act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】3
「いや、別に待ってないんだけどね? ただ僕もホラ、みんなが部屋に入ってくるのをドッシリとね、部屋の中央で足でも組んで待ってたい訳よ。その方がなんか偉い雰囲気するじゃない? でもいつまで経っても入ってこないんだもの。段々と組んでた足も痺れてくるじゃない? でも部屋の前で声がするから油断した格好も出来ないでしょ? 急に入って来るかもしれないからね? その間僕は格好つけてなきゃいけないわけよ。だから早く入ってきてね?」
「はあ……」
よく分からない論理を展開し盛り上がる空斗を前に、ウテナ、美羽、リコと、先に局長室へ到着していたセルゲイは余計な口を挟むこともできず立ち尽くしていた。
「空斗さん、皆さんがいらっしゃる時間の一時間前からスタンバイしてたんですよ、特にウテナさんと美羽さんへの任務の伝達は初めてですから☆ 張り切って『カッコイイ司令官』になりたかったんでしょうけど、肩透かし食らってショゲてるだけなので気にしなくていいですよ☆」
「ネーネカ!」
「はーい、すみませーん☆」
メイド服のように改造された制服に身を包んだ女性、ネーネカがペロリと舌を出しながらそそくさとその場を立ち去った。
「……んんッ、まあ、いいよ。威厳なんてないもんね。本題に入ろうか」
わざとらしく咳払いをし、話題を切り替える空斗。いよいよ任務の話のようだ。
「まあ、本来であればもう少しセルゲイとリコにも休みをあげたいところではあるんだけど、S.H.I.P.も慢性的な人材不足でね。その癖仕事は次々と舞い込んでくるんだ。遠子たちは北の魔女の調査任務だし、火竜討伐はフォンマオとリィマオ、あとカリンも着いてってるね。人工衛星が盗まれた事件については……ああ、莉香たちだね。えっと、あとは……」
(……めっちゃファンタジーな単語聞こえなかった?)
人間が構成する社会単位の中で、人間の持つ科学力により構造を説明し得ない生命体、または物体、場所。
“超常の欠片”。
神造機、怪腕、北の魔女、火竜。
いずれも、現在の人類の叡智では到達出来ない地点に存在し、それらをある者は奇跡と呼び、ある者は魔法と呼び、ある者は悪魔と呼び、そして誰かが超常の欠片と定義した。
「人工衛星そのものは関係ないけど、あれだけのスケールの物体を痕跡を残さずに運び出す事については、ひょっとしたら超常の欠片が関与してるかもしれないからね。そうなるとウチが対応すべき事件な訳だ。そんな感じでグレーゾーンの依頼が山のように来るから、結構大変なんだよね」
「なるほど」
「という訳で、君たちにもバリバリ働いてもらうからね。早速だけど任務を言い渡す」
空斗が足を組み直す。いつの間にかネーネカが人数分の紅茶を用意していた。
「まあ、そんなに身構えないで聞いてね。この間も少し喋ったけど、君たちに頼みたいのは調査だね」
「調査?」
「そう、君たちはまた日本へ向かってもらうよ」
日本。
人間と《天使》の戦争において、主戦場となった国。
かつて保有していた日本の文明は戦争によって洗い流され、一部都市に国としての機能を集中させた。その他の、当時の言葉で地方都市と呼ばれていた場所は、それぞれ独自の変貌をしていった。
「君たちは東京に着いたら北へ向かってもらう」
「北、っていうと、東北ですか」
「そうだね。日本出身のウテナなんかは聞いたことがある地名かもね」
「それで、俺達は、その東北で何について調査をすればいい?」
「そうだね、順を追ってルーツから説明しよう。日本に古くからある超常の欠片なんだけどね。君たちは、生きている森があるのを知っているかい?」
「まあ、よく環境保全のPRでそう言ったりするよね」
「ああ、そういうキャッチコピー的なものじゃなくて」
「うん?」
「実際に動き回る森林地帯が存在するんだよ」
「……は?」
「おー、いいリアクションだねウテナ。その通り。これはおおよそ人間の常識からは計り知れない現象だ」
「俺達の任務はその森の調査、という事か」
「まあ、そうなるね。ただ、この森なんだけど、既に何度も調査の手は入ってるんだ。あ、これはS.H.I.P.じゃなくて別の外部機関だけどね。その時は活動と休眠を繰り返しながら移動するだけの何の害もない森だったんだ」
「美羽も蓮見くんも聞いたことないの?」
「俺も美羽も日本で過ごした時間ってそんなに長くないんだなって」
「確かにね」
「ところが最近になって、この森が通過した場所にある町や集落が被害を受ける事例が繰り返し起きていてね。この森に何があったのか調べるのが君たちへの依頼ってわけ」
「オッケー。そしたら早速準備するね」
「ひとつ、聞いてもいいか」
「はい、セルゲイくん、質問をどうぞ」
「以前、『戦闘が起こる場合はリコに』という話をしていたと思うが、戦闘の発生は想定の中にあるのか?」
「んー、いい質問だね。そうだね、可能性は、まあ、あり得なくはない、と考えている」
「あり得なくは、ない?」
「うん、さっきも言った通り、本来無害な森なんだけど、今回、通過した町や集落が破壊されている、って所が問題でね。森そのものの影響なのか、森の中にいる生物による影響なのか。後者の場合は戦闘の想定も必要になるね」
「どっちにしろ、敵との遭遇は考えてた方がいいってことですね」
ウテナが右の拳を掌に打ちつける。
「うんうん、張り切ってるねウテナ。まあでも君たちは無理しないように。その為にリコとセルゲイにこの任務を割り当てたんだ。対多数においてリコはS.H.I.P.でも指折りの優秀さだからね」
「ええっ、そうなんですか」
「蓮見くん、どうしたの?」
予想外の事実に驚くウテナを、わざとらしく笑顔を作ったリコが覗き込む。表情は笑っているが顔に影が落ちている。
「分かるよ、こんなに可憐な女の子が意外だよね」
「やっぱり空斗さんモテるよね〜」
満足そうなリコ。
「兄さん、私も聞いていいですか?」
「はい、来栖さん、どうぞ」
「兄さんも来栖ですけど。えっと、現時点で想定している敵って」
「それもいい質問だね。そう言えば、この森の名前を伝えてなかったね」
空斗が少し間をとるように脚を組み直す。
「この森の名前は神代漂浪森林群。超常の欠片の研究者として有名な神代によって加えられた森だよね」
空斗の口からその名前が出た瞬間、美羽の表情が強張る。
「……ちょっと待ってくださいね。神代の森って、聞いたことがあるような」
「確かに、小説とかにもなったりしてるからね」
「小説の題材、ってこと?」
「そう、その小説のタイトルは」
「……『虫喰みの森』」
「ご名答」
「……虫?」
「そう、敵性生物と予想されるのは、森の中で凶暴化したと推測される昆虫たちだね。健闘を祈る」
ふと美羽の表情を見ると、青ざめた表情で苦笑いを浮かべていた。
ーーーcase.1 『虫喰みの森』
“超常の欠片“ rank B




