表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アーマードマイガール!  作者: 江野木エリ
31/46

幕間①

ーーーその日、私の全ては、一つ残らず奪われた。


深い深い森の中。何処へ向かって走っているかも分からない。美しいと褒められていた三対の翼は見る影もなく、ボロ雑巾の様に汚れ、既に飛ぶ力を失っていた。


自分の足で走るのは、いつ振りだろう。何年、何十年、もっと前かも知れない。足の裏の皮は既に残っている部分の方が少ない。赤黒い足跡を作りながら、それでも走った。


未だ砲声は止まない。まず父が奴らに挑み、母と兄と私で逃げた。父がどうなったかは知らない。考えたくもない。


なお追いかけてくる奴らを、今度は母が止めようとした。兄が私の手を引いて逃げた。追いかけてくる奴らの数は、さっきよりもずっと少なくなっていた。


兄は、私を励ましながら逃げた。私はただ、兄に手を引かれるまま走った。状況を判断するチカラは、私にはなかった。ただ、忍ぼうともせず迫ってくる悪意を、ひたすらに躱し続けることが精一杯だった。鳴り響く砲声の中で、兄の声だけが微かに聞こえていた。


一際大きい轟音が響いた。兄が私の手を強く引き、私を投げ出した。それまで後ろを走っていた私は、進行方向に投げ出された。


兄が掌から光の霧を作り出す。何かが光の霧に当たり、燃え尽きるような音と同時に、強い光を放つ。


投げ出され、地面に転がった私の目の前に、何かが飛んできた。


兄の足首から先だった。


悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。


兄の方を見る。それでも兄は、私と轟音の間に立ち、光の霧を保ち続けていた。


追いかけてくる奴らが、次々に集まってくる。兄が私に何か叫んでいる。言葉の内容が全く入ってこない。私はただ、完璧な造形であった兄の身体の一部が千切れ飛んだ事実を受け入れられないでいた。


どれだけの時間、そうしていただろう。ふと、爆発音が止んだ。


急な静寂に我に帰る。美しかった兄の翼も、防ぎ漏らした何かで穴だらけになっていた。


兄を挟んだ私の対側に、一人の女性が現れた。


光り輝く橙色の髪をした、美しい女性。その手には変わった形状の刃を持つ長物のような武器を携えていた。刃の部分は幅広く、ともすればバターナイフのようにも見える。


間違いない。あれが、私たちに攻撃を仕掛けていた者だ。間違いなく、心の底からの恐怖を覚えたのだが、同時に、美しいとも思ってしまった。


橙色の髪の女性が武器を振りかぶる。女性の背後に光り輝く火球が生まれた。距離を置いているにも関わらず、とても熱く眩しい。相手の輪郭が不明瞭になる。まるで、小さな太陽だ。


あれが、攻撃の正体か。


それに対応するように、兄の周囲を黒く輝く球体が浮遊し回転する。高密度の魔力は、さながら、星を散りばめた夜空を閉じ込めたような姿をしていた。


兄と橙色の髪の女性、二人が向かい合い、空間が硬直する。どちらも攻撃手段は魔力の射出。お互いに相手の出方を伺っている状態ではあったが、キープしている攻撃同士が干渉し合い、チリチリと何かが焼けるような音を発していた。


先に動いたのは兄だった。身体の周囲を回転する球体を、橙色の髪の女性へ向けて放つ。


惑星軌道(オービット)、ね。いい加減食傷気味だわ」


飛来する球体に対し、橙色の髪の女性が武器を振るう。球体は刃先で触れた部分から溶けたように引き伸ばされ、二つに割れた。


遠目に見ていた私にも分かる。この争いに、私は介入する術を一切持たない。それ程までに、この二人の展開した攻撃は洗練され、かつ暴力的だった。


身体の震えが止まらない。何が起こっているのか完全に理解するのは不可能だったが、兄が押されている事だけは私の目にも分かった。


私が呆然としていると、目の前で何かが爆発した。


兄の周囲を回転していた球体の一つだ。


爆裂する球体と巻き上がる土煙。爆発音で強制的に我に帰った私に兄が叫ぶ。


走れ、と。


私は反射的に走り出していた。兄と離れるのは嫌だったし、一緒に戦う、とも言いたかった。


それでも、私は走った。土煙に紛れて逃げた。


後方で響く爆発音が段々遠くなる。どれだけ走っただろう。どこまでも続く森の中、既に兄と橙色の髪の女性が争う音は聞こえなくなっていた。


息が切れる。太腿が焼けるように痛い。体力の限界に気づく前に、出来るだけ遠くまで行きたかった。


ふと、何かに躓いた。私の足には、崩れたバランスを立て直す余力など残されていなかった。


受け身も取れずに地面へと倒れ込む。最早疲労で痛みも分からない。ただ酸素を求めて喘いでいた。静かな森の中、私の荒い呼吸音だけがやけに五月蝿く聞こえた。


どうして、どうしてこうなってしまったのだろう。


人間と生きたかった私達がいた。人間を滅ぼそうとした私達がいた。考え方の違いは、軋轢を生んだ。軋轢は怨嗟を生み、やがて敵対心へと変わった。私達は、考え方の違う私達と争った。


昨日までの隣人を、この手で殺める感覚。奪っては殺し、殺しては奪った。


人間から“天使”と呼ばれていた私達は、きっと悪魔でさえ尻込みをするような所業をしていた。


私達は、考え方の違う私達を、遂に屠り尽くした。


どれもこれも、非力で抵抗する術を持たない人間を護るためだった。護る為に、私達は、私達を壊したのだ。


それなのに。


人間は、疲弊しきった私達に牙を剥いた。


私達との戦いで数を減らした私達は、それでも必死に戦った。


人間は、非力だった。


私達が軽く腕を振れば、幾つもの命が消えた。


諦めずに向かってくる人間を、払い、払い、払った。


払えば払うほど、人間は私達の逃げ場を無くしていった。


そして、極めつけは。


十人の人間よりも強い人間。人間は、彼女達を『神造機(ディーバイス)』と呼んでいた。


私達は、逃げる側になった。


父が戦い、母が戦い、兄が戦った。


私は、逃げた。


掌に爪が食い込み、血が滲むほど強く握る。


自然と涙が溢れる。


私は、一人だ。


「……あれ? 天使? こんなところに?」


突然の声に、私は振り返る。


そんな。


一切の、気配もなかったのに。


そこには、寝乱れたような濃紺の髪の女性が木に寄りかかるように座っていた。その手には夜空を溶かしたような色の大鎌を持ち、まるで死神のように見えた。


「……ここなら、誰も来ないと思ってたのに」


小さく欠伸を噛み殺し、濃紺の髪の女性がゆっくりと立ち上がる。


間違いない。


さっきの、橙色の髪の女と同じか、それ以上に強い。


神造機は、確かに人間よりは強かった。それでも私達が少し本気を出せば、容易に消し飛ぶくらいの強さだった。


数人を、除いては。


例えば、身の丈ほどもあるカトラリーを持った橙色の髪の女。例えば、三叉の槍を持ち、水を自在に操った青い髪の女。例えば、先端に短剣のついた旗を振るった、翡翠色の髪の女。


そして、今、私の目の前にいる女も。


私達よりも、強いかも知れない。


……それでも、やるしかない。


私は戦闘態勢を取った。黒く輝く魔力弾を生成し、身体の周りを回転させる。私の力では同時に三個作り出すことが限界だ。


濃紺な髪の女性は、動かない。手に持った大鎌を構える事もせず、じっと私を見るだけだ。


「あああっ!」


そっちから来ないなら、私から行く。


黒い球体を、濃紺の髪の女性に向けて飛ばした。当たれば無傷で済むわけがない。


だが。


飛来する脅威に対し、濃紺の髪の女は、手に持った獲物を掲げた。


ただ、それだけ。


「……止まってる……?」


私の渾身の攻撃は、それだけで、空中に縫い付けられたように静止した。


「嘘、なんで」


「……気が済んだ?」


濃紺の髪の女が口を開く。私はそれだけで、蛇に睨まれた蛙のように動けずにいた。


「……ッ!」


再度、体の周りに魔力を展開する。さっきよりも高密度に、さっきよりも暴力的に。


「……やめときなさいな。やっても無駄だって、それくらいは分かるでしょう」


「うるさい!」


怒りに任せて魔力を放出する。高純度の魔力は空間を侵食するように広がり、やがて光の糸で組まれた綿飴のように濃紺の髪の女に襲いかかった。未熟とはいえ私も“天使”だ。全力の攻撃であれば、どんな相手だろうと、無傷では終わらせない。


そう、思っていた。


「…………嘘、でしょ」


濃紺の髪の女を飲み込まんと体積を広げていた魔力の波は、先程の魔力弾と同様に、空中で静止した。


あまりの衝撃に、私はその場で座り込み、呆然と、標本になった蝶のように空中に留められた魔力を見ていた。


「……もういいから、行きなさいな。この戦いをサボれる場所を探してただけなのよ。別に貴女達を探してここに来たわけじゃないわ。折角静かで良い所だったのに」


そう言って、濃紺の髪の女は頭を掻きながら去っていった。


完全な敗北。あの女の気まぐれで私は生かされた。


「……ッ、うっ、あああ……」


気がつくと、涙が溢れていた。父を、母を、兄を喪った悲しみからか、あの女に何もできなかった悔しさからか、私自身の無力への無念か。


泣く事は、愚かな行為だと分かっていた。


もし敵が探索中であれば、自分の場所を教えてしまうことになるし、そもそも泣いて変わる事など何一つない。完全に無駄な体力の使い方である。


でも、涙は止まらなかった。


この時、初めて私は、ヒトが泣く、という事の意味を、ほんの少しだけ理解した気がした。


気がつくと、空も大粒の雨を降らせ、森の静寂は何処かへと消えてしまっていた。まるで空も、私のように。そして、私の号哭を覆い隠すように、優しく、降り注いでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ