act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】③
『The safeguard helm of illegal phenomenon』S.H.I.P.と略される組織。
現時点で人類の管理下にないの超常の欠片を管理、保護し、統制下に置くための機関である。
S.H.I.P.の本部があるのはスクタム島のほぼ中央。この島では珍しく高層のビルが立ち並ぶ場所であり、ウテナの目的地である。
正面の入り口を抜け、受付にいるオペレーターに話しかける。パソコンで何かを調べたのち、何処かに電話をかけた。どうやら迎えを呼んでいるようだ。
暫く待つように指示されたので、受付から少し離れた長椅子に腰を下ろす。
忙しなく歩き回る人々を見ながら、自分がここに呼ばれた理由を考えてみる。具体的に何か心当たりがあるわけではないが、急な呼び出しと言うものは大抵悪い事のように思う。今回も期待よりも不安が勝っていた。
「蓮見蕚さん、ですね?」
「うおッ!?」
不意に後方から声をかけられる。振り向くとすぐ後ろに女性が立っていた。栗色の髪を背中まで伸ばした、糸目の物静かな雰囲気の女性。
ここまで接近されるまで気がつかなかったのか。
「ようこそおいでくださいました。私はS.H.I.P.所属の硯野志緒と申します。蓮見蕚さん、お迎えにあがりました」
「ど、どうも。えっと、硯野、さん?」
「志緒、で構いません。さあ、上へ。局長がお待ちです」
そう言うと、志緒は早々にエレベーターに向かって歩き出した。慌てて追いかけるウテナ。エレベーターはすぐに来た。
「志緒さん、聞いてもいいですか」
「お答えできることであれば」
簡素ながらも清潔なエレベーターの中。広めではあるとはいえ密室であることに変わりはない。少し気まずい時間を打破する為に会話を切り出すウテナ。
「俺、ここに呼ばれた理由とか聞いてなくて、よかったら教えてくれませんか」
「そうでしたか。そうですね、ある程度予想はつきますが」
「つきますが?」
「不確定な事実をお伝えするのはあまり好ましくありません。エレベーターが10階に到着するまで残り11秒、エレベーターを降りてから局長室まで3分40秒、3分51秒後には貴方をここにお呼びした本人から目的を伺う事ができましょう」
「な、なるほど」
綺麗だけどちょっと変わった人だな、と思いつつウテナはそれ以上の追求を避けた。そうこうしているうちに、エレベーターが目的の10階で停止した。
「ご案内します。こちらです」
志緒の少し後ろを歩くウテナ。機械のように規則的な歩行に合わせて、綺麗に切り揃えられた髪が左右に揺れる。
しかし、S.H.I.P.の局長というのはどのような人物なのだろうか。実を言うと、ウテナもS.H.I.P.の構成員であるのだが、いわゆる戦闘員を養成する訓練機関に入っている状態。本部の2階以上に上がったことはないし、局長の顔も見たことがなかった。
「到着致しました」
そんなことを考えているうちに、気がついたら局長室の前。志緒が会話がない状況を気まずいと感じない方で助かった。
「入っても?」
「ええ、どうぞ」
ドアノブに手をかけて、小さく気合を入れた。鬼が出るか、蛇が出るか。ゆっくりと力を入れ、ドアを押した。