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Chapter1 Episode9 理由。

「実は、二週間後に帝都で年に一度の武闘大会が行われるんです。それに参加する人、観戦する人が各国から集まってきます。もちろん、貿易の中心地であるペグアにも、中継地点としてですが人がたくさん来ます。帝都に行くついでにペグアを楽しんでいく、と言う人も多いのでお客さんが急激に増える時期なんです。大変ですが、やりきった時にはものすごい達成感がありますし、もうかります。一緒に頑張っていきましょう」


 と、言うわけでレナはしばらくの間宿屋で従業員として働くことになった。主な仕事は掃除と接客。料理はヘランが行い、事務関係や金銭管理をペルナが行う。あまりに忙しい時はペルナがヘランとレナの補助をする、と言う方針で準備を進めていった。


「まず、お客様が寝泊まりするお部屋の掃除です。布団を干し、床を掃いて雑巾で水拭きをした後に、家具一つ一つを綺麗きれいに拭きます。まずは、私がお手本を見せるので真似してくださいね」


 ペルナはレナを連れてまだ人の入っていない部屋の掃除を教えることにした。ほうきとバケツ、雑巾を用意して部屋の換気をし、意気揚々と掃除を始める。


「まず最初に布団を洗います。これは洗浄魔法の効果が込められたこの魔道具で――」

『そう言うことでしたら私が魔法を使いますよ? 《水付洗術すいふせんじゅつ》』

「え……」


 ペルナが手に取った霧吹きりふきのような魔道具を使おうとした横で、レナが魔法を唱えた。布団の汚れが一瞬でなくなり、しわもない綺麗な状態になってしまった。

 ペルナが驚いた顔でレナを見ると、レナは杖を抱えて澄ました顔をして佇んでいた。レナはペルナの視線を感じてそちらを見る。しばらく見つめ合う二人。


「……そうですね。魔法を使ってもらったほうが、経済的です。ええ、私は得をしました。あと二週間もこれを節約できると考えると、とても助かります。これからもよろしくお願いします」


 この宿屋で金銭管理を請け負っているペルナ的には、レナの魔法はとてもありがたいものだったのだろう。深々と頭を下げて敬語でレナに頼み込んだ。


『あ、頭を上げてください……働かせてもらうんですから、もちろん全力でやりますよ』

「それはよかったです。ちなみに、部屋の掃除も魔法で出来たりしますか?」

『え? 可能ですけど?』

「……お任せします」

『は、はぁ……』


 ペルナが悲しそうな背中で掃除用具を持って部屋を出て行くのを見送った後で、レナは部屋中を魔法で掃除した。


「さて、次は接客です。そろそろこの宿を利用している冒険者の方が帰ってくる頃です。最初は失敗してしまってもお客さんも許してくれます。自分で考える最大のもてなしをしてみてください」


 一通りの部屋を掃除し終わったころ、ペルナに呼び出されたレナは宿の玄関前に立たされていた。ペルナ曰く、そろそろ客が来るからその相手をしてみろ、と言うことらしい。

 レナは不安げな表情を浮かべながらも、言われた通りお客が帰って来るのを待つ。しばらくすると、一人の冒険者風の男が宿へと入ってきた。


 レナはすかさずその冒険者の下へと向かった。


『お帰りなさいませ。お荷物、お部屋までお運びします』

「え? あ、ああ、新人さんかい? ありがたいけど、これ、重いよ?」

『問題ありません。お任せください』


 頭を小さく下げながら、レナは渋々と言った感じで冒険者が渡した鞄を受け取った。確かにそれは重そうだったが、レナは軽々持ち上げた。


「え……君凄いね、俺でも持つのは難しいのに」

『まあ、魔法使ってますし』


 言って、レナは背中に縄で縛りつけた杖に視線を向ける。


『《風付運術ふうふうんじゅつ》、便利な魔法です』

「はは、そりゃいい。じゃあ、お願いするよ」

『はい』


 レナはそのまま鞄を持って、男の部屋まで運んで行ってしまった。その場に残った男とペルナは、そろって驚きの言葉を口にする。


「あの年で魔法を使いこなしているなんて。将来は立派な冒険者になりそうだ」

「あの人、もしかして私よりここの仕事に慣れてるんじゃ?」


 ただ、男からは感嘆の言葉、ペルナからは信じたくないという意思の籠った言葉だったが。


 その後は最初に決めた役割分担通りレナが接客を行い、ヘランが食堂で調理をし、ペルナが全体の補助をする形でその日の営業を終えた。と言っても、客たちが皆寝静まっただけであり、食器の後片付けなどはちょうど今からやるとこだ。


 などと言いつつ、レナが魔法を使って一人ですべてやっているが。


「本当にレナちゃんは魔法が上手ね。ペルナと同じくらいなのに凄いわ」

「うん、これでだいぶ家計が安定しそうだよ。感謝だね」

『いえいえ、私としては、衣食の提供をしてもらえて、お給料ももらえるというんですから、ありがたい限りです。これはほんのお礼ですよ』


 などと言いつつ、杖を握って笑うレナは本当に嬉しそうに笑っているのだ。


 片付けを終え、ペルナがレナをレナ用の部屋へと案内した。


「レナさん、今日からここを使ってくださいね。他の方が使うことはないので、私物を置いてもらって構いません。家具の配置を変えないでいただければ、自分好みにしていただいて構いません」

『ありがとうございます。では、お休みなさ――』

「あ、ちょっと待って。少しだけ、お話良い?」

『え? あ、はい?』


 ペルナが急に口調を崩して言うと、レナは戸惑いながらも曖昧に頷いた。それ聞いたペルナはレナの手を取って部屋に入り、月明りに照らされる中レナと共にベッドに腰掛けた。


「日中は仕事絡みの付き合いになるから敬語を使うけど、こういう時くらい、同年代の友達として、お話ししたいと思って」

『ああ、なるほど……それは嬉しいことです』

「む~、レナも、敬語じゃなくていいんだよ?」


 突然呼び捨てで呼ばれたレナは、気不味きまずそうに眼をらし、頬をきながら言う。


『その、私の場合人に対しては敬語が素ですからね。でも、気を遣わせてしまうなら、頑張ってみますね、ペルナさん』

「そう言いつつ、敬語だよ?」

『さ、流石に初日からは……すみません。私には私のペースがあるので、もう少し、待ってもらえますか?』

「……うん、分かった。待ってるよ」


 一瞬ペルナの表情に影がかかったように見えたが、すぐに晴れやかな笑みに変わる。


「それじゃあ、聞いていいかな? レナは、どうしてこの街に来たの? 見た感じ、遠いところから来たんだよね?」

『そうですね。ここから西の方にずっと行った所にある、スラナ村と言うところから来ました。一応、冒険者になるために』


 レナは続けて言う。


『はい。その、実はお恥ずかしながら、この旅は家出みたいなものなんです』

「え? 旅? 冒険者になりに来たんじゃないの?」

『正確には、旅に出るついでに、冒険者になる、と言った感じなんです。冒険者になれれば収入源を得られますし、冒険者ギルドが発行する冒険者カードは身分証として重宝するんだとか。旅をするなら、必要なことかと思いまして』

「それは分かったけど、どうして家出?」


 レナはペルナの疑問に、恥ずかしそうに俯きながら答えた。


『その……まあ、別に喧嘩けんかしたわけではないんです。ただちょっと、お母さんたちの顔を見るのが、少しだけ、ほんの少しだけ、嫌になった、と言いますか……下らない、ですよね。あはは』


 乾いた笑いを浮かべながら言うレナに、ペルナはそんなことない、と優しい笑みを浮かべた。


「そういうこと、きっと誰にもあるよ。私は、ずっとお母さんと一緒にいたし、これからも一緒にいたいと思うけど、一回くらいは喧嘩するし、会いたくないと思うことはあると思う。でも、家出して旅、なんてことは出来ないけどね」


 そう言ってペルナが笑うと、レナもつられて笑みを浮かべた。


「私、応援してるよ。レナが一人前の冒険者になるのを。レナの旅が、成功するのを」

『ありがとうございます』

「そうだ、何か目標あるの? やっぱり、旅には目的がないとね」


 そう言ったペルナに、レナはしばらく考えてから、あっ、と閃いたように声を上げて、答えた。


『まずは、B級冒険者、ですかね。なんでも、B級冒険者になればギルド内で物資を優遇してくれるとか』

「それはいいね! 頑張って!」

『はい、ありがとうございます』


 その晩、二人の少女は夜を楽しく喋り明かしたのだった。

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