act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】⑥
「わー! 広くて綺麗ですね!」
ウテナと美羽は、S.H.I.P.本部から数百メートルの場所にある、マンションの一室にいた。ネーネカが手配する、と言っていたのは、『2人で暮らすための部屋を用意する』と言うことであったのだ。これまでウテナが暮らしていた部屋が6畳の1Kだったのに対し、こちらは何と2LDK、しかも家賃についてはS.H.I.P.で持ってくれるという破格の条件だった。
ウテナ本人としては、それどころではないのだが。
「み、美羽さん?」
「美羽でいいですよ」
「えーと、美羽。俺の勘違いじゃないか、確認させてほしいんだけど、これは一緒に住むって事で合ってる? ドッキリとかじゃないんだよね?」
「ええ、よろしくお願いします。あ、食事なんですけど、嫌いな物とかありますか? 私料理するのは好きなんですけど、たまにはウテナの料理も食べたいなって思ったり」
「あ、ああ、うん、まあ、その辺は追々ね」
今後の同棲生活?への解像度を上げていく美羽と、今ひとつ受け入れ切れていないウテナ。この子が特別そうなのか、神造機全般がそうなのか、そこら辺の事情については詳しくなかった。
「さて、ウテナ。これから私たちは一緒に暮らすことになるのですが」
「はい」
「正直私はウテナのことを全然知りません」
ですよね。
「でも、出逢った時にウテナが優しい人だっていうのは分かりました。兄さんの部屋のドアを開けた時に、ウテナが居て、本当に嬉しかったです。ああ、これから私の《花婿》になってくれるかもしれない人が、優しい人で良かったなって」
真っ直ぐに目を見ながら語りかけてくる美羽。本心だとしたら、こうも包み隠さず胸の内を語れる物だろうか。
「私はウテナの神造機になりたい、って思いました。だから」
そして、左の薬指に指輪を嵌めながら。
『---死が二人を別つまで』
誓いの言葉を口にした。
「……もし、いつか、私の《花婿》になってもいいって思ってくれる日が来たら、よろしくお願いしますね?」
そう言うと、指輪の片割れをウテナに手渡す。ウテナはその指輪を受け取ると、手袋に包まれた自分の左手に目を落とした。数瞬の逡巡の後に。
「……蓮見蕚、17歳。血液型、B型、誕生日は11月17日、よろしく」
ぽかんとした表情を浮かべる美羽。
「さっき初めて会った時、ちゃんと自己紹介出来なかったからさ。改めて、って事で」
一緒に住むって事が決まってから言う事ではないけど、の言葉は飲み込んだ。
「---来栖美羽、17歳。O型、誕生日は2月6日です。少しずつ私の事を知ってもらえると嬉しいです」
そう言ってにっこりと笑いかける美羽。
「では、私も荷解きを始めますね」
「ああ、そうだね。じゃあ俺は外にいるよ」
「居てくれてもいいですよ。見られて困る物はそんなには無いので」
そう言いながら、段ボールの一つを開ける美羽。段ボールを開け、中を見て。
直ぐに閉じた。
蓋を閉じるスピードの速さにウテナが驚いていると、顔を赤くした美羽がゆっくりとこちらを向いた。
「……これはちょっと見られると困る物でした」
どうやら箱の中に入っていたのは下着だったようだ。少し気不味い空気が流れる。
「……ちょっと外に出てるよ」
「……面目ないです」
この後も“見られると困る物”が出てくる可能性を見越して一度外に出た。せっかく引っ越したのだ。新居の周りをぶらつく事にしよう。