act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】4
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日本-A県-森林調査報告書
2112年6月
国立研究開発法人 日本超常研究機構
第二研究班長 神代 盾
1.調査目的
日本のA県に存在する森林群 (以下、漂浪森林群と表記する)は、おおよそ700ヘクタール程の面積であり、正体不明の広葉樹や針葉樹の混合林であり、人的撹乱の行われていない原生林であると考えられる。
〜中略〜
漂浪森林群の最大の超常は、その群生地を一定の地点とせず、短い時間に生育地点を変化させる事にある。ある地点Aに生育している樹木に目印をつけ、生育地点の変化後に観察したところ、目印の樹木が地点Bに移動していることが認められた。この事から、群生している樹木が生育地点を変えている、即ち樹木が移動している、と考えられた。
次に、移動に際し、移動地点に存在した物体への干渉について考察する。上記のB地点に存在する樹木の周囲を鉄柵で囲い、移動を観察したところ、地点Bに存在した樹木は地点Cへ移動し、鉄柵はその場で倒壊していた。上記より、移動地点に遮蔽物が存在した場合、それを押し退けて移動する事、また、土地そのものではなく樹木自身が移動している事が考えられた。
〜中略〜
漂浪森林群の生物体系については一般的な森林に生息する昆虫あるいは節足動物で構成される。特筆すべき点は、それらの大きさにある。一般的な昆虫あるいは節足動物に比し、数十センチメートルから数メートル程の大きさへと成長することにある。敵性は通常の大きさのそれらと比べて著変なく、本調査中にも当研究班へ攻撃性を呈する事はなかった。
上記報告に基づき、我々日本超常研究機構は、漂浪森林群を“超常の欠片”rank Bと定める。これは、森林の移動により発生する人的被害、また、経済的被害を想定してのものである。
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「……ってのが、これから私たちが行く“虫喰みの森”の報告書ってわけね」
S.H.I.P.本部からP.o.r.t.a.l.を通り、日本、東京へと転送された蓮見蕚、来栖美羽、セルゲイ・アルバカム、リコリス・ビスコッティの四人は、そのまま陸路、鉄道で東北を目指していた。
「……なに?」
“虫喰みの森”について記された報告書をパラパラと捲りながら、自らに向けられたウテナの視線に気づいたリコが顔を上げる。
「いや、なんか意外だなって」
「意外?」
「任務受けたあとに『出発までに虫喰みの森について下調べしてくるねー!』って言ってたから、てっきりガイドマップとか持ってくるものだと」
「私のことなんだと思ってるの」
「リコは見た目で誤解されやすいですよね。こういうとこ真面目だし気配りもすごく出来るのに」
「へえ、そうなんだ」
「ただ、森の中に入るって分かっているのに脚を出すのは止めた方がいいと思うが」
「……セルゲイのスケベ」
「なぜそうなる」
揶揄うようにミニスカートから覗く脚を隠すフリをするリコ。
「心配しなくても隊服も持ってきてますので」
「隊服にしろミニスカートにタイツだろう」
「まあねー」
「そう言えば美羽の隊服もスカートにタイツだよな」
「そうですね、女子の隊服はスカートかパンツか選べるんです」
「そもそも隊服を着ない人もいるけどねー」
そういえばネーネカもメイド服を改造したような服でいたな、とウテナは思い出していた。それとも、ちゃんと戦闘時は然るべき格好になるのだろうか。
窓に映る景色に段々と緑色が増えてくる。次第に目的地へと近づいてきている証拠だ。それに伴うようにして徐々に美羽の顔色は青白くなっていく。
「やっぱり、私たちだけでやろうか?」
「……いえ、大丈夫です。大丈夫、なんですけど……」
「rank Bともなると、相応の準備が必要だろう。さっきの調査書に書かれている事が事実とすると、俺たちよりも巨大な虫がいても不思議じゃないという事だ」
「うっ」
ぎくり、と肩を震わせる美羽。余計なこと言わないの、と唇の前で人差し指を立てるリコ。
「そう言えば、rank Bってよく分かってないんだけど、どう言うことなの?」
「ああ、そう言えばそうね。簡単に説明すると」
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”超常の欠片” rank 制定基準
S: 存在または起動によりもたらされる影響の大きさが複数の国家、あるいはそれ以上に及ぶと考えられる物
A:存在または起動によりもたらされる影響の大きさが単一の国家あるいは軍に匹敵すると考えられる物
B: 存在または起動によりもたらされる影響の大きさが単一の師団から大隊に匹敵すると考えられる物
C: 存在または起動によりもたらされる影響の大きさが一個小隊に匹敵すると考えられる物
D: 存在または起動によりもたらされる影響の大きさが単一の個人、あるいはそれ未満と考えられる物
EX:存在が及ぼす影響が未知数、または測定不能である物
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「って感じね。どれくらいの規模のコミュニティに影響を与えるかでランク付けされてるって訳ね」
「つまり今回の任務は、本来であれば一個大隊規模で人間が投入されてもおかしくないんってことか」
「まあ、調査任務だけって考えればそこまでの戦力はいらないってのが一つ、それに今回は私たちがいるからね」
「ああ、そういえば」
そういえば、神造機も“超常の欠片”なのであった。確か空斗は、rank Cと言っていたような気がする。
「時々rank Bになるような神造機もいるけどね。私と美羽はCってこと」
「神造機の能力の種類によってもランクが変わるのな」
「そういうこと」
話が一段落ついた頃、窓を流れる景色の速度が徐々に緩やかになっていく。鉄道が目的地へと近付いていることを意味していた。
「ここで降りる。局長の予測で“虫喰みの森”の移動先は概ね捉えている。次に通りそうなルートにあるのは、ここだな」
セルゲイが携帯型の通信デバイスを起動する。まずホログラムの地球が映し出され、現在の日本に注目し、現在は管理区域六と呼ばれている場所、旧A県へとズーム、最終的に山の奥の小さな集落をフォーカスした。
「ええ〜っ、ここぉ?」
「ああ、『僕の予測だと十中八九、七……六くらいはここだと思うよ』って言っていた」
「全然自信ないじゃん」
「ま、でも、そこが怪しいんなら、それを信じて行ってみるしかないよな」
駅に降りる四人。そこまで大きくはないが、この周辺の交通の拠点となる駅である。
季節は春。暑すぎず、肌寒くもないちょうど良い陽光が降り注ぐ。元々自然が多い環境ということもあり、より長閑な風景を描いていた。
「……出来れば何事も無く終わるといいんですけど……」
ポツリと呟く美羽。他の三人は全く同じことを考える。
『それ、フラグだよ』




