act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】④
「蓮見……蕚君だね」
部屋の中にいたのは、中央に位置するデスクの前に座る、金髪のウルフカットの軽薄そうな若い男性、そしてメイド服のように改造された制服に身を包んだ若い女性の2人だった。
「初めまして……で良かったよね? どうぞ座って、今お茶を出そう。ネーネカ」
「はい、かしこまりました☆」
ネーネカと呼ばれた女性が不自然な程に明るい声で応える。るんるん、という効果音が聞こえてきそうな歩き方のままウテナに近づき、そして、どこからともなくティーセットを取り出し、湯気の立つ紅茶を注いだ。
「あれ?」
「おや、紅茶はお嫌いでした? ちなみに私のオススメはジャムと一緒にいただくスタイルなんです。まあまあ、騙されたと思って☆ ロシアンティーって紅茶にジャムを入れた物だと思われてるんですけど、実は少し違ってて紅茶を先に口に含むんです。さあさ、まず一口☆」
「い、いただきます」
ネーネカと呼ばれた女性の勢いに困惑しつつも、言われた通りの方法で紅茶を飲むウテナ。
「あ、美味しい」
「あと、こういうのもどうでしょう☆」
と言いながら、またもどこからともなくカットされたトマトを取り出すネーネカ。言われた通り紅茶と一緒に食べてみるが、こちらはリアクションに困る味だった。
「おいしいですか?」
「ええ、まあ……」
「まあ、この食べ方は合わないんですけどね、なんでもかんでも信じちゃダメですよ☆」
……一体なんなんだ。
「さて、本題に入ろうか」
座っていた軽薄そうな青年が口を開いた。
「S.H.I.P.統括官、超常管理局長の来栖空斗です。よろしくね」
「統括官……」
「最初に確認だがウテナ君、君がS.H.I.P.という機関について知っている事を述べてみてくれないかな」
「S.H.I.P.について、ですか?」
ウテナは自分の記憶にあるS.H.I.P.の情報で思い当たる事を探してみる。
「えっと、“超常の欠片”を調査したり管理するための機関ですよね。管理した“超常の欠片”は人間社会に役立てられるように研究されるって」
「そうだね、概ねその認識でいい。僕らは未だ構造の明かされていない、また、そもそも僕らの手の中にない“超常の欠片”を管理する事を目的としている。中には危険な物もあるからね。それこそ世界の仕組みを崩してしまうような物もある。そういった事態を未然に防ぐために僕らは日々試行錯誤しているのだ」
「なるほど」
「ではここでもう1問。世界の仕組みを壊してしまうような怖い“超常の欠片”。僕らはどのようにして管理しているのか、考えてみてくれるかな」
「……?」
「どうやら『この質問と、今日呼び出された事と、何の関係があるのか?』とでも言いたそうな顔だね」
図星だった。誤魔化すように紅茶のカップを口に運ぶウテナ。
「ウテナ君は、手短に目的だけ伝えてほしいタイプかな? まあそれでも良いけどね。正解発表といこうか」
空斗は椅子の背もたれに寄りかかり肘を肘置きに置きながら身体の前で手を組む。
「なんてことない話さ、手に余る“超常の欠片”は別の“超常の欠片”を使って管理すればいい。余りにも安直かつリスキーな発想だよね。でも、今のところそれで何とかなっている」
「つまり、S.H.I.P.は“超常の欠片”を利用しているってことですか?」
「理解が早くて助かるよ。その通り、僕らは“超常の欠片”を武器としているんだ。さて、前置きが長くなったけど、今から君を呼んだ理由に入るよ」
ウテナは持っていたティーカップを静かに置き、空斗の言葉を待つ。
「神造機、という”超常の欠片”があるんだ。階級は一応Cランク、『存在または起動によりもたらされる影響の大きさが一個小隊に匹敵すると考えられる物』って定義されている。これを主に僕らは使っているんだ。」
「神造機、ですか」
「そう。神造機はそれ単体でもある程度の戦闘能力を持つんだけど、使用者がいた方がより高い性能を発揮できる。そこで僕らは、とある基準に当てはまった人に神造機の使用者になる事を頼んでいるって訳さ」
「つまり、俺がここに呼ばれたのは」
「君に神造機の使用者になってもらおうと思ってね。勿論どうしても嫌な時は断ってくれても構わないよ。神造機の使用者になったら盾の島の中心街に引っ越せたり、給金も増えたり、悪い話じゃないと思うけどね」
「なるほど」
確かに特典は多いようだが、今一つ腑に落ちない要素は残っている。神造機とはどういうものなのか、使用者になった場合は今後どういう事をするのか、そもそも何を基準に自分が選ばれたのか。そんなウテナの葛藤を察してから、空斗が口を開いた。
「なんで君に声をかけたか、なんだけどね。深い理由はないよ。相性診断の結果、君が一番相性がよかったんだ」
「相性診断、ですか?」
「で、君の神造機だけど、実はちょっと到着が遅れていてね。もう少しで到着すると思うんだけど……」
その時だった。部屋の外、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえ、
「すみません、遅れました!」
勢いよく扉が開いた。声の方へ目を向けると。
「はぁ、はぁ、すみません。ちょっとトラブルに巻き込まれまして……」
そこにいたのは。
「あ、あの……」
「はぁ、えっ、あっ!?」
「ん? ひょっとして、知り合いだった?」
「に、兄さん。ひょっとして私の《グルーム》って?」
「に、兄さん!?」
「はは、2人とも騒がしいね。まあ似た者同士って事でそれはそれで」
「それはそれで、じゃなくて!」
「まあ一個ずつ説明しなきゃだね。そこに居るのは来栖美羽。僕の妹、そして、君の神造機になる予定の子だよ」
来栖美羽、と呼ばれた少女はウテナを見て少し気まずそうに笑った。