act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】⑤
「改めまして、来栖美羽です。さっきはありがとうございました」
「は、蓮見蕚です」
「なーんだ、そんなイベントがあったのね。すごいね、運命だよ。君たちは出逢うべくして出逢ったんだ。これはもう、ウテナくんは美羽のグルームになるしかないね」
「そのグルームって言うのは?」
「ああ、グルームっていうのはね、神造機の所有者のことをそう言うんだ。花婿、って言葉を英語にしたものなんだよね」
「花婿、ですか?」
「そう、花婿と書いてグルームさ。神造機との契約は婚姻に似ている。ペアになった《花婿》と神造機は、お互いを運命共同体とするべく、まず指輪の交換を行うんだ」
こんな風にね、と左手の薬指の指輪を見せて笑う空斗。ネーネカも同様に指輪を見せてにへっと笑う。どうやら、空斗の神造機はネーネカのようだ。
ウテナは志緒が立つ方向に目を向ける。整然たる様子でドアの近くに立つ彼女の左手の薬指にも、《花婿》がいるであろう証の指輪が光っていた。
「俺と美羽さんが契約するとなると」
「指輪の交換をしてもらうことになるね」
美羽の両掌が淡く光り、片手に一つずつ、計二つの指輪が出現した。
「片方を《花婿》がつけて、もう片方を神造機がつける。そして、誓いの言葉を述べるんだ」
「誓いの言葉、ですか」
「『死が二人を別つまで』です」
「そうすれば契約完了となる」
「……なんか、結婚式みたいですね」
「そう言っただろう? まあ、書類上の縛りはないし、法律云々の話もない。契約は契約として、神造機との関係は夫婦でも、恋人でも、主従でも、武器としてでも、それは自由さ」
「まー、でも私たち的には出来るだけ大事にしてくれた方が嬉しいんですけど☆」
男女の指輪の交換。それが形式上とは言え、どの様な意味を持っているか。ましてや、ほんの1時間ほど前に知り合った相手である。美羽の方を見ると、少し不安そうな笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。
「その、契約って、今決めないと駄目ですか」
「そんな事はないよ。寧ろ今すぐ『契約します!』って即答できる方が珍しいと思う。まあ、暫く一緒に暮らしてみて、それで決めたらいいんじゃないかな」
「そうですね、ちょっと今すぐは決められそうもないので、そうしてみようと思います」
「美羽もそれでいいよね?」
「ええ、よろしくお願いします」
「それじゃ、ネーネカ。後の事は頼んでいいかな」
「お任せくださいませ☆」
そう言うとネーネカはパタパタ急ぎ足で部屋から出て行った。一体何の準備なのだろう、とウテナが考えていたが、その思考は美羽の声で中断された。
「ウテナ、不束者ですが、何卒よろしくお願いしますね」
「あ、ええ、こちらこそ?」
美羽の言葉に多少の違和感を覚えつつも答えるウテナ。実は、この会合の中、空斗の口よりサラッと放たれた言葉。
『暫く一緒に暮らしてみて、それで決めたらいいんじゃないかな』
膨大な量の情報の処理に気を取られ、その言葉を聞き逃していた事に気づくのは、ウテナの家の荷物が綺麗さっぱりと運び出された後であった。