act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】11
「ハレの祖父、初代頭領のアマツ様が病床に臥せってから『碧落楽団』は急速に勢いを失っていきました。長命の種族である妖精は、裏を返せば世代交代の機会が難しいって事にもなります。それは我々も例外ではなく」
シノは淡々と語る。
「最期の時、アマツ様は、二代目の『碧落楽団』頭領を決めるために二人の孫を呼びました。ここにいるハレ、そしてその弟のヤクモです」
「あれ、初代頭領には娘さんが居なかったっけか?」
「……本当に何でも知ってるんですね。そうです、順当にいけばアマツ様の娘、……ヒヨリが二代目の頭領になるはず、でした」
ハレの顔が曇り、目に涙を蓄える。
「あの日、までは」
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そこは、穏やかな陽光が差し込む森。
そこは、喧騒たる静けさを湛えた森。
そこは、支配者たる昆虫達が住む森。
人間達が『虫喰みの森』と呼ぶそこは、少なくとも私達にとっては安寧と平穏をもたらす優しい森であることは間違いなかった。
昆虫達は穏やかで彼女達を害すことはなく、森林は数十人規模の私達を決して飢えさせない恵みを与える。楽園なんてものは見たことがないけれど、きっとここのような場所なのだろう。
「お母さあん!」
花冠を持った娘が駆けてきて、膝の辺りに飛びついた。想像の中よりも大きくなった娘の勢いに少しよろめく。転びそうになったが、このまま尻餅をつくと背負っていた弓が折れてしまうかもしれないので何とか踏みとどまった。
「上手に出来たね、ハレ」
「お母さんにあげる。今日は大事な日だもんね」
「あら、もしかして今日がなんの日か知ってるの?」
「もちろん。今日はなんてったって、お母さんが私たちのリーダーになる日だもん。私だってそれくらい分かるよ」
「おじいちゃんはちょっと寂しそうだけどね。ヤクモは準備手伝ってるのかな」
「ヤクモはお祖父様と難しい話してるよ。私はよく分からなかったから逃げてきた」
「あはは、ハレは私に似たね。私もおじいちゃんの話は難しくて眠くなるから」
父を早くに亡くし、それでも素直に、健康に育った子供達。弟は賢く、初代頭領の後継として恥ずかしくない射手になるだろう。そして娘は、まあ、少し心配だけど。それでも弓術についてはいずれ私を凌ぐ物になるだろう。
本当に将来が楽しみな子供達。私には過ぎた子供達。であれば、今はただ、この子の先を歩こう。まっすぐ育ったこの子達が、道を迷わないように。
そんなことを考えていると。
「いたいた。こんなとこに来てたの、ハレ」
「あら、シノ」
「ヒヨリ様も、こんな所で油を売ってないで継承式の準備をしませんと」
「堅苦しい言葉遣いはやめてよ、シノ。昔みたいにヒヨリ〜、ヒヨリ〜って後をついてきてたのが懐かしいわ」
「うっ、今そういう話はいいじゃないですか。そういう訳にもいきませんよ。今日の継承式が終われば、正式に『碧落楽団』の頭領はヒヨリ様になります。立場って物を考えないといけません」
「はいはい、シノちゃんは真面目ですね〜」
「ですね〜」
「ハレ、あなたまで……」
にこにこと笑うハレと、少し困ったような顔で笑うシノ。私はこの幸せを守る為に『碧落楽団』の上に立つ。それはきっと、私にしか出来ない事だから。
「さて、戻りますよ。アマツ様もお待ちでしょう」
「そうね、行こう? ハレ」
「うん!」
先導するシノに向けて走り出すハレ。その後ろをゆっくりと着いていく。
「……?」
ハレが何かに気付いたように立ち止まり振り返る。
ハレ? と声を掛けようとした刹那。
「……ッ!?」
途轍もなく邪悪な気配。後ろからだ。
「ヒヨリ様?」
何か、いる。
怖い。怖い。怖い。
だからこそ、せめて。
「シノ、ハレを連れてって」
「え?」
そして。
「んー? ああ、これが妖精か。報告どおりだな」
木々の奥から白衣を着た神経質そうな男と、宇宙服のような服を見に纏い、銃火器を携えた数人の男が現れた。
「何匹か捕まえろ。サンプルは確保しときたい」
ぞろぞろと宇宙服の男達が前に出てくる。シノがハレを守る為に前に立った。
「シノ!」
「ヒヨリ!?」
「ハレをお願い」
「いや、でもっ!」
「シノ、貴女にしか頼めないの」
「ッ……!」
「走って!」
「……ハレ、行くよ!」
「えっ? まって、お母さん? お母さん!?」
娘の縋るような声が後ろ髪を引く。
「……ハレ!」
「お母さん!」
「……花冠、ありがとう! また後でね!」
「二人逃げたぞ、追え」
武装した兵隊が走り来る。私の脇をすり抜けて、ハレとシノを追うつもりだろう。
「……させると思う?」
脇をすり抜けようとした兵隊がその場に崩れ落ちる。
「ここは通しません。『碧落楽団』第一分隊長、ヒヨリ、推して参ります!」




