act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】9
「まったく! なんでわたしの言うこと聞いてくれないの!? お祖父様の言うことは聞いてたじゃん! あっ、ねえ! 行かないでってば!」
数百メートルの距離を歯牙にかけず美羽のナイフを射抜いた少女は、遠距離のアドバンテージを捨ててウテナ達に近づき、これまで攻撃を仕掛けてきた奴らへ向けて説教をしている。
「……俺は腑抜けに付き合ってる暇はないんだよ」
捨て台詞を吐きながら襲撃者達は踵を返し眼前から消えた。少女は追いかけようとはせず、その場に立ち尽くし、頭の後ろで纏めた髪を弄りながら不服そうな表情を浮かべる。
「驚かせてごめんね。ってか、驚かせた、じゃ済まないか。誠に申し訳ない。彼らに代わって謝ります」
少女の隣に立っていた長身の女性がウテナ達へ声をかける。
「ああ、いや、まあそれはそうなんだけど」
「そっちの彼も、もう大丈夫だから。って言っても、信用なんか出来ないよね」
長身の女性は、森に身を隠し銃口をこちらに向けたままのセルゲイに声をかける。セルゲイは気配を消し、どんな展開になっても対応できるように単身離れた場所で全体を見通しつつ援護の用意をしていた。
「見つからないように隠れていたつもりだったんだが」
「本当にね。隠れるの上手いなって思った。普通にしてたら見つからなかったと思う。……えっと、そうだね。警戒したままでもいいか。そのまま聞いてて」
「セルゲイさん、この人からは敵意は感じません。多分、大丈夫だと思います」
「……」
美羽の言葉を聞き、多少警戒を緩めたセルゲイ。銃口を下ろしウテナ達に合流する。
「ほら、ハレ、おいで。一緒に謝って」
「うん、ごめんなさい。仲間が迷惑かけました。って、すごい血出てるじゃん!?」
ハレ、と呼ばれた少女は、ようやくウテナの左腕に刺さった矢に気づいたようだ。
あわあわとウテナの周りをうろうろする少女。盛大に流血してはいるが、先程と比べるとかなり痛みは落ち着いてきた。傷の見た目の派手さと、実際に感じる痛みの解離が、尚更この左腕が蓮見蕚という存在の枠内に収まりきっていないという事実を強烈に押し付けてくるのを感じた。
さり気なく機能を行使し左腕の傷を受け取ろうとしていた美羽を手と表情で制す。
「ハレ、ちょっと落ち着きなさい」
長身の女性が少女の両肩を掴み、動きを止める。
「でも〜、シノ〜」
「そんな泣きそうな顔しないの。慌てたって変わらないでしょ。……えっと、そっちの子たちは怪我してない? 特に、サイドテールのあなた」
「え、ええ、私は大丈夫です」
「怪我はないんだけど」
ジロジロと値踏みするような視線を送るリコ。
「美羽が敵意がないって言うなら、まあそうなんだろうけど。でも、敵意がなくても敵じゃないって決まったわけじゃないじゃん? それにさっきの奴らとも知り合いみたいだし。私たち、この森を調べに来ただけなのに、ウテナだって怪我してるし。アイツらが誰で、あなたたちが誰なのか、それくらいは教えてくれてもいいよね?」
「あー……、うん、言う通りだと思う。えっと、まず名前ね。私はシノ、人間で言うところの名字とかは無いから、そのままシノって呼んでくれればいいわ」
「人間で言うところの、ってどう言うことなんだ?」
「あはは、まあ、お察しかとは思うけど私達はこのようなもので。なんて名前がポピュラーかな? エルフ? 妖精? ○☆△?」
ウテナの問いに、長い耳を弾きながら少し照れたように答えるシノ。最後の言葉は全く理解できない言語のものだった。
「ここでは妖精が一般的だろうな。日本で妖精は初めて見るが」
「そうね、もしかして貴方、北欧の出身?」
セルゲイとシノの会話を聴きながら隣のハレと呼ばれた少女に視線を向けると、まだウテナの傷をみてアワアワとしていた。
「……もう殆ど痛くないから大丈夫だよ」
「うー、でもぉ……」
それとこれとは別の問題だ、とでも言いたいような表情を浮かべるハレと呼ばれた少女。この少女も妖精、シノと比べるとかなり幼く見える。妹とか、なのだろうか?
「ほら、ハレも自己紹介しなさい」
「うん、本当に、ウチの団員が迷惑をかけてごめんね。頭領に責任があるよね」
……ん?
「私は妖精傭兵部隊『碧落楽団』の二代目頭領のハレって言うの」
……どうやら、聞き間違いではなかったようだ。
妖精達の徒党、しかも戦闘部隊、しかも、それを統べるのは、この幼い少女だったのだ。
ハレは4人の驚きを感じ取ったのか、照れと不服が入り混じった表情を浮かべた。
「……いいよ、そういう反応、慣れてるもんね」
お久しぶりです。色々あってかなり間があきました。
また折見て書きたいと思ってます。




