act.1 【模造の怪腕と被虐の聖女】22
一緒に救助活動に当たっていた大人たちが次々と逃げていく中、ウテナはまだ救出活動を行っていた。崩れた家屋の中に入りこみ、助けを求める声の方へ向かう。瓦礫の中に取り残されていた人々は二人。まず少女の兄を隙間から引き摺り出し、瓦礫を持ち上げ母親が通る隙間を何とか作り出す。
「流石に重てぇな、くっそ……」
また近くに何かが投擲された音がした。外の様子はよく分からなかったが、逃げていく人々や、地響きの音から、あまり悠長に時間をかけてはいられない事は分かった。
どうにかこうにか母子を救出し、家の外に出ようとする。
が。
出口が、潰されている。
「嘘だろ……?」
さっきの物音は、この音か。
内側から何とか隙間を探そうとするが、あまり時間をかけてもいられない。
「仕方ないか……っ!」
〜〜〜〜〜
「急がないと……」
入り口を埋める瓦礫を何とか撤去しようとする美羽。だが、いくら神造機とはいえ、女子一人の力で処理できる重量などたかが知れていた。
怪腕は一歩一歩近づいてくる。まだ女の子は足元にいるし、ウテナや女の子の家族は家屋の中に居る。本来この状況で美羽がするべき事は、女の子を連れて逃げる事だろう。それは美羽も理解していた。
爪は欠け、指先の皮膚は剥がれ血が滲んでいる。瓦礫の撤去は遅々として進まない。
それでも、目の前の命を諦める理由にはならなかった。
「美羽! そこにいる?」
「ウテナ! もう少し待ってください!」
「ちょっと離れてて」
「えっ?」
直後。
入り口を塞いでいた瓦礫が内側から爆発したように吹き飛ぶ。少し遅れて中からウテナと親子が出てきた。
「美羽、無事だった? 何があった?」
「え、あ、えっと」
目の前で起きた事が理解できずに呆然とする美羽。それもそうだ。普通の人間は神造機よりも身体能力で劣る。神造機である美羽が撤去に苦戦した瓦礫を人間であるウテナが吹き飛ばしたのだ。
(……爆薬でも見つけたのでしょうか?)
一般的な家庭に爆薬が常備してあるかはともかく。
「って、何だありゃ! デッカ! あんな怪腕いるのかよ!」
「あ、そうなんです! 急いで逃げましょう!」
接近してくる怪腕を見て状況を把握したウテナ。家族を連れて脱出しようとする。町の地理に詳しいウテナが妹を抱えながら先導し、美羽が殿を務める隊列だ。
どこに逃げれば逃げられるか。イメージは全く湧いてこないが、それでも走るしかない。今ここにある命を救えるのは自分たちだけなのだから。
時折後ろを振り返り、後続が付いてきているか確認する。親子も辛そうな顔をしているが、どうにか逃げ続けていた。その後ろからは美羽が親子を鼓舞しながら走り続ける。
そして、その後ろでは。
「……マジかよ」
怪腕が、先程の家屋の入り口を塞いでいた瓦礫を手に持ち、握り潰し。
投げた。
投擲物の軌道は、真っ直ぐにこちら。美羽が本気で走れば回避は可能だろう。だが恐らく、後続の親子は逃げきれない。
大兜の下の怪腕の視線を探る事は出来なかったが、何故か目が合った気がする。
脊髄は、思考よりも疾く動き出していた。
「ーーー美羽!」
「は、はい!?」
「この子、頼む!」
返事を受けるよりも速く、妹を美羽に託す。
「走れッ!」
親子を全員助ける方法。
まず、最も機動力のない妹を美羽に託し、ウテナ自身は最後尾へ。隊列と飛来する瓦礫の間に立ち塞がった。
怪腕は瓦礫を握り潰し、一投で撃ち出せる弾数を増やした。アレに知性があるのかは分からないが、投擲そのもので仕留めるよりもまず機動力を奪うことを選択したように思えた。そのため、攻撃は拡散する。攻撃範囲こそ広いが、一人当たりに的中する瓦礫は小さく少ない。
であれば、我が身を盾にすれば他の皆は守りきれるかもしれない。運が良ければ自分も生存できる。いいのが当たらなければ。
不幸中の幸い、大きい破片は少し外れた所へと飛んで行く。小さい破片でも当然痛いは痛い。だが、耐えられない程じゃない。
美羽が何か叫んでいるようだ。砂礫が五月蝿くてよく聞こえない。
心配そうな顔をしているのは分かった。大丈夫だよ、と言おうとしたけど、上手く声が出ない。
あ。
少し大きめの瓦礫が、頭に当たった。
やば、意識がーーー。
「ウテナぁッ!!」




