act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】⑧
本を購入し、家へと帰るウテナ。玄関のドアに手を掛けようとした時、ふと気配の様な物を感じて大通りの方へ目を遣る。
そこに居たのは、ロングコートに身を包んだ
身体の大きい男性と、昔“シブヤ系”と呼ばれていたような服に身を包んだ、所謂ギャルのような少女の二人。
「ねえねえ、この辺に最近女の子引っ越して来なかった? 前髪フェザーバンク系の、髪色はスプルースで、目のおっきな可愛い子なんだけど」
何を言っているんだこの子は。
「すみません、日本語以外はちょっと」
「日本語だよ!」
「……写真を見せればいい」
後ろの身体の大きい男性が口を開く。
あーっ、そっか!と言いながらスマートフォンを取り出す少女。凄まじい速度でスマートフォンを操作し、一枚の写真をウテナに見せた。
そこに写っていたのは、来栖美羽。
(この二人は、美羽を探している?)
「失礼ですが、貴方たちは?」
「あ! 違うの違うの! ほら!」
そう言って少女は別の写真を見せる。そこには、美羽と目の前の少女のツーショットが写っていた。
「可愛く撮れてるでしょ、これ」
「……そうですね」
「もっと見る? あ、美羽の指ハートとかめっちゃ可愛いよ」
「リコ。本題に」
「そうだった!」
リコ、と呼ばれた少女がスマホを仕舞う。ちょっと見たかったのに、とウテナは思った。
「ああ、えっと」
「ウテナ、お待たせしました」
美羽なら家の中に、と言おうとした瞬間、家のドアが開き、美羽が出てきた。
「美羽ー! 久し振りー!」
「あっ、リコ!?」
ウテナの横を走り抜け、美羽に抱きつくリコと呼ばれた少女。
「嬉しい! 来てくれたんですか?」
「当たり前じゃん! 《花婿》決まったって聞いてさ! どんな人か気になって、すぐ来ちゃった!」
「美羽、その人は?」
「昔からの友達です。とても、大切な」
「貴方が美羽の《花婿》なのね、初めまして。私はリコリス・ヴィスコット。みんなリコって呼ぶわ」
美羽に抱きついたまま、顔だけウテナの方を向き、リコは自己紹介をした。
「急に押しかけて悪い」
「あ、いえ……」
「俺はセルゲイ・アルバカム。想像はつくと思うが、リコの《花婿》だ」
「蓮見蕚です」
「セルゲイ強面であんま喋らないから怖く見えるけど、人見知りなだけだから気楽に絡んであげてね」
その言葉に対し、セルゲイは特に何も言うことなく小さく笑った。
「ええ、どうぞよろしく」
「本当は引越し祝いにパーティでもしたいんだけど、生憎これから任務なの、また今度ね」
「ええ、時間のある時はいつでも来てくださいね」
「ありがと! ……あ、ねえねえ、蓮見くん」
ちょいちょいと手招きして、耳打ちできる高さまで屈むようにジェスチャーするリコ。
そして、ウテナの右耳に口を近づけ囁く。耳にかかる息に思わずドキッとする。よく見ると、この少女も相当に整った顔立ちをしている。
「……正直ね、美羽はちょっと世間知らずっていうか、不思議ちゃんなところがあるから、男の人と一緒に暮らすのは少し心配です。いい子なのは私が保証するから、どうか大事にしてあげてね」
リコリス・ヴィスコットという少女は、本当に美羽の良き友人なのだろう。彼女と出会った瞬間の美羽の表情からもそれは読み取れた。
勿論、大切にします、とウテナは答える。
つもりだった。
「---もし、美羽のこと泣かせたら、蓮見くん、蜂の巣にしちゃうよ♡」
……
おおよそ脅しとは思えないような凄みを孕んだ言葉と、右耳に銃口を突きつけられた様な冷たい感覚を残し、リコとセルゲイは去って行った。