act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】24
ーーーあれ?
確か、瓦礫が、頭に当たった筈。
完全に意識を持ってかれるような当たり方だったような。
いつの間にか横になっている。
瓦礫が当たったことは確かだろう。
一瞬、ほんの一瞬だけ、記憶に空白がある。
一瞬で戻ったところを見ると、よっぽど当たりどころが良かったのだろうか。
頭に手を運ぶ。出血もしていない。
そんな事が、あるか?
よくよく考えてみると、瓦礫を受けていた他の部位、身体全体に鈍い痛みは残っているが、動かない所はない。
「……どういう事?」
「ウテナ」
ふと、優しい声をかけられる。
「……美羽?」
「よかった、無事みたいですね」
頭の上から聞こえた声の主は、美羽だった。
「……あの家族は?」
「大丈夫です。ウテナが盾になってくれたおかげで怪我はありませんでした」
「そっか、よかった」
「でも、このまま逃げ続けるのもきっと大変です。それに、他の人も巻き込んでしまうかもしれません。だから、ここで怪腕を止めます」
「止める、って?」
「私に任せてください」
そう言うと、怪腕の方へ向けて歩き出す美羽。
「……美羽!」
美羽が振り返る。その姿を見て、ウテナは言葉を失った。
ボロボロだ。
頭からは流血し、僅かに見える首元や手の甲などには青痣を作っている。
まさか。
「機能を……使ったのか……!?」
ちょっと困った様に笑う美羽。
「ウテナも、自分の身を犠牲にして私達を護ってくれました。私がウテナを護っても、文句は言わせませんよ」
「いや、だって、そういうことじゃ」
「だいたい、私ちょっと怒ってるんです。私には傷ついてまで誰かを助けるのはやめろって言う癖に、自分は傷ついてもいいなんて。本当に、自分勝手で、不器用で。だから私は、心から、ウテナの神造機になれて良かったと思います」
人型の怪腕は目前まで迫ってきている。美羽に引く様子はない。ボロボロの身体で、立っているのもやっと、といった様子で、いったい何が出来るのだろうか
「私の機能の一つは、傷を受け取ること。そう言ったと思います。神造機は、まず基本的に持っている機能があります。これは任意のタイミングで使える機能です。私で言うところの傷を受け取る機能ですね」
昨日、カルカヤの診療所でウテナの傷を治した機能。そして、たった今、ウテナの全身の傷を治した機能の事か。
「そしてもう一つ、神造機として電源を入れる事で使える様になる機能があります。それは、前述の機能の強化の延長線上や、全く種類の違う機能である事もあります」
「全く、種類の違う?」
「ええ。ーーー起動。『被虐の聖女』」
起動の合図と共に、美羽の身体が淡く光出す。
「ーーー接続!」
そして、怪腕の左腕がゆっくりと持ち上がり。
「ウテナ、ちゃんと逃げてくださいね」
美羽に向けて、振り下ろされた。
「……ッ!?」
まるで、人体が鉄塊とぶつかる音。ゴキリ、と、何かが砕けるような音を放ちながら、美羽の小さな身体はゴムボールの様に跳ね、家屋の壁に叩きつけられた。
だが、それだけではなかった。
美羽が吹き飛んだのと同じように、怪腕も、まるで何かに殴られたように吹き飛んだ。
「……美羽!!」
急いで美羽に駆け寄るウテナ。家屋の崩れた壁を急いで退かし、美羽を救い出す。
「美羽! 美羽!?」
「……ウテナ、早く逃げてください。私が生きているってことは、怪腕も生きてます」
げほっ、と血の塊を吐き出しながら、それでも逃亡を促す美羽。
「『被虐の聖女』の機能は、発動中に受けたダメージを対象と共有します。きっと暫くは動けないでしょう」
「美羽、そこまでして……」
怪腕がゆっくりと身体を起こす。
「嘘、もう……?」
それもそうだ。美羽は怪腕と違い、機能の発動前から満身創痍だったのだ。今の一撃で受けたダメージは同じではあったものの、それまでに蓄積されたダメージまでは共有できない。故に、美羽の想定よりも怪腕の体力は残っていたのだ。
「ウテナ、ごめんなさい。思ったよりも足止め出来なそうです。でも、もう一度『被虐の聖女』を起動したまま攻撃を受ければ」
「駄目だ。そんな身体で耐えられる訳ないだろ」
「でも、全滅するよりは全然いいです」
「そんな訳ない!」
つい感情的になる。この少女は此処で命を捨てる覚悟だったのだ。
「美羽、ごめんな。俺の甘さが美羽を傷つけた」
「……どういうことですか?」
「俺も、覚悟を決めなきゃ駄目だったんだ。覚悟が足りなかったのは、俺だ」
「そんな事は……」
「美羽、あとは俺に任せて」
そう言うとウテナは、左手に履いた手袋を脱いだ。
そこにあったのは。
「……腕……?」
怪腕の腕と同じ、青黒く変色した左腕だった。
そして、美羽から貰った指輪に、左手の薬指を通す。
「『ーーー死が二人を別つまで』」
「契約……を?」
「これで、俺は美羽の花婿になったって事、だね?」
「……はい、花婿様、健やかなる時も、病める時も、身命を賭して貴方をお護り致します」
「でも、今から護るのは俺の方だ。行ってくるよ、美羽」
怪腕に向かって歩を進める。自分より遥かに大きい相手。ダメージを受けているとは言え、サイズの差による力の差は簡単に埋められるものではない。
「---上等!」
そんな事は関係ない。自分の後ろには護りたい人がいる。それだけで十分だ。
怪腕がゆっくりと右腕を振りかぶる。そのまま殴りつけようとしているのだろう。左腕は折れているのか、動かそうとしない。
迎撃する。
左腕に力を込めると、腕が焼けるようだ。左腕がその他の身体を侵食するような、そんな感触。呪いにも似た、忌まわしき力。
全部纏めて、飲み込んでやる。
「偶には、力を貸しやがれよ!」
左腕を大きく振りかぶり、接近してくる、ウテナの身体よりも大きな拳に向かって叩きつけた。
全長四ー五メートル、体重は千キログラムにもなろうかという怪腕。その拳を、身長一七〇センチメートルの蓮見蕚が受け止める。
そして。
「ああああッ!!!」
弾き飛ばした。
攻撃を受け止める際に支えにした左脚が痛む。完全に骨が砕け潰れたような感覚がしたが、折れていないようだ。
まさか。
「美羽!?」
骨折を、受け取ったのか。
吹き飛ばされた人型の怪腕は、ゆっくりと身体を起こそうとしている。本来ならば折れていた筈の左脚。もう一撃は受けられない。
関係あるか。
もう一撃は受けられないことも、怪腕が体勢を整えていることも、どうでもいい。
来栖美羽を、護る。
「……来るなら来いよ!」
怪腕がゆっくりと距離を詰め、そして再び右手を振りかぶる。
迎撃の姿勢をとるウテナ。
そして。
「起動。『要塞戦姫』」
突如、号砲が火を吹く音が響き、怪腕の身体が爆発し、その場に倒れ込む。
何が起こった?
「蓮見くん、大丈夫?」
重厚な爆発音にそぐわない、鈴を転がしたような声を聴く。
「……リコリス、さん?」
「リコでいいよ」
そこにいたのは、S.H.I.P.の隊服に身を包んだリコリス・ヴィスコットとセルゲイ・アルバカム。
「助けに来たぜ、蓮見くん」
タピオカの入ったプラスチックコップを啜りながら、ウインクを飛ばした。




