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水平線の向こうの幸せ

作者: やみの ひかり

はじめまして。やみの ひかり といいます。

初めての投稿作である「水平線の向こうの幸せ」ひとりでも多くの方に読んでいただけると嬉しい限りです。

家から離れるにつれて車の数が減っていくのが最初は不安に感じたが、いくつか並んだ大きな風車が遠くに見えてからはその不安も収まった。

目的地にちゃんと近づいてきている。それを実感できた瑞樹は、家からずっと二つの驚きを抱えたまま、自転車で車道を走り続ける。

一つは、自分が朝五時に起きて急に海に行こうと思い立ったこと。いつもより早起きしたこともそうだが、片道二十キロ近くもある場所に突然行きたくなったことは本当に驚いた。しかも、大学進学を機に実家を離れて一人暮らしを始めた瑞樹にとっては初めて行く場所でもある。

歩行者用の信号が赤く光ったので、瑞樹はブレーキをかけて靴底をアスファルトに付けた。五月半ばの北海道、曇り空の朝でも、一時間以上自転車をこぎ続けていたら汗も出てくる。

短く切ったばかりのツーブロックの髪の間からどんどん流れてくる水滴を手の甲で拭ったあと、自転車のカゴに入れたリュックからスマホを取り出し、地図のアプリを開く。道を再確認した瑞樹は信号が青になるのを見てから再度ペダルに足をかけた。

もう一つの驚きは、海に行きたいという気持ちを自分がすんなりと受け入れたことだ。不思議と、面倒だとかまた次の機会にしようとか、そういった考えは浮かんでこなかったのである。

海じゃなくても良かったのかもしれない。ただ、行ったことのないどこかに行くことが、心が揺れている今の自分にとって必要だという謎の確信が胸の中にあった。

だから瑞樹は自転車をこぎ続ける。

国道に入って何台かのトラックとすれ違ったあと、瑞樹は右折して軽自動車くらいの幅の狭い道路に入った。道の両側から生えた木々は道路の上で枝を絡ませてアーチを作っている。

その木陰を進んでいると、道の先に見えてきた。視界を左端から右端まで埋め尽くす砂浜と、その奥に無限に広がる海が。

デジタル腕時計の時刻は無事に到着したことを祝うように七時ちょうどを表示している。瑞樹は胸の奥からじわじわと湧いてくる達成感から「よし。」と呟いた。上空から聞こえるカモメの鳴き声も、おめでとうと言っているような気がしてくる。

辺りを見てみると砂浜の入口に車が一台だけ停まっている。どうやら先客が居るらしい。その車から距離を置いて、アスファルトと砂浜の境目あたりに瑞樹は自転車を停めた。

周囲に人影は見当たらないが念のため自転車のカギをかけてから、瑞樹は砂浜に足を踏み入れた。スニーカーが砂に沈んでいくことに少し戸惑いながら、砂浜を歩いていく。

海に向かう短い階段を下った後、手を繋いだ男女と瑞樹はすれ違った。そのカップルであろう二人組のことは全く知らなかった。

だが、そのすれ違いは瑞樹が夢中で自転車をこいでいるうちに忘れてしまっていたことを思い出させた。おそらく今、瑞樹がここにいることのきっかけとなった出来事を。

波打ち際に着いた瑞樹は立ったまま目の前に広がる海を眺めた。少し濁った青い水がリズムに乗って白い波を作りながらこちらへやってくる。

その様子を目の水晶体に映しながら、瑞樹は少し前の出来事を省みていた。

二週間前のゴールデンウィーク、高校の同級生の男子と瑞樹は一年ぶりに再会した。その男子とは高校生の時はよく遊んだが、大学に入ってからは全く会っていなかった。

瑞樹の家の近くまで来てるから会わないか、そんな文章がスマホに届いた瑞樹はいきなりの誘いだったが特に用事もなかったので誘いに乗ることにした。

最寄り駅で待ち合わせして、軽く話したあと二人でカラオケに向かうことになった。瑞樹よりも背の高い男子は、明るい茶色に髪を染めていて前よりチャラくなった印象を受ける。その見た目に瑞樹は少し圧倒されるが、話している感じは前とそんなに違いはなくて少し安心しながらカラオケ店に向かっていた。

その時だった。

「そういえば、瑞樹に言ってなかったことがあるんだけど言ってもいい?」

隣を歩く彼が、突然そう言い放ったのは。

なんの心当たりもない瑞樹はそのまま二つ返事でうん、と返してしまった。

「実は俺、凪と付き合ってたんだよね。」

突然のことに、瑞樹は一音すら声が出なかった。

不意をついて耳に入ってきたのは瑞樹が高校生の時に付き合っていたことがある同じ高校の女子の名前。

瑞樹から告白して付き合い始めたのだが、大学受験のプレッシャーと家庭環境の悪化に同時に苦しめられていた当時の瑞樹には彼女を気遣う余裕がなかった。そのため、二人の関係が長続きしないのは当然のことだったのだ。

瑞樹が立っているのも難しいくらいに動揺していることに気づいていない高校の同級生の男子はさらに話し続けた。

凪と会う度にホテルに行っていたこと。誕生日を祝わなかったことがきっかけで二人は別れたこと。それから凪がたくさんの男性と体の関係を持つようになったこと。新しい彼氏と本州で同棲していること。

カラオケ店に着いてからも、解散してからも、家に着いてからも。

瑞樹の頭の中は彼女のことでいっぱいになっていた。

その日は自室に戻ると頭を強く殴られたみたいにベットに倒れ込んだ。昼前に目が覚めてから、瑞樹がやっているSNSやゲームからその同級生のアカウントを全て削除した。    

同級生の男子が何を考えてカミングアウトしたのかは分からないが、そんなことはどうでも良かった。いきなり切りつけてくる通り魔のことを気遣ったりする理由はないのだから。

そうしてスマホを触っている時に気がついたことだが、SNSから凪のアカウントも無くなっていた。高校のときに別れた後は気まずくて全く連絡していなかったために消えていたことに全く気づいていなかった。

ビュウ、と海の向こうから飛んできた強風が瑞樹にぶつかる。その音で意識が現在に戻ってきた瑞樹が見上げると、先ほどまではわずかに見えていた青空が全て雲に覆われてしまっていた。

自分の影が暗くなった砂浜と同化してしまい、自分が闇の中に迷い込んだような錯覚に陥る。

さらに、それと同時に襲ってきた疲労感によって瑞樹は砂の上に腰を下ろす。

頭の上を柔らかく突く雨粒に気づいた瑞樹は、リュックからウィンドブレーカーを取り出した。  

近くに雨宿りできる場所もなく、また、雨を避ける気力もない瑞樹はウィンドブレーカーを着てそのまま雨に打たれることにした。段々と激しさを増していく雨が瑞樹の全身にぶつかる。まるで、過去の行いを責めさいなむように。

高校生の時、両親の離婚が決まった瑞樹はひどく不安定だった。喧嘩の絶えない家庭で、自分勝手な両親と暮らす瑞樹は家の中でずっと孤独を抱えていた。両親が離婚するとなった時、瑞樹の感じる孤独、そして自分のことを見てほしいという気持ちはピークを迎える。

それが恋愛感情と混ざって、何をしてでも人から求められたいという歪んだ形で発露するのは無理もないことだった。

凪に交際を迫ったのも自分のことを満たすためだけが理由であり、彼女を支えたいという気持ちはその時の瑞樹には微塵もなかった。それなのに自分のことを満たしてもらうために瑞樹は気遣いのできる優しい人物のように振舞っていたりもした。

仕事で忙しい母親と二人で暮らし、ずっと寂しい思いをしてきたと凪から聞いていたにも関わらず、瑞樹は自分のことを満たしてもらうことを優先した。だから、凪に別れを切り出されたのは当たり前のことだった。

満たされたかったのは彼女も同じだったはずなのに。

雨粒を飲み込みながら強風とともにこちらに押し寄せる波は先程より力強く動いている。つま先に海水が付いたので、瑞樹は少し後ろに下がった。

もし、あのとき凪のことを大事にできていたら凪はたくさんの男と関係を持たなかっただろうか。もし、凪の話を聞く余裕があったなら今こうして一人で雨に打たれることはなかったのだろうか。

今でも、凪と一緒にいることはできたのだろうか。

そんなことを、瑞樹は目をつぶり頭の中で繰り返し考える。

人生にはやり直せることはあるだろうが、二度とやり直せないことも存在する。自責と後悔の連鎖が、頭痛を引き起こし胸を締めつけていく。

こんなことをしても何も変わらないどころか苦しくなるだけだ。でも、どうしたらいいのかが分からない。

どうしたら、どうしたら。

答えの出ない思考のループに陥いっていたその時だった。

目を閉じていた瑞樹にも分かるように、世界は変わった。

「止んでる。」

体を雨に打たれる感覚がなくなったことに気づいた瑞樹は、瞼を上げた。

「きれいだ。」

目の前に見えたのは雲の切れ間から除く太陽と、その光に照らされた白い水平線と、その上に浮かび上がった綺麗な虹。

きれい、という言葉が思わず出てきたのと、瑞樹の瞳から涙が零れたのは同時だった。

そうか、そうだったんだ。

見つからないように思えた答えは綺麗な光景に触発されて胸の内側から湧いてきた。

大切なのは空が曇ってしまったことじゃない。雨が降ったことでもない。

いま虹が出ていることだ。

そして、これから空が快晴になっていくことだ。

見るべきは辛い過去じゃない。今、そしてこれからだ。

たしかに、過去の自分は凪のことは大切にできなかった。だけど今と未来の自分にはまだ、誰かのことを大切に、思いやることのできる可能性がある。

いつまでもやり直せない過去に囚われて、変えられる今を見失ってしまってはいけないんだ。

自分にできることは、今いる友達や関わりのある人のことを大切にすること。

それから、この先のまだ見ぬ出会いを大切にしていくことなんだ。

奮起して立ち上がった瑞樹は涙を拭い、虹のかかった海のずっと先を見た。

そして、水平線の向こうに幸せがあることを、強く強く祈った。

海の向こうの彼女に対してできることはこのくらいしかない。

けれど、もし。もしどこかの未来で再会できるなら。

その時は、君の話をちゃんと聞かせてほしい。

瑞樹はしばらく水平線を見つめたあと、砂浜を後にした。

濡れてしまったリュックを自転車のカゴに乗せ、水滴の付いたペダルを踏む。走り出した自転車の後方から聞こえる再び飛び始めたカモメの鳴き声を聞きながら、瑞樹はここに来た時よりも力強く自転車をこいだ。


はじめまして。やみの ひかり と申します。

こちらは初の投稿作です。数か月前に書いたものを推敲したものになります。

自分の経験を元に物語として作り上げたので辛いことを多く思い出しましたが、最後は救いのある終わり方にすることができ、瑞樹だけでなく自分の心も明るい方向へと持っていくことができました。

ほかの人に自分の作品を読んでもらうことにまだ慣れていないので至らない点はあると思いますが、温かく見守っていただけると幸いです。

この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。

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