
行きよりもかなり急いでいるからか、四人の息はかなり荒くなっている。圧迫感のある洞窟で長時間活動していたから、と言うのもあるかもしれない。特に、重装甲のブラインにとっては辛いものがあるかもしれない。
「来たぞ!」
「おう!」
ブラインが言い、キールが剣を構える。レナとニーナは、二人が武器を思う存分振るえるように少し距離を取る。引き続きニーナが後方を警戒し、レナは光を届けるために杖を前に向ける。
洞窟にゴブリンの悲鳴やキールたちの声が響くようになり、金属の接触音などが聞こえてくることから戦闘の激しさが伺える。狭い通路内では、やはり背の低いゴブリンたちのほうが動きやすいのだろう。ブラインの盾に攻撃が当たる回数がどんどんを増えていく。
「ブライン、大丈夫か!?」
「問題ない。それより、さっさと進むぞ!」
ゴブリン一体一体は確かに弱い。力は小さく、知能も低い。武器や防具を正しく使う技術もなけば策略などもない。しかし、数が多い。
ゴブリンの驚異的な点を挙げるとすれば、その繁殖能力だろう。どんな環境だろうと瞬く間に繁殖し、一匹でも残せば十倍以上になる、とさえ言われている。きっと、この洞窟、基ダンジョンに逃げ込んだゴブリンが大量繁殖したのだろう。その数は、尋常じゃないものになっていた。
「これ、何体いるんだ!」
「もうニ十体は倒したぞ!」
「ねえ、もう後ろからも迫って来てるんだけど!」
三人の慌てた声が、洞窟中に木霊した。