act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】5
管理区域六-二十三。
管理区域六、旧東北、A県北部に位置する人口三千人ほどの村。村の南側の大部分は山々に覆われ、冬には大量の積雪に見舞われる、小さな村である。
ウテナたち四人は駅で降りた後、日本にあるS.H.I.P.の支部から用意された車に乗り込んでいた。
鉄道の車窓から見えた景色より更に自然が深まっていく。“天使”との戦争により一度徹底的に破壊された日本は、一部地域を除き未だ復興の途にあった。これから赴くO村は、そんな場所。S.H.I.P.や『東京』にあるような先進的な文明の利器はなく、言うなれば自然派の生活を営んでいた。
「運転手さん、どれくらいで着きますか?」
「そうですね、大体一時間位です」
「んー、遠いなー」
リコはS.H.I.P.から派遣された運転手と会話しながら外を眺める。独立した運転席の後ろに乗員の座席が続く、小さなバスのような構成。ウテナとリコが二列目に座り、美羽とセルゲイは最後部の席に座っていた。
「こういう時、日本ではなんて言うんだっけ? ワケイッテモワケイッテモアオイヤマ?」
「何だその呪文」
『種田山頭火が詠んだ俳句、分け入っても分入っても青い山、のことだね。よく知ってるじゃない、リコ』
「あっ、空斗さん」
車のナビから映像を繋いだ空斗が答える。
「俳句って、五、七、五じゃないんですか?」
『ウテナくん、自由律俳句って聞いたことある? 俳句は必ずしも五、七、五である必要はないんだよね』
「そうなんですね、空斗さんはともかくリコもよく知ってたなあ」
「私、日本語の勉強するのに、日本の学生が使ってる教科書借りたんだ。だからカンヨーク?ってやつを色々覚えたの」
「そう言えばS.H.I.P.内、日本語の案内とか基本的に日本語だな」
『S.H.I.P.創設から僕まで代々局長は日本人が勤めてきたからね。所属する神造機に日本人由来の子たちが多いのもそれが理由さ』
「なるほど」
そんな雑談をしながらも、車は山の奥へ奥へ、緩やかな斜面を蛇行するように敷かれた道路を進む。
標高がある程度の高さに到達し、ウテナが耳の詰まりを自覚し始めた頃。
「そういえば、後ろ静かだな?」
「ね」
普段から物静かなセルゲイはともかく、美羽が会話に入ってこないのは不自然だ。ウテナとリコが後ろを確認するために振り向く。
「……あっ」
「車酔い、だな」
そこには、真っ青になり窓から顔を出す美羽と、ゆっくりと背中をさするセルゲイの姿があった。




