act.2【虫喰みの森と晴空の射手座】2
「……本当に、助かりました」
「いやー、てっきり蓮見くんが美羽にタンスを投げようとしてるのかと思ったよ。ランボーローゼキ?みたいな?」
「乱暴狼藉するように見える……?」
突如出現した黒い襲来者は、意外と虫が大丈夫なリコによって討ち払われた。
「ところで美羽。怪我はもう治ったの?」
「ええ、カルカヤさんの機能、凄いですね。私も一日で骨折が治ったのは初めてです」
「まあ普通は一日で治ったことはないよ」
ツンツンと指で美羽の左腕をつつくリコ。美羽も左腕を回内回外させ、感覚を確かめている。
「この感じならただ見てるだけ、じゃなくてちゃんとお手伝いもできそうですね」
「ま、元々私たちの任務だし? 美羽と蓮見くんはS.H.I.P.の任務がどんなもんかフンイキ掴んでもらえればいいよ。セルゲイも後で合流するってから、私たちも本部に行こっか」
先日の事件。海の見える小さな町で起きた、新聞の紙面を僅かに占拠するに留まった小さな大事件の解決は、正式にS.H.I.P.より降った指令ではない。その為、今回の出動がS.H.I.P.所属、蓮見蕚と来栖美羽としての初任務である。と言っても、元々リコリスとセルゲイに課せられていた任務ではあるのだが。
「いやー、蓮見くん。こういうのをリョーテニハナって言うんだよね」
「両手に花?」
身支度を終えたウテナと美羽は、迎えに来たリコを伴って盾の島 (スクタム)の中心部に存在するS.H.I.P.本部へと向かっていた。
「で、蓮見くん的には美羽と私、どっちがタイプなの?」
答えにくい事をいきなりブッ込む花だなあ。
チラリと美羽の方を見る。美羽も回答が気になるようであり、目線をウテナに向けている。
うーん。
正直どう答えても角は立つかもしれない。どちらもかなり優れた容姿を持っているのは疑いようもないが、暗めの髪色で童顔系だが背は高めの美羽と、明るめの髪色で綺麗系だが背の低いリコ。タイプは真逆である。
「どっちも可愛いと思うけどね」
「あ、そういうこと言えちゃうタイプ? 意外とやり手なのね。でもそういう答えはつまらないよ」
曖昧な答えでは逃がしてはくれなかった。
「別に優劣をつけようって訳じゃないのよ。ホラ、今後の参考になるからね」
何の参考になるというのだろうか。
「……どっちか選べって言われたら、美羽の方が」
ようやく蚊ほどの声を絞り出した。17歳にもなって好みの容姿の話をする事がこんなに恥ずかしいとは。
「えっ、本当ですか?」
美羽の目が輝くのが声色からも分かった。
「おおー、よかったじゃん、美羽。おめでとう!」
そして、特に悔しくなさそうなリコ。
「もしこれで私を選んでたら、このまま美羽ギャル化計画を始動しようと思ってたんだけどな」
「えっ」
………
髪を巻き、制服のミニスカートを膝上10cmまで捲り、紙パックのジュースを持った女子高生ギャルの美羽を思い浮かべる。
想像上の美羽がこっちを睨みながら。
『ウテナ、マジコンビニ最強です』
………
「それは見たい」
「変なこと考えてません?」
「ギャルコーデしても性格は変わらないけどねー。今度一緒に服選びに行こうよ。美羽スタイルいいんだからもっと肌見せればいいのに。ってか、隣の男には刺激が強いか」
「いや、全然大丈夫ですよ?」
「何で敬語なんですか?」
そんなこんなで。
ウテナ、美羽、リコの三人はS.H.I.P.本部へ到着した。
多分もうセルゲイは着いてるよ、と言いながらずんずんとエレベーターに乗り込むリコ。
後に続くようにウテナと美羽も乗り込む。
十階まで上がるエレベーターの中。このエレベーターに乗るのは二回目だな、とウテナは思い返していた。初回は硯野志緒と二人。とても物静かな女性であった。
「ねえねえ、そういえば美羽、この間言ってたアイシャドウ、新作出たって」
今は、とても賑やかだ。
「えっ、百色パレットのやつですか?」
「そうそう、それそれ!」
高級なクレヨンかよ。
と、心の中でツッコミを入れていると、エレベーターが最上階に着いたことを知らせてくる。
「エレベーターを降りたら局長室まで三分四十秒です」
「ウテナ?」
「どしたの急に」
「いや、ちょっと言ってみたかっただけ」
初めてS.H.I.P.本部に来て、硯野志緒と会い、この場所で言われた台詞。やけに印象に残っていたのでつい口走ってしまった。
「その通りですが、ここで立ち話をしている間に十二秒が経過しました」
「うおッ!?」
「お元気そうで何よりです。蓮見さん」
突然声を掛けられ、心臓が跳ねる。いや、声を掛けられるまで、そこにいることすら気づかなかった。
件の女性。硯野志緒。いつもこの人との出会いは驚きを伴うのである。気がついたら後ろにいる。声を掛けられるまで気づかない。決して容姿が目立たないとか、そういう訳ではない。栗色の長髪に切長の目。街を歩いていれば目を惹く美人である。
にも関わらず、彼女との邂逅はいつでも意識の外からだ。
横を見ると、美羽もリコも『え、いつから居たの?』といったような表情を浮かべている。
「アルバカムさんは既に着いていらっしゃいます。どうぞ」
アルバカムさん?
「セルゲイのことね」
頭に疑問符が浮かんでいたウテナに気づいたリコが注釈を加える。ああ、そういえばそうだったな、とリコに目で礼を言う。
「ちなみにセルゲイはいつから?」
「ええ、丁度二十二分と三十四秒前にここを通過されました」
「丁度?」
何が丁度なのかはよく分からなかったが、ずっと数えていたのだろうか。
「え、じゃあセルゲイ、ずっとあの部屋居るってこと? 空斗さんとネーネカさんと? セルゲイが? あの陽キャ二人に挟まれて? え? どんな空気? ウケる」
酷い言われ様だ。
「ええ、アルバカムさんが入室して以来、部屋から一切彼の声は聞こえておりません」
「やっぱねー」
「え、でも俺とは普通に話してくれてたけど」
「それはまあ、ホラ、なんか似た空気を感じ取ったとか?」
「うん?」
「セルゲイさんは、リコと二人で居るときはどんな会話するんですか?」
「えー、あんまり面白いこと言わないよ? 『その靴、青いな』とか見りゃ分かるっつの」
「逆に面白いけどね」
「あ、あとね……」
「ちょっと!? ずっと待ってるんだけど!?」
局長室の扉を開けて、空斗が叫んだ。




