act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】②
人工列島-アロイ・アイル-。
太平洋上に浮かぶ、金属からなる全部で4個の陸の塊からなる文字通り人工の列島である。熱伝導率が低く、水上に浮遊する特殊な合金からなる領土が土の表層で覆われ、その上には植物が自生し、道路が整備され、独自の自治体を形成している。
人工列島-アロイ・アイル-には、現在10万人程の住人が暮らしており、国籍も多様である。
ウテナの自宅があるのは、4つの島の中でも最も大きな島、スクタムと呼ばれる島。今回の目的地はスクタムの中心部にある。
外に出ると、混じり気のない柔らかい陽の光が身体をくすぐる。何も不快感のない気候。時折吹く強い風すらも心地よい。季節はもう春だった。
住宅地区を通り、中心街へ向かう途中に大きな公園がある。そこには見事なチューリップ畑がある。普段は花など愛でたりする事はないのだが、たまにはいいだろう、と公園に足を向けた。
〜〜〜〜〜
住宅地区のど真ん中にある大きな公園。人工の島にも自然を、というスローガンのもと拓かれた空間であり、その意図に外れぬように自然を基調とした作りになっている。誰れが植え、誰が管理しているかは定かではないが、芝は青々と生い茂り、花々は鮮やかに咲き誇る。周りを見ればきらきらとした笑顔の子供達、沢山の猫、猫、猫。
…………猫?
公園の中心にある一際大きな樹。その周りに十数匹の猫が群がっていた。大多数の猫には首輪がついており、何処かの飼い猫である事が想像できたが、中には首輪のついていない、いわゆる野良猫も見て取れた。皆一様に上を見上げ、何かに向けて鳴いているようだ。
ああ、大方、子猫が樹に登ってしまって降りられなくなったんだろうな。
そう思いながらウテナも上を見上げる。
樹の上にいたのは、想像通り、3匹の子猫。
そして、子猫を抱えた1人の女の子。
「……ん?」
「あ、おはようございます」
「お、おはようございます」
樹の上から挨拶をされてしまった。反射的に返事をするが、どう考えてもこの風景は異常であった。
「……あの、えーと、出来ればあんまり上は見ないでくれると助かります」
その言葉でウテナは気づく。女の子は膝くらいまでのスカートを身につけていた。
目線より上にいるスカートの女性。その両手は猫を抱えて塞がっている。そしてーーー
「ご、ごめん」
慌てて下を向く。ジリジリと後ずさるように距離を取った。
「な、何か手伝える事ある?」
「実はですね、子猫が樹に登って降りられなくなってしまったらしくて、助けようとして登ったはいいんですけど……」
そこまでは見ればわかる。
「いざ登ってみたら、思ったより子猫の数が多くてですね。取りあえず抱いてみたはいいものの、両手が塞がってしまって……」
つまり、自分も降りられなくなってしまったと言うことか。
「そうこうしているうちに、なんだか周りに猫が集まってきてしまって、降りる場所がなくなってしまって困っています」
少し思っていた事情とは違った。降りようと思えば降りる手段はあるが、集まった猫を踏まないように降りる自信がないとの事だ。
だとすれば、ウテナのする事も明確だ。
「ほら、ちょっと退いててくれ」
樹の周りを空けるように猫を退かしていく。動こうとしない猫は、樹の上の子猫の親猫だろうか。持ち上げて場所を移そうとしたら右手の甲を引っ掻かれてしまった。
なんとかある程度のスペースを確保し、樹の上の少女に向かって手を挙げる。少女はそれに小さく笑って答えると、軽く腰を落とした。
そして。
少女は、跳んだ。
「ええッ!?」
空中で前方に一回転し、そのまま着地した。
「助かりました。あのまま一生を樹の上で過ごすことになるかと思いました」
「それは流石にないと思うけど」
「あ、その手……」
「さっき引っ掻かれたんだけど大した事はないよ」
「ちょっと待ってくださいね」
そう言うと少女はウテナの傷に手をかざした。すると。
「はい、お終いです」
ウテナの右腕の傷は綺麗さっぱりと無くなっていた。
「え? あれ?」
「ふふっ、お礼ですよ。って、いけない、着替えなきゃいけないんだった。すみません、私はこれで」
「あ、ちょっと……」
ウテナが目の前で起きた状況に呆気に取られている隙に少女は走り去ってしまった。
「……名前くらい聞いておくんだった」