act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】7
「見られてるって、誰に?」
「三人、ですね。しかも、私たちが見られてる事に気付いた事に気付かれたみたいです」
美羽はウテナの前に出るように歩を進め、リコもそれを聞きセルゲイの側へ移動する。
「完全に警戒されてますね。管理区域の方々じゃなさそうですね」
「イッショクソクハツ?って感じ? ここで来るかな?」
「どうでしょう。せめて敵の正体が分かるといいんですが」
ウテナは敵の気配を捉えられていない。警戒の対象は分からないが、腰の銃に手を掛けることはしなかった。どのタイミングで攻撃を仕掛けてくるか推測できない以上、防御に使用できる腕の本数を残しておく方が得策だと考えたからだ。腕で防げる攻撃だといいが。
左腕にチラリと目線を落とす。
(……左腕、使うか?)
「……ッ! 来ます!」
逡巡の間、美羽の警笛が響く。風を裂き、飛来する閃光。美羽は後ろに飛び退きつつウテナを押して攻撃を躱す。
直後、ウテナのいた場所に何かが突き刺さる。美羽に突き飛ばされなければ貫かれていた。
「ッ!? 矢?」
突き刺さっていたのは、矢。節のある枝に石の鏃がついただけの簡素な矢だ。回避後、セルゲイは森の入り口の木に、ウテナと美羽は入り口から少し離れた場所にある木に身を隠した。
一方リコは。
「捉えたッ! 私たちに喧嘩売った事、後悔させてあげるよ!」
「リコ! まず隠れたらどうですか!?」
リコは回避行動をとらず、ウテナたちが隠れた木の側で姿を晒したまま矢が飛んできた方角へ右手を向ける。どうやら攻撃が飛んできたのは、ウテナたちがいる場所から五百メートルほど離れた、虫喰みの森から少し外れた場所にある木々の中でも一際大きい樹木。その樹冠の中から飛んできたようだ。
リコの右手が一瞬光り、派手に飾り付けられた、いわゆるデコ拳銃が出現した。
そして、そのまま引き金を引く。
「おおっ?」
銃口から飛び出したのは実弾ではなく、エネルギーの塊。光の航路を描きながら真っ直ぐ飛んでいき、そのまま狙い通り樹冠を通過した。樹木を泊まり木にしていた鳥たちが慌ててバサバサと飛び立った。
「ん? 当たった? 当たっ……てなさそうだな……」
「ああ、上手く隠れてるな」
セルゲイはいつの間にか双眼鏡を覗いている。
「わっ!?」
今度はリコへ向けて矢が飛んでくる。合計三本、美羽が察知した三人がそれぞれ一本ずつ射ってきたことになるか。リコは飛んできた矢をそれぞれギリギリで回避した。
一般的に、弓矢を攻撃として使用可能な射程距離は百メートル前後とされる。少なくとも現在のウテナたちと襲撃者たちの距離では、普通の弓で有効な攻撃は不可能のはずだ。
だが、現にリコへ向けて飛んでくる矢は、当たれば身体を貫通しかねない威力を保ったまま正確に彼女の居る場所へ飛来している。
(なんだろう……、弓、じゃない? クロスボウ? でもクロスボウにしろこの距離は無理だよね?)
攻撃を避けつつリコは考える。勢いが保たれたまま飛んでくるとは言え、神造機の動体視力で躱せないスピードではない。それに、リコの能力にとっては、これくらいの距離であれば有効な射程範囲である。
(っても埒があかないな)
「セルゲイ! いい?」
「ああ、分かった」
「ありがと! -----起動! 『要塞戦姫』!」
痺れを切らしたリコが神造機を起動する。二十門程の大砲が出現し、砲門を対象の木に向けた。
「え、そんなの使って大丈夫?」
「あんまり派手にやるなよ」
「ちょっと脅かすだけだってば!」
そう言いながら、リコはまず一つの大砲から砲撃を開始した。光の弾は木の幹に命中し、中ほどを三分の二程度削り飛ばした。
「……脅かすだけって言わなかった?」
「……当たっちゃった。テヘっ」
重心を失った木はゆっくりと傾き、バキバキと残った支えを折りながら首をもたげた。樹冠の先端が地に伏す直前、木から三個の影がリコへ向けて飛び出した。
影が持っていたのは、これまた簡素な弓。矢を番つつそれぞれが走りくる。
「弓であの攻撃してたの!?」
「リコ!」
「分かってるって!」
砲門を構えるリコ。いくら相手が速いとは言えども、この距離であれば先に撃てる。
その筈だったが。
「えっ、疾っ……」
先頭を走っていた影は、既に矢を放っていた。
攻撃態勢に入っていたリコは、回避行動を取ることが出来ず。
「ヤバっーーー」
リコの胸部正中を目掛けて一目散に飛来する矢。
そして。
ザクリと、弓が肉を貫き、鮮血が舞った。




