act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】⑦
新居は中心街に位置しており、時間を潰す場所はいくらでもありそうだ。
と思っていたのだが。
いざ時間を潰そう、と考えると、意外と何もできない事が多い。結局少し歩いた場所にある本屋に入る。
小さな外観にも関わらず、中はコミックから図鑑まで、幅広く取り揃えられていた。普段あまり本は読まないが、もし神造機について調べられる事があれば調べてみよう。
本屋の隅にひっそりと数冊、神造機についての本を見つけた。手に取ってパラパラと捲ってみる。文字が細かくて中々頭に入ってこない。
---神造機。
“天使”を模して創られた生体。その身体構造は人間に酷似しており、人間と同様に食事、睡眠を必要とし、人間との生殖活動によって個体を増やす。人間との相違点については、通常の一部の臓器、機関が機械として置換されており、各個体に応じた特殊な能力を持つ。その構造上、染色体の構成にはXXである必要があり、神造機には人間的な性別の女性しか存在しない。神造機より産まれた女児は神造機となるが、神造機より産まれた男児は神造機とは定義されない。
なるほど?
ウテナは難しいことはよく分からなかったが、要は神造機はほぼ人間に近いアンドロイドの様な物なのか。
更に読み進める。
「蓮見さん」
「うおッ!?」
またしても不意に後ろから声をかけられ、声を上げてしまう。振り向くと、S.H.I.P.本社で会った栗色の髪の女性、硯野志緒がいた。
「本屋ではお静かに」
「あ、ああ、すみません」
「神造機について勉強ですか。良いことです。私達の事をちゃんと知ってください」
「志緒さんも、神造機なんですよね?」
「ええ、そうですね」
志緒は自身の左の薬指に目を落とし答えた。
「志緒さんの《花婿》って、どんな人なんですか?」
ウテナの言葉に、志緒は暫し考えこむ。
「……そうですね、なんというか、うーん。……とても優しい男性なのですが、不思議な方ですね」
「不思議な方、ですか」
「ええ」
そう言いながら、表情を変えずに本の棚を見る志緒。
「志緒さんは、よく本は読まれるんですか」
「そうですね、読書は良いです。小説であれ、エッセイであれ、自分ではない誰かの文章化された心情に触れられるのは貴重な機会です。その小さな紙の束に色々な世界が詰まっている、とても素敵な物ですね」
思ったよりも熱く語られた。表情や声色こそ変わらないが、この人の心の内は発語の量に反映されるんだな、とウテナは思った。
「もしよろしければ、一冊お薦め致します」
「じゃあ、折角だから」
「そうですね、これはどうでしょうか」
本棚を眺め、一冊の本を選び、手渡す志緒。
表紙には。
「……『君が、その翼を誇るなら』?」
「感情を失くした少女と、その子に好意を持つ少年の話です。この作者は感情の表出がとても上手な方で、心の描写がとても丁寧なんです」
「でも、この女の子は感情を失くしてるんですか?」
「そこがこの作品の面白いところです。あまり内容についてはここで言うのは辞めておきますが、もし宜しければ」
「ありがとうございます、読んでみようかな」
一冊の本を手にし、帰宅の道に着くウテナ。そろそろ片付けも終わっているだろう。