act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】13
地に伏した数多の蟲々の中、ヒヨリは肩で息をしながらも依然として兵士達に向き合っていた。
目立った傷こそ無いが、既に矢を番える右手の握力はほぼ使い果たし、残りの矢も尽き果てていた。
「いやいや、見事見事」
態とらしく拍手をしながら白衣の男が口を開く。
「正直、お前単独で防ぎ切るのは厳しいとは考えていたんだがな。どうすんだよ、計画がおじゃんだ」
「……もういいでしょ、貴方達が私を突破するのは無理よ。退きなさい。」
その言葉が虚勢であることは、誰の目から見ても明らかであった。どれだけ弓術に秀でた妖精であれ、残された体力では向かい立つ兵士を制圧するのは限りなく不可能に近いと、ヒヨリ自身も理解していた。
そしてもう一つ。体力の尽きかけているヒヨリに纏わりつく違和感。思考の一部を占拠するそれは、しかし現在のヒヨリの疲労感が霧となり正体を覆い、その全貌を隠していた。
「まあ、このまま強行突破してもいいんだけどな、せっかくここまで粘ったんだ。それも面白くないか」
「……?」
白衣の男が小さく笑う。冷たい微笑み。僅かな動きだったが、この男と相対してからの何よりもヒヨリの背筋を凍らせた。
「ところで、だ」
蛇のような声。
「お前のところのお仲間も冷たいな。こんだけお前が頑張っても誰も助けに来ないんだな?」
戦慄。
ヒヨリの喉から空気が漏れる。シノがハレを連れて集落に戻ってからどれだけ経ったか。正確な時間は覚えていないが、少なくとも増援が到着するには十分であったはず。
ヒヨリの頭に過る、最悪の展開。
「……貴方ッ!」
「お、察しがいいな」
怒りを堪え、爆発するように集落に向けて走り出すヒヨリ。姉妹のように育った友人の、偉大な父の、そして、何よりも大切な子供達の無事を確かめるために。
「でもな、それは悪手だ」
その刹那。
「ッ!?」
ヒヨリの背中に走る熱。走り出して重心を自らの身体よりも前方に置いていたヒヨリはバランスを崩し転倒する。
「痛ッ……?」
熱を持った部位から伝わる、何かが溢れるような感触。ぬるりとした液体がヒヨリを濡らした。
攻撃を受けた。どこから?
銃声はしなかった。あの兵士達じゃない、はず。
だとすると。
顔を上げるヒヨリ。そこにいたのは。
「……蜻蛉?」
体長1m程の蜻蛉がそこにいた。さっきの虫達の集団の中には蜻蛉は居なかったはずだ。
「今までの虫の動きに慣れた眼じゃ、蜻蛉の飛行速度は捉えられないよな」
再びヒヨリに走る違和感。この森で蜻蛉は見たことがない。
予てからずっと、可怪しいとは思っていた。
この森の昆虫達は、妖精に対して敵意を示すことはこれまで無かったはず。
ということは。
「持ち込んだのね……!?」
「ああ、意外とモノになっているだろう?」
先程ヒヨリを襲った昆虫は、元々森に生息していた物達ではない。白衣の男によって創造られたものだった、言わば外来種だった。
「さて、無駄話が過ぎたな」
兵士達がヒヨリを取り囲む。銃口を向け、そして。
引鉄を引いた。




