act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】23
少し前。
カルカヤ・レパルディアは、倒れ伏す獣型の怪腕を背に、スマートフォンで電話を掛けていた。
「……うん、お疲れのところごめんね。後で埋め合わせはするから。それじゃ」
そう言い通話を終える。スマートフォンをポケットに仕舞ったとほぼ同時に、カルカヤの左方向から、別の獣型の怪腕が猛然と突進してきた。
「ーーー起動。『言祝ぎの送り手 (ギフト・ウンド・ワンド)』」
その言葉を合図に、カルカヤの両掌が淡く光る。
飛び掛かる怪腕の下に潜り込むように突撃を避けながら、すれ違いざまに毛の薄い腹部に触れた。
少し離れた場所に着地し、再度飛び掛かる姿勢を取る怪腕。しかし、怪腕が再度攻撃を仕掛ける事はなかった。
攻撃を仕掛けた怪腕の全身が赤く腫れ上がる。やがて、首を絞められたような細い声を出し、その場に倒れ込み、暫く捥がき苦しんだ後、動かなくなった。
「……やっぱ、あんまりいい気分じゃないな」
「いや、見事見事」
場にそぐわない呑気な声に、反射的に振り返る。そこにいたのは、白衣を纏った二人組の男。声の主は身体の大きい男のようだ。
「獣型とはいえ怪腕を一撃か。いや、どういう原理でーーー」
言い終わる前に、カルカヤが距離を詰めていた。
「おうッ!?」
そして、大男の肌に触れーーー。
られなかった。
「ッ!?」
大男は動いていない。そこにいるのに、まるで、存在しなかったのように、カルカヤの掌底は空を切る。避けられた手応えすら無かった。そう、それはまるで。
(……擦り抜けた?)
一旦距離をとるカルカヤ。大男からの追撃はない。
「……血の気が多いのう、話くらい最後まで聞いたらどうか。儂らが味方だったらどうするんじゃ」
「万が一そうだったら、治すだけだから問題ないわ」
「『言祝ぎの送り手 』、その両掌で触れた生物の修復能力、免疫力などを操作する。起動時の能力は、差し詰め免疫操作の強化といったところか」
表情にこそ出さなかったが、カルカヤは面を食らっていた。この得体の知れない二人は、自分の能力、そして、攻撃手段を看破している。タネが割れてしまっている以上、攻撃範囲の狭いカルカヤは明らかに不利な状況に立たされていた。
(それに、攻撃をすり抜けたデカブツ。小さい方は変な事はしてないみたいだけど、かえって不気味だわ)
背の低い男が怪腕の死体を観察する。
「なるほどな、アナフィラキシー、か」
アナフィラキシー。特定の食物やその他の原因に対し、身体の免疫が異常に活性化し、様々な症状を引き起こす現象をアレルギーという。アレルギーによって臓器、または全身に致命的になりうる症状を来すものをアナフィラキシーと呼んでいる。蕁麻疹や呼吸器症状、血圧低下などがよく見られる症状である。
「驚いた。よく知ってるじゃない」
「ああ、苦しかっただろうな、コイツは。可哀想だとは思わなかったか?」
「そりゃ心苦しいよ」
「おう? 意外な反応じゃの」
「アタシは癒す神造機だもの。こんな機能の使い方、不本意に決まってるじゃない」
「ガハハ! 正直で良いわ。そんな事を聞かされたら儂等としてもこれ以上の破壊は心苦しいのう」
「……どういう事よ」
「どういう事も何もそのままの意味だが。お前がこの場から動かなければ、こちらはここでお前と話しているのもまあ、やぶさかではない」
「意味わからないんだけど。口説くにしても他に言い方あるんじゃない」
「ああ、気を悪くしたなら謝るよ。まあ、俺もコイツもお前より強い。お前一人で我々をこの場に留めておけるならお前にとっても悪い話ではないだろう」
「尚のこと気分悪いわ。なぁに、大した自信じゃない。ムカつくな」
「困ったな。どうすれば俺達は分かり合えるんだろうな」
「アンタがその口を動かすのを止めればね!」
そう言いながら、小さい男に向けて走り出すカルカヤ。小さい男も何か特殊能力があるのかもしれないが、警戒して様子見に時間をかけるのは相手の思う壺。だったら仕掛けてみる。治癒、免疫を操るカルカヤは、触れさえすれば相手を行動不能に出来る上に、即死さえしなければ如何とでも立て直しは可能だ。
大男は動かない。小さい男も特に何をするようでもない。不気味ではあったが、せめて片方だけでも倒せれば。このまま真正面から距離を詰める。あと十歩、あと五歩、あと一歩ーーー。
そして、白衣越しに小さい男の腕に触れーーー。
「痛ッ!?」
触れた掌に何かが刺さった感触がした。見ると、細かい刺し傷が複数。
「忠告はした筈だが」
そう言いながら、小さい男は白衣の袖を捲る。
そこにあったのは。
「義手ーーー?」
無数の注射針が埋め込まれた、機械の腕。
それが意味する物は。
「……何を仕込んだか知らないけど、アタシに毒は効かないから」
「ああ、知ってるよ」
その時。
町の中心の方角から、複数の家屋が一気に崩れる轟音がした。
「ッ!?」
「おーおー、派手にやってるのう」
そして。
「人型……!?」
音の方向に、巨大な怪腕の頭が僅かに見えた。
「まあ、そういう事だ。お前に人型の怪腕を倒されるとシナリオに歪みが生じる。まあ、俺達を見逃して向こうに行く、となれば、俺達はこの町から全てを奪うつもりでいる。来栖の姫が自分の翼で飛び立つ折角の機会なんだ。そう過保護にしてやるな」
「……アンタらの狙いは美羽ちゃんなの?」
「おう、ようやく耳を貸す気になったようじゃな」
「気になるなら聞き出してみたらどうだ?」
「ーーーそうするわ!」
恐らく、この二人のうち、二人ともが自分より強い。それは恐らく、偽りない事なのだろう。
美羽とウテナの応援に行きたいが、この二人を自由にする事のリスクを考えると、決して正しい選択ではないだろう。ならば、この二人をここで足止めしておく事。それが二人の為に出来る最善。
カルカヤは、再び二人に向けて爆発するように走り出した。




