act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】8
走り来る影から放たれた一閃の矢。その切っ先がリコの胸骨を貫こうとした刹那。
「いっ……てぇーーッ!」
鏃は、寸でのところで矢の進路に割り込んだウテナの左腕に突き刺さり、リコの肌に触れる直前でその勢いを失った。
ウテナの左腕から鮮血が舞う。矢の刺さった部分から焼けるような痛みが広がっていく。
「ッ! このぉっ!」
目の前で起きた事態に一瞬気を取られつつも反撃に回るリコ。生成した砲門から砲撃を仕掛けた。
影たちは、自分達に向けられた二十門余りの大砲を見て、完全に回避をするのは不可能だと悟ったのか、ウテナとリコに対し追撃を試みる。三人が三人、矢を番え、更に前へと歩を進めた。
「はぁッ!? なんで前に出るのッ!?」
リコの大砲から放たれたエネルギー弾は、相手に命中することはなかった。向かい来る三つの影の進もうとした先、ウテナの数メートル目の前の地面に当たり爆発した。
「!?」
轟音が耳を奪い、舞い上がる砂礫が視界を覆い隠した。土煙が三つの影を飲み込み、お互いにお互いの陣営を見失った状態。迫り来る影の足も止まっていた。
リコの砲撃により双方に生まれた一瞬の硬直。その中で、ただ一人だけが走り出していた。
「ウテナッ!!」
来栖美羽だ。
「美羽!?」
「気をつけて! もう一人、近づいてきてますッ!」
そう叫びながら土煙の中に走って行く美羽。まるで、相手の位置が分かっているかのように。
「ーーー起動ッ! 『被虐の聖女』ッ!」
美羽も機能を起動する。土煙の中に飛び込み、三つの影のうち先頭を走っていた一人を不意打ちで足を払い、地に倒した後、その上に跨り組み伏せた。
「ーーー接続!」
そして、怪腕との戦いで見せた機能、自分のダメージを相手にも共有する『被虐の聖女』を発動させる。
それとほぼ同時に土煙が晴れた。後ろにいた二人の襲撃者は、組み伏せられた仲間を見て美羽に向けて弓を引く。土煙が晴れ、相手の姿が漸く確認できた。それぞれフード付きのマントを被っており、顔までは判別できなかったが、地に臥している者、後ろで弓を構えている者、いずれも男性である事までは確認できた。
「動かないで、武器を捨ててください!」
向けられた弓に怯むことなく、武装解除を要求する美羽。襲撃者たちも引く様子はない。
(……膠着が続くのは不味いですね、あんまり取りたくはなかった手段ですが)
美羽は先頭の襲撃者に跨ったまま左手にナイフを持ち逆手に構えた。後ろの二人が弓を引く手に力を込める。
「美羽! 駄目だって!」
リコが叫んだ。美羽が何をするつもりなのか、恐らく彼女は理解しているのだろう。ウテナは美羽が意図していることは分からなかったが、美羽は自身の事を軽視する傾向があることは何となく理解していた。故に、何となしにではあるが、そのナイフが真っ当に振り下ろされることはないと感じ取っていた。
そして、ウテナの予感は的中した。
美羽の手に持ったナイフの向かう先は、美羽自身の右の手首。
そうか。
美羽は自身の手首の傷を三人に共有し、矢を握れない状態にして襲撃者を全員一気に無力化するつもりか。
……なんで、そんな解決策しか浮かばないんだ。
「何やってんだ……ッ!」
ウテナは美羽を止める為に自身の腕の痛みも忘れ走り出す。
だが。
美羽に躊躇いはない。
間に合わない。
美羽の手首に刃が突き刺さる方が、早い。
筈だった。
「痛ッ!?」
美羽の自傷は、全く予期していない方向から飛来した何かにナイフを弾き飛ばされ、妨げられた。飛来した何かは、そのまま地面に軽い音を立てて突き刺さる。
……矢?
そこにあったのは矢。
ということは、先程美羽が察知していたもう一人、つまり、相手の増援が来たということか。状況は更に悪くなった、と考えざるを得ない。
矢の刺さり方から、射手の方向を推測し視線を送る。
遠く、数百メートルはあろうかという地点。そこにいたのは、長身の女性、そして。
「えっ、二人いる……?」
もう一人、小柄な少女が弓を手に持ちこちらを見ていた。
「……人じゃ、ない?」
遠目でちゃんとは確認できなかったが、二人とも尖った耳を持っていた。
それはさながら、伝承にあるエルフを想起させる姿。尖った耳に木で作られた弓、かつて絵本で見たような、森と共に生きる妖精のようであった。
……どうする?
ナイフを正確に射抜いた弓の使い手。こちらにいる三人だけでも持て余しているのいうのに、新手とは。
ウテナがそんな事を考えていた、その時。
「……こら〜〜〜ッ!!!」
気の抜けるような怒声。
「コヌカ〜! いい加減にしなさいってば〜ッ!」
声の主の少女は、ウテナ達との距離を物ともせず、よく通る喧しい声で吠えた。




